6 世界は彩りに満ちている ④
「偉いよな、学校の先生の見舞とか。俺が高校生なら絶対に行かないわ……あ、もしかして罰ゲーム?」
「そういう訳ではなくて……私も今日診察があったので、そのついでと言うか」
「あ! 直人はオマケってわけか。残念だったな、直人!」
診察もセンセイも、どちらもメインだと言おうとしても中々口を挟むチャンスが巡ってこない。川畑さんはさらっと話を変えてしまったせいだ。
「さっきも言ったけど、俺と直人、大学の同期なんだよね」
「美大の、ですか?」
「そうそう。俺は大学に残って絵を描いて、直人は学校の先生に。もう一人仲良かった奴がいて、そいつは今デザイナーとして働いてる。今日は一緒に直人のところに行く予定だったのに……なんか会社に忘れ物したって言ってまだ来てないんだよ。おせーな、アイツ」
この川畑さんという人は、どうもおしゃべりが大好きみたいだ。センセイはこちらの事を無視しているのに、彼はセンセイに向かって大学生の頃の思い出話を勝手に始めている。知り合った時から始まって、夏休みにハイキングに出かけて川畑さん一人だけ道に迷った話、親しい友人たちと一緒に展覧会を開いた時の話。そして……センセイの病気が発覚した時のことも。
「あの時、本当に驚いたというか……どうしたらいいか分からなかったよ。まさか直人がそんな病気になるなんて思わなかったから。それに、直人から聞いたあの話も」
きっと、私の事故の話だ。川畑さんは私の事をじっと見る。
「本当に……彩香ちゃんが生きていてくれた良かった。俺だって、何だか救われた気持ちだ」
川畑さんの声には安堵の色が混じっている。それに気づいた私は頷いた。
「そうだ! 彩香ちゃんに聞いてみたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「直人ってさ、学校ではどんな先生なの?」
川畑さんは声を潜めていたのに、センセイにはばっちり聞こえていたみたいで、センセイは私たちがいる方向に顔を向ける。唇を尖らせて、どこか不機嫌そうだ。その表情を見て、私も川畑さんも少し噴き出してしまう。私が今まで見ていたセンセイの表情とは少し違う、お友達と一緒にいる時は力が抜けて、幼くなってしまうのかもしれない。
「ちゃんと先生できてた? コイツ、ちょっと上から目線のところあるし……俺ももう一人の友達もずっと心配してたんだよねー」
「川畑に心配されなくても、立派にやってたっつーの。ほら、三原も黙ってないで言ってやれ」
「うわ、怖い先生だな。さては、いつもこんな風にいたいけな生徒を脅してるんだな」
「……伊沼センセイは、いい先生だったと思います」
センセイに直接言うなんてなんだか恥ずかしくて、私の声はどんどん尻すぼみになっていく。それなのに、シンと静まり返る病室にはよく響いた。
「私、事故の後遺症で色がずっと見えなくって。そのせいで美術の授業がずっと大嫌いだったんです」
川畑さんの息を飲む音が聞こえた。それに構わず、私は話を続ける。
「ここの病院の長谷川先生に頼んで診断書貰ったりして、それを使って美術は他の課題に代えてもらったり。でも、センセイが美術の担当になってからは大変で」
私は、センセイとの思い出をひもといていく。箱の中に仕舞いこんだ宝物をそっと取り出すように、ゆっくりと慎重に。
「センセイ、私に絵を描かせようと逃げても追いかけてくるんですよ」
それを思い出した私が噴き出すと、川畑さんは驚いたように目を大きく丸めた。
「え?! 何それぇ? 直人が、学校で生徒と追いかけっこしてるってわけ?」
川畑さんは面白そうに、大きな声で笑った。
「それで私が捕まらないとわかったら、もう教室前に張り込んで、美術室に連れていかれちゃって」
「うわぁ……それは大変だったね、彩香ちゃん。こいつ、相当しつこかっただろ」
「ふふ、はい。その時は、面倒くさいことに巻き込まれたなって思ったんですけど」




