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モノクロームと花束  作者: indi子
3 重たく悲しみを帯びた青
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3 重たく悲しみを帯びた青 ④


 ギャラリーに行けば、センセイがいるかもしれない。二人の間に残る気まずさと心の中に広がる靄を晴らしたくて仕方がなかった。センセイに直接会って、話がしたい。センセイの事が知りたい。私はそのフライヤーを、遊びに行く時に使っているショルダーバッグの中にそっと仕舞い、顔をあげた。


まるで自分自身を鼓舞するように。




 次の日は、冬がぶり返してきたみたいで少しだけ肌寒かった。スプリングコートを着て、首にマフラーを巻きつけた私は玄関を飛び出し、全速力で走って(横断歩道に差し掛かった時は慎重に周りを見ながら)駅に向かい、電車に飛び乗っていた。息が切れてしまって何度も深呼吸をしていると、走ったせいで体が熱くなっていることに気づく。私はマフラーを外しコートのボタンを開ける。




 いつも利用している学校の最寄り駅で降りて、私はスマートフォンで地図を見ながら、センセイの個展が開かれているギャラリーへ向かった。道が入り組んでいて少しわかり辛く少し時間がかかったけれど、ようやっとギャラリーを見つけることができた。




 こっそりと、見つからないように小窓からギャラリーを覗き込む。中にはお客さんは一人もおらず、受付で椅子に座っているセンセイの横顔が見えた。私は何度も深呼吸を繰り返して、うるさいくらいに高鳴っている胸を落ち着かせる。ドアノブを回し、音を立てないようにゆっくりと開けていく。センセイは暇を持て余しているのかぼんやりと宙を見つめていた。私はそのまま忍び足で、センセイに気づかれないようにそっと近づいていく。私はそのまま彼の左側に立った。センセイは私が来ていることに全く気付かないままだった。




「……センセイ」




 割れやすいグラスを持ち上げるみたいな、慎重に、とても小さな声で話しかけると、センセイは驚いたようにハッと顔をあげた。センセイの目が合うと、私はもどかしくてスッと目を反らしてしまう。しかし、センセイは私の顔のあたりをじっと見つめていた。その視線を感じるたびに、なんだかこそばゆかった。




「三原、来たのか」




 センセイは少し間を置いてから、そう口を開いた。




「……はい」




 私が頷くと、センセイは安心したように息を漏らし、ぎこちなく笑った。




「なんだ、もう俺のところになんか来ないかと思った」




 センセイの笑みを見て私も笑おうとするけれど、頬は氷みたいに固まってうまく動かない。




「ほかに客もいない、三原だけだ。せっかくだから、ゆっくり見ていけよ」




 センセイが差し出すパンフレットを受け取り、私はセンセイから離れて展示されている絵を観に行った。




 ギャラリーの壁には等間隔に、センセイの作品が掛けられている。その中にはいくつか、タイトルの下に『売却済み』というシールが貼ってある作品もあった。以前センセイが話していた通り、本当に彼にはファンがいるみたいだ。




 私は時間をかけてゆっくりと、センセイの絵を一枚ずつ見ていった。




 その奥に込められた、センセイの気持ちを探る様に。




 ギャラリーの奥に進むにつれて、絵が描かれた時期が新しくなっていく。写真みたいに精密に切りとられた風景の絵が徐々に抽象的になっていく。そして筆のタッチが変化していくのが素人の私でも分かった。




 まるで色を塗るところを探すように筆の先が迷っているのだと、私には伝わってきた。


 そしてギャラリーの一番奥……そこには、センセイが『空模様』と題した絵が飾られていた。シンプルな額縁、ぼんやりとした灰色の丸が並んでいる。私が初めて見た、センセイの絵だった。私はギャラリーを何周もしてすべての絵をくまなく見たけれど、センセイがあの時破ってしまった雨の絵はどこにもなかった。




 私が『空模様』の絵の前で立ち尽くしていると、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。センセイは私の真後ろでピタリと止まった。センセイがゆっくり呼吸する音がかすかに聞こえてきて、よく耳を澄ますと、ざわざわと忙しない私の胸の音も聞こえてくる。私は深く息を吸って、胸に溜まった居たものものを吐き出すように口を開く。




「ねえ、センセイ」




 私の声はかすれていた。




「ん?」




 静かなギャラリーでは、小さなセンセイの声もよく響く。私はそのまま、最近……いや、もしかしたらずっと疑問に思っていたことを、ついに、センセイに問いかけていた。

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