2 心を動かしたのは、何色? ⑧
「その……何か言いづらいんだけど」
「なあに? もう、早く言ってよ。気になるじゃない」
舞がもじもじと腰を揺らす、まるで私の事を焦らすみたいに。いつまで経っても話そうとしない舞がまどろっこしくなって、私はフラペチーノのストローに口をつける。その瞬間、舞が意を決したように口を開いた。
「サヤって、もしかして伊沼先生と付き合ってる?」
「ぶふっ!」
「やだ! 大丈夫?!」
舞の突然の一言に、私は口に含んていたフラペチーノを噴き出してしまう。慌てた舞がティッシュを差し出したので、私は申し訳ない気持ちになりながらそれを貰い、口元を拭う。
「……突然何てこと言うのよ!」
「だって、みんなに聞いて来いって言われたんだもん」
「みんなって……何? どういう事?」
私が恐る恐る首を傾げると、舞はぐぐっと迫ってくるように前のめりになる。その勢いに怖気ついて、私は少し引き気味になった。
「だって! サヤってば、いっつも放課後は伊沼先生がいる美術室に行っちゃうし!」
「そ、そんなに頻繁に行ってるつもりはないけど……」
「伊沼先生と廊下であったら、いつも楽しそうに話しているじゃない!」
「た、楽しそうに見える? そ、そうかなぁ?」
「見えるよ! だって、サヤと一緒にいるとき、伊沼先生って結構笑ってるんだよ? あんな風に伊沼先生が笑っているの、私見たことないもの!」
センセイ、結構笑うよ。舞にそう言いかえそうと思ったけれど、私は口を閉ざす他ない。確かに、授業中や他の生徒と話しているとき、あまり笑顔を見せない。怒っている顔は時々しているけれど、基本的にはいつもすまし顔だった。私はいつの間にかセンセイの笑った顔を見慣れていたけれど、舞たちから見たら、きっと奇妙な光景だったに違いない。舞が私の顔を覗き込んでくるので、私はとっさに視線をそらす。何か隠し事をしていると勘繰った舞がにやりと口角をあげる。
「みんなも疑ってるよ~、二人の事」
「そんな、事実無根だから! やましいことなんて、何一つないから」
「じゃ、サヤの片想い?」
「はぁ?!」
思わず大きな声をあげると、お店の中に響いてしまった。周りに座るお客さんがちらちらと私たちを見るので、私は恥ずかしくて首をすくめる。
「舞が変な事言うから……。何なのよ、片想いって」
「だって、サヤってば変わったんだもん」
「……そうかな?」
「サヤ、今までなら絶対美術の授業で絵を描かなかったのに、今はちゃんと描いてるじゃない。前に伊沼先生に追いかけられたときは逃げてたのに……どういう気持ちの変化?」
私は言葉を詰まらせてしまう。舞の尋問から逃れるようにフラペチーノを飲んでいくけれど、その味は先ほどよりもずっと苦かった。
「女の子がそうやって変わるのって、恋をしたときって相場が決まってるのよ」
「違う、全く違う! 絶対に違う!! センセイにはちょっと話を聞いてもらったり、色々教えてもらってるだけだから。そういう関係とか、絶対にないから!」
「やだ、必死になっちゃって。……ま、友達のよしみでそういうことにしてあげる」
助かったと思って私がほっと胸を撫でおろす。けれど、舞はニヤニヤと笑ったままだ。
「何……?」
その表情で見られると、自分が何か悪い事をしているような気分になってくる。恐る恐るそう聞くと、舞はその表情を崩さず口を開いた。
「でも、お世話になってるならバレンタインにチョコでもあげたら? あ、気にしないで。別にそんな深い意味じゃないのよ? 何も、そのついでに告っちゃえばとか……そういうつもりじゃないのよ?」
「絶対、面白がってる。顔にそう書いてある!」
手を伸ばして舞の頬を摘まむと、舞は声をあげて笑っていた。
フラペチーノを飲み終えた私は舞に引きずられるように、バレンタイン用のチョコを売っている特設コーナーに連れていかれた。私が何度も「やだ」「必要ない」って言ったのにも関わらず、だ。舞は目をキラキラさせてながらお店を見て回っているから、舞が行きたかっただけじゃないかと私は心の中でそう思う。センセイにチョコレートを……と心のはしっこでそう思っても、どれも同じような黒い塊を見ていると、頭がこんがらがっていく。私は舞が勧めるがままにお手軽なチョコを買っていた。
そして、いつの間にかバレンタインデー当日を迎えていた。
その日は朝から私は美術室に行こうかどうか迷っていた。舞も莉子ちゃんも朝からニヤニヤと笑っていて何だか気味が悪いし、授業にも集中できず一日中上の空だった。放課後が近づくにるれて、もやもやと頭の中にどんよりとした雲みたいなものが広がっていく。