6 世界は彩りに満ちている ⑤
私はそこで大きく息を吸って、話を区切った。
「センセイは、絵を描くことは心を映し出すことだって、私に教えてくれたんです。私の描く絵を見て、私の事を知りたいって言われました。でも、私は絵を描くのが嫌だったんです。色が見えなくなってから、絵が変だって言われて嫌な思いをしたことがあったから。でも、センセイが……もし私の絵の事で何か言っている奴がいたら、俺がぶん殴ってやるって」
「うわ、何かいい先生っぽいこと言うんだな。直人も」
「……うるせー」
顔をあげて、センセイを見る。センセイの耳が少し赤くなっていて、彼が照れているのだと分かった。
色が見えるようになると、センセイの気持ちが少しだけ見えるようになる。それがとても嬉しかった。
「それだけじゃないんです。センセイは私が絵を描けるようになるためにどうしたらいいのか、私の友達に聞きまわってくれていたり……。あと、美術室で画集を見せてくれたり、画家の話をしてくれたり。私、センセイとそう過ごしているうちに――」
私の言葉がそこでピタリと止まる。
私は今、何て言うつもりだったのだろう?
何を言いたかったのか分からないのに、顔中に熱が集まってくるのが分かった。川畑さんの視線と、私の言葉を待つように首を傾げるセンセイの仕草。その二つに急かされている内に、何だか恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あ、あの! 私、これから検査なのでもう行きます!」
「え? 彩香ちゃん?」
「また来ます!」
カバンを抱えて、私は病室から飛び出して行く。眼科に向かおうと廊下の曲がり角に差し掛かったあたりで、女の人とぶつかってしまった。
「す、すいません!」
私は赤くなった顔を見られるのがどうも恥ずかしくて、謝罪もそこそこに走り去っていた。また、何度も看護師に怒られながら。
長谷川先生の診察は、いつも通りだった。でも最後はカルテに「以前の症状は見られない」と書いて、パタンと閉じる。そして私を見てニッコリと笑うのだ。
「これから先、特に問題がなければ……今日が最後の診察ね」
「あ、そっか」
今までは原因と治す方法を探すためにずっと検査受けていたけれど、治ってしまったから……もう病院に来る必要はないんだ。
「寂しくなるわぁ」
「私も、です」
鼻の奥がツンと痛くなった。涙を流すのはちょっぴり恥ずかしくて、私はそれを必死に堪えていた。
「でも、彩香ちゃん、伊沼さんのお見舞いに来るでしょ? その時ならきっと会えるわね」
「……はい」
「もう、大事な物は無くしたらだめよ。……何が起きても受け止められるくらい、強くならないとね」
「はい」
その言葉に強く頷いて、私は検査室を後にした。もう何も問題がなくなってしまった今、MRIの検査は受けなくてもいいらしい。
いつもよりずっと早く検査が終わり、暇になってしまった。私はもう一度センセイのところに寄ろうかなと病室に足を向けた。
「あ、いたいた。彩香ちゃーん」
「……川畑さん?」
そう思った時、眼科の診察室近くで川畑さんが大きく手を振っているのが見えた。
「どうしたんですか? こんな所まで……」




