6 世界は彩りに満ちている ⑪
「うん。私が行ってた病院に入院してるから、センセイ」
「伊沼先生、元気? ……って言うのもなんか変だね。大丈夫そうなの?」
私は、センセイの病気の事や私とセンセイのつながりをできる限り伏せて説明した。きっと、センセイは他の人には知られたくないんじゃないかと思ったから。命には別状がないと言うと、二人はようやっと表情を柔らかくした。一番不安だったのは、きっとそこだったのだろう。でも、センセイが治療を受けようとしないという話をした時、二人はとても大きな声を出して驚いてみせた。
「私も、センセイを担当してるお医者さんも、センセイの友達も……みんなで説得してるんだけどね。どうしても受けたくないみたい」
「どうしてだろう? それを受けたら、治るかもしれないんでしょ?」
莉子ちゃんは顎に手を添えて首を傾げる。舞は複雑そうな顔でうつむいていた。
「でも、私……伊沼先生の気持ちが分かるかもしれない」
「え? ほんと?」
聞き返すと、舞は頷く。
「だって、絶対治るっていう治療法じゃないんでしょう? もし受けても治らなかったら……がっかりを通り越して、私なら死ぬほど絶望しちゃう。期待していた分もあるし」
「そっか、そういう考え方もあるよね……」
センセイのために買ったお守りは、薄く白い紙袋に入っている。それを持つ指に力を込めると、指先が少しだけ白くなった。
「……センセイがね、変な事言ってたんだ」
「変な事?」
私は小雪さんの言葉を思い出していた。
「私の目の後遺症を、自分が引き取ってやりたいって……センセイがそう言ってたって、センセイの友達が教えてくれた。……でもね、私も同じこと、センセイに言ったの」
舞も莉子ちゃんも、口を挟むことなく私の取り留めのない話を聞いてくれた。
「センセイが苦しんでいること、丸ごとすべてが私のところに来たら良いのにって。どうしてそんな事思ったんだろうって、不思議だった。でも、やっとわかった気がする」
私の手が震えたのにいち早く気づいたのは、舞だった。そっと私の手に舞は自分の手を重ねる。莉子ちゃんも同じように。三人の手が重なったとき、目から熱いものが零れ落ちていった。ブレザーに涙のシミができたと同時に、私は口を開く。
「私、センセイの事が好き」
私に絵を描くことの本質を教えてくれた人は、私の事を助けてくれた人で……何色でもなかった私の世界に、再び鮮やかな色をもたらしてくれた。感謝以上に胸を占めるのは、そのたった二文字の思いだった。
「センセイに苦しんでほしくないと思うのも、センセイに幸せになって欲しいのも……全部、センセイのことが好きだからだったんだ」
私が顔をあげると、安堵が混じったため息が聞こえてくる。
「まったく、やっと気づいたのね」
「遅いよ、サヤ!」
私の隣では、二人が柔らかな笑みを浮かべている。涙が頬を伝うのを感じながら、私は頷いた。
「ごめん。なんか二人にはいろいろ迷惑をかけたよね」
「そうよ! もう、どれだけ私が心配したと思ってるのよ!」
舞は私の頬をぎゅっとつねる。少しだけ痛かったけれど、私はこみ上げてくるおかしさを耐えることができなかった。クスクスと笑うと舞は「もう!」と少しだけ頬を膨らませる。
「私、もう一回お参りしてくるね!」
莉子ちゃんががばっと立ち上がった。
「何をお願いするの?」