5 この思いは鮮やかな花のように ⑧
「本当に、三原だったのか? あの時の子どもは……」
「はっきり思い出しました。事故のことも、あの時センセイがいてくれたことも。センセイの罪なんて、初めから何もないんです。だって、私は生きてる。そして、ようやっと……センセイのおかげで、私は色だって取り戻すことができた」
さらに力を込めて、センセイの手を握る。
「だって、センセイに出会えたから。センセイがあの時声をかけてくれなかったら、私は死んでいた。センセイが私に絵を描くことを教えくれなかったら、センセイが私の絵を描いてくれなかったら、私はずっとこのままだった。白と黒だけの世界で、ずっと一人っきりだった」
センセイは私の手を優しくほどいて、ゆっくりと私の顔に向かって手を伸ばす。センセイの指先が私の頬に伝う涙に触れた瞬間、センセイは驚いたのか手を引いてしまった。
「何でお前、泣いてるんだよ」
「当たり前じゃないですか。センセイの色だって、やっと見ることができたんだから」
私は流れてくる涙をそのままにしていた。センセイの手は少しだけ迷うように宙を漂っていたけれど、やがて私の顔をその大きな手のひらで包み込んだ。カサカサとしているけれど、暖かい。まるで彼の心に触れているみたいで、私の波立った心は凪いでいく。その温かさを感じていると、また涙がこぼれた。センセイの親指がぎこちなく頬を這い、私の涙が流れるたびに拭ってくれる。
「だからね、センセイ。治療を受けてください。センセイが罪を償う必要だってもうない、私がこうやって生きているのがその証拠です。それに……」
次から次へと涙があふれるから、上手く言葉を紡げない。私は鼻をすすって、センセイをまっすぐ見た。センセイは見えていないはずなのに、私と彼の視線は確かに交わっている。
「私のために、目を治して欲しいんです。センセイ一人だけが、真っ黒な世界に閉じ込めるなんて……私が耐えられない」
センセイは、何も答えなかった。
私はセンセイの手のぬくもりが、体の中まで滲むように広がっていくのをただ感じていた。目を閉じる。たとえ目の前が暗闇だとしても、今の私は、センセイの姿をありありと思い描くことができる。
その鮮やかな姿を――。