6 世界は彩りに満ちている ⑬
「小雪と彩香ちゃんは、俺が探したところをもう一度見てきてくれないか? 見落としがあるかもしれないから。俺はまだ見てないところに行ってみる」
「分かった。彩香ちゃん、分担しましょ」
「はい!」
私はセンセイの病室がある階を、小雪さんはその下の階を探しに行くことになった。川畑さんはまだ探していない上のフロアに向かった。私もその背中に続くように、駆け出していた。
病室を一つ一つ覗き込み、診察室もカーテンの隙間から見たけれど、センセイの姿はどこにもなかった。すれ違う看護師にもセンセイのことを聞いてみたけれど、まだ見つかっていないようだった。
きっと、人が多くて目立つところになんていないはずだ。今度は、あまり人目に付かないところを重点的に探す。病棟の奥まったところや非常階段のあたり、働いている人でもあまり来ないような所。色々と探し回っているうちに、とある部屋が目に飛び込んできた。
「リネン室……?」
未使用のシーツやまくらカバーをしまっておく部屋。私が以前入院していた時に、お世話をしてくれた看護師がそう教えてくれた。掃除の時間以外人が立ち入ることはない、と。
私はリネン室のドアノブに手をかけて、ゆっくりと回していった。
「……開いてる」
私はそっとドアを開けて、静かに足を踏み入れた。薄暗くて、アイロンをかけたばかりのシーツが高く積まれていて……まるでその中は迷路のようになっている。
「誰か、いますか?」
私がそう問いかけると、どこからか呼吸のような音が聞こえた。私はその音に耳を澄ませながら、どんどん奥へ進んでいく。その音の正体に、ゆっくりと少しずつ距離を詰めていくように。
「……やっと見つけた」
リネン室の奥の窓の下で、ずっと探していた姿がうずくまっているのが見えた。私が来ていることに気づいているはずなのに、全くこっちを向こうとしない。うつむいて、体育座りをしながらじっとうずくまっている。私が一歩ずつ近づいていくと、その度にセンセイの肩はびくりと震えた。
「センセイ。みんな、心配してますよ。長谷川先生も、川畑さんも、小雪さんも」
自らの足音をかき消すように、私は口を開く。私はそのまま、センセイの隣に腰を下ろした。センセイとの距離は、ほんの数センチ。こんなに彼に近づいたのは、美術準備室でセンセイに抱き着いた時以来だった。センセイは、長く息を吐く。
「……悪い」
センセイの声はか細く震えている。こんなに弱弱しい声を今まで私は聴いたことがなかった。
「みんなにひどいことしてばかりだ。そろそろ呆れてるんじゃないか?」
「そんなことはないと思います。みんな、センセイの事が好きだからこうやって探し回ったり……」
「それだけじゃない、治療の事もだ」
私はセンセイの言葉を邪魔しないように、息を止めた。センセイは意を決するように口を開く。
「……怖いって言ったら、三原はどう思う?」
「どうって……。もしかして、センセイは怖いんですか? 治療を受けるの」
センセイは小さく頷いた。彼の不安を少しでも分かち合いたくて、私はもう少しセンセイに近づく。センセイが着ているパジャマと私の制服が擦れ合った。
「怖いよ。……もし治らなかったらと思うと、怖い。長谷川先生から話は聞いているんだ、これは『治る可能性のある実験』だって。治る可能性があるってことは、別の言い方をすると治らない可能性だってあるってことだ」