6 世界は彩りに満ちている ⑥
「直人に聞いたんだ。彩香ちゃん、眼科で診察だって。ねえ、この後暇? 一緒に来て欲しいところがあるんだけど」
川畑さんの後ろに、人影があるのが見えた。
「……あ」
その『女の人』は微笑みながらペコリと頭を下げる。私がさっきぶつかってしまった人だ。
「あの、先ほどは本当にすみませんでした」
私が頭を下げると、その人はクスクスと笑う。
「ううん、いいのよ。あなたも急いでたみたいだし」
「何? 小雪と彩香ちゃん、知り合い」
「さっきちょっと、ね」
川畑さんが『小雪』と呼ぶ女性は、長い茶色の髪を耳にかけた。耳にはピアスがついていて、私とは全く雰囲気が違う……大人の女の人だなあと思った。
「これ、小雪。俺と直人の学生時代の友達」
「二宮小雪です。小雪って呼んでいいからね、祐樹も直人もそう呼んでるし」
「は、はぁ……」
「……あなたが『三原彩香』ちゃん、か」
小雪さんは私のことを上から下まで、まじまじと見つめてくる。まるで値踏みするみたいに。私が怪訝そうに首をかしげると、小雪さんはニッコリ笑う。
「あなたが直人の生徒って聞いて、私もゆっくり話してみたいなって」
「それで、もし時間があれば……俺らの大学来ない?」
「センセイも通っていた大学、ですか?」
「そうそう。昔の直人の写真とか、作品とかまだ残ってるんだけど、どう?」
「行きたい!」
私は思わず大きな声を出してしまった。とっさに口を抑えると、二人は面白そうに笑う。
「それじゃあ決まり。ここから近いからすぐ着くよ。帰りは送っていくし」
「そうそう。女の子の夜道の一人歩きは危ないしね。じゃ、行きましょ」
先を歩く小雪さんと川畑さんについて、私も向かう。
二人が言っていた通り、センセイが通っていた大学は本当に近くにあった。川畑さんは、校舎の隅っこにある小さな部屋の鍵を開けた。
「ここ、俺らが使ってたアトリエ。ま、俺もまだ使ってるんだけどね」
むわっと漂う油絵の具の匂い。
床はたくさんの絵の具をまき散らしたみたいにさまざまな色で塗られていて、壁には大小さまざまなキャンバスがところせましと立てかけてある。これらすべて、センセイや川畑さんの作品という訳ではなく、かつての卒業生たちの絵もそのまま残っているらしい。
「これ、昔の写真、先に見ててよ」
川畑さんは机の上に乗っていたお菓子の缶詰を手に取り、私に渡していた。ずっしりと少し重たく感じる。
「まだアルバムに入れてないの? 私あげたよね?」
「俺だって忙しいの。それじゃ、直人の絵でも探してこようかな」
「もう! ……じゃ、私はお茶でも淹れてようかな? 彩香ちゃんはなんかテキトーに座っててよ」
「は、はい」
私は壁際に置かれていた椅子に腰かけて、その缶詰を開けた。古ぼけた紙の匂い、それに今まで積み重なってきたセンセイの歴史を感じる。
「え? わ、若! 髪が短い!」
緑が生い茂る公園で撮った、集合写真を手に取る。センセイの姿はすぐに見つけることができたけれど、写真の中にあるセンセイの姿は、私が知っている存在と全く違う。前髪が長くもなければ、くたびれた雰囲気もない。何より、目が輝いている。
「あ、それ。学科の皆で行ったハイキングの時の写真ね」




