6 世界は彩りに満ちている ②
「サヤ、良かったじゃん! 治って!」
舞は持っていたクラッカーを放り投げて、ぎゅっと抱き着いてくる。その勢いに負けてしまって、後ろによろめいてしまう。舞の力は思っていたよりも強くて、少しだけ呼吸が苦しい。
「本当によかった~~!」
莉子ちゃんはハンカチで目じりを拭きながら、まるで自分の事のように祝ってくれる。そんな風に喜んでくれる友達がいるなんて、目が治ったこと以上にそのことが嬉しくて仕方がない。
「今日はお祝いしないとね! サヤの快気祝い!」
莉子ちゃんはハンカチをポケットに仕舞い、パチンと手を叩いた。舞もそれに賛同するように飛び跳ねる。
「そうだね! そうだ、バニーズで新作フラペチーノ出たみたいだし! せっかくだからみんなで行こうよ。今日は特別に、私がサヤの分おごってあげる!」
そう胸を張る舞とはしゃいでいる莉子ちゃん。二人が盛り上がっている中、私は水を差すように口を開いた。こんなことを言うのは、本当に申し訳ないけれど。
「ごめん……今日、私病院行かなきゃいけなくって」
「え、え~~!!」
二人の嘆きが、教室中に響き渡った。私は担任の先生が来るまで、ずっと友達に頭を下げていた。また今度、絶対に行こうねと約束をして。
放課後、私は常盤台大学病院に向かっていた。
目的は二つ。
一つ目は、もう一度長谷川先生の検査を受けるため。昨日は先生が興奮してしまって、しなければいけない検査のいくつかが時間切れでできなかったらしい。
そしてもう一つが……センセイに会いに行くため。センセイともう一度、ちゃんと話がしたくて。
検査が始まるまで時間があるため、私は先にセンセイの病室に寄ることにした。訪れるのが三回目になると、私の足はとてもスムーズだった。迷うことなく、センセイの元にたどり着く。
病室の前に着いたその時、その中から何かもめているような声が聞こえてきた。
(な、何!?)
ドアに耳をあてて、中の様子を盗み聞きした。中から聞こえてきた声は、どこか聞き覚えがあった。以前私がセンセイの病室に訪れた時にお見舞に来ていて男の人と同じ声をしていた。
「……治療受けるつもりないって、どういうことだよ!」
その言葉を聞いた私の目の前はまた真っ暗になってしまっていた。慌てて首を横に振って私はぎゅっと目をつぶる。再び目を開いた時、クリーム色の扉が目に飛び込んできて、私は少しだけ安心した。
「その通りだよ。ていうか、お前が何でそのこと知ってるんだよ」
「直人の主治医に、お前の事説得してほしいって言われたんだよ! あんないい先生困らせて……」
「本当におしゃべりだな、あの人は……」
「俺はそのおしゃべりのおかげで助かったけどな。まさか、お前の病気の治療法があるなんて今の今まで知らなかったし」
「まだ『治療法』じゃない。これからそれを検証していくための実験だよ」
「それでも、治るかもしれないなら受けるべきだろ。……お前、まだ気にしてんのか、例の事故の事」
例の事故。
きっと私の事だ。センセイは彼が放ったその言葉に、返事をしなかった。