6 世界は彩りに満ちている ⑨
「ううん、何にも。……わ、懐かしー! 彩香ちゃんも来てみなよ。これ、直人が一年の時に描いた絵だよ」
それらを川畑さんと小雪さんの二人がイーゼルに立てかけたり、テーブルに並べていく。
「……これ、本当にセンセイの絵ですか?」
「そうだけど?」
「なんか、画風が違うというか……。センセイの絵って、昔は写実的? じゃなかったですか?」
私が知っているセンセイの絵は、目の病気が悪化してからの抽象的な絵と、それ以前の写真みたいな絵。目の前にある絵は、どこか違う絵だった。ヒマワリの絵なのに花弁がカラフルだったり、あの『空模様』の絵に似ていたり。生徒玄関に飾られている絵とは違う物ばかりだった。
「ああ、アレね。直人が画風を変えたのは、彩香ちゃんの事故の後かな」
「……画風まで変えちゃったんですか」
「そう。今目の前にある物を大事にしたいとかなんとか、かっこつけたこと言ってさ。昔の絵はいらないとか言って、だから大学にこんなに残して行ったのよね、アイツ」
センセイが描いた絵、すべてが似たようなものだった。
私の知らないセンセイばかりがここにいる、一抹の寂しさを感じた時、小雪さんがその気持ちを救い上げるように言った。
「……直人の事を知る機会なんて、これから先たくさんあるんだから。まずはさ、私たちで治療受けてもらえるよう説得しようよ」
川畑さんも、パッと顔をあげて私を見た。
「そうだな! 彩香ちゃんも、協力してくれるよな?」
「も、もちろんです!」
私の声が思ったよりも大きくなってしまった。おかしくなって噴き出すと、川畑さんも小雪さんも笑っていた。
三人でそう約束をしてから、私は暇さえあればセンセイの病室に行っていた。小雪さんから聞いたばかりのセンセイの話は、心の奥底に大事に仕舞いこんで。今は私の気持ちよりも、どうにかセンセイの気持ちが変わってくれることを祈るばかりだった。しかし、センセイのそれは少しも変わることなく……そろそろ夏も終わりを迎えていた。
センセイは本当に頑固というか……てこでも動かないと言わんばかりに、私たちの話には耳を貸さない。
「三原、こんなところに来てないで勉強しろ。お前だって受験生だろ?」
センセイが話すのは、治療以外の雑談と小言だけ。私は胸を張ってそれを言いかえす。
「この前学校で受けた模試で、第一志望校はちゃんとB判定だったんで大丈夫です。それよりセンセイ……」
「B判定程度でいい気になってるんじゃないぞ。受験はこれからがラストスパートだって言うだろ?」
「進路指導の先生からは、このペースのまま行けば問題ないって言われました。私の受験より、私はセンセイの……」
「……お前の将来の方が大事に決まってるだろ」
ふとしたセンセイの優しさに触れるたびに、胸がぎゅっと締め付けられる。私の頬が赤くなっていくのがセンセイに見られなくて、それだけは心底ほっとしていた。
でも、ずっとそうしているわけにもいかない。
話を聞く限り、川畑さんも小雪さんも手を焼いている様子だった。私たちは連絡先を交換して、センセイの事をグループトークで話し合っているのだけど……全く進展はない。今度三人の時間が合う時に作戦を考えようと約束した。