6 世界は彩りに満ちている ⑦
小雪さんは紙コップに入った紅茶を「はい」と私に渡して、どこから持ってきた椅子に座った。
「大学一年の時だったかな?」
「……ああ、だからこんなに明るい感じなんですね」
私の事故が、センセイが大学二年生の時。こんな晴れ晴れとした表情をしたセンセイを見て、合点がいった。
「懐かしいな~。他のも見せてよ」
「は、はい」
私は缶詰から写真を出して、半分ほど小雪さんに渡す。小雪さんは脚を組んで、まじまじと写真を見始めた。私も、センセイの姿を探すように手早く写真を見ていく。
川畑さんが言っていた通り、センセイと川畑さん、そして小雪さんはいつも三人でつるんでいたみたいだ。三人で映っている写真が多い。でも夏から秋、秋から冬、そして春と季節が移り変わっていくにつれて、徐々に……センセイと小雪の二人きりの写真が増えていった。
もしや、と思って私が顔をあげると、小雪さんと目が合った。
「……あ、もしかして気づいちゃった?」
「あの、お二人って……」
「そう、彩香ちゃんが思っている通り。私たち、付き合ってたんだ。もうずいぶん前の事だけどね」
小雪さんは写真の束を置いて、私の方を向いてほほ笑んだ。その姿に、なんだか大人の余裕を見せつけられているような気になる。
「大学一年の終わりに付き合い始めて、卒業する前に別れたのかな? ……アイツ、直人に目の病気があるって分かった頃に」
小雪さんがセンセイの事を「直人」と呼び捨てするたびに、胸の奥がざわついて、わずかな痛みを感じる。私はそれを悟られないように素知らぬ顔で頷くけれど、顔が青くなっていることに小雪さんは気づいた。
「怖くなったんだ、私」
小雪さんは古いアルバムをめくるように小さな声でそう言った。
「……どうしてですか?」
「直人の病気、それを背負うことが。もしこのまま一緒にいたら、私も彼の病気に付き添わなければいけなくなる。それが怖くなって……直人も、私の気持ちにすぐに気づいた」
小雪さんは顔を伏せる。
「別れを切り出したのは、直人が先だった。でも、直人がそう言ってくれて私はとても安心した。アイツなりの優しさだったのかもしれないわ。アイツ、そういうところあるから……別れても、友達として付き合い続けてくれるしね。しかも、個展のフライヤーの注文を私にしてくれるし」
小雪さんはそのまま、私の顔を覗き込んだ。
「ねえ、彩香ちゃん。聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、どうぞ」
何を聞かれるのか身構えると、小雪さんはいたずらっ子みたいに笑った。
「彩香ちゃんって、直人の事、好きでしょ?」
私の顔が、まるで火が付いたように熱くなる。真っ赤になった私を見て、小雪さんはさらに笑みを深くさせる。
「もう、バレバレよ」
「違います! ……って言いたいところなんですけど、私、わかんないんです」
「わからない? どういうこと?」
「センセイの事、好きなのかどうか」
自分の中で芽生えようとしている、まるで世界が変わってしまうような感情。それに名前を付けてしまうと、もう後戻りが出来なくなるようで少し怖い。私の言葉に、小雪さんは深く頷いた。