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モノクロームと花束  作者: indi子
2 心を動かしたのは、何色?
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2 心を動かしたのは、何色? ③


「はい、これ」




 はがきサイズのそれは個展のフライヤーで、『伊沼直人の過去と現在』という少しかっこつけたようなタイトルと個展の期間とギャラリーの場所が書いてあった。伊沼先生は「大学の同期にデザインやってる奴がいるから、そいつにデザインしてもらったんだ」と少し嬉しそうに言った。ギャラリーの住所を見ると、高校からそう遠くないところにあるみたいだった。




「……行っても良いってことですか?」




 フライヤーを両手に持った私は恐る恐るそう聞くと、先生は空気を漏らすように笑い、深く頷いた。




「どうぞ。三原に俺の芸術分かるかどうか、楽しみだな」


「ひどい! いじわるな言い方!」


「ま、楽しんでくれたらいいよ。友達も誘って来てもいいし」




 私は頬を膨らませながら貰ったばかりのフライヤー片手に、自分のキャンバスに戻っていく。その時、先生は私の背中に向かってぽつりと呟いた。




「……これが、最後になるかもしれないからな」




(え?)




 振り返ると、先生は筆を持って再び絵を描き始めていた。私は聞き返すことなく、少しもやもやとするものを胸に抱えながら再び椅子に座った。座面がかたくて、お尻が痛くなる。




 きっと、仕事が忙しいから個展を開くのをやめるとか、そういう意味なのだろう。先生の言葉を私は頭の中でかみ砕いていた。




私はこの時、伊沼先生の言葉に秘められた本当の意味に、全く気づけなかったのだ。




***




「……終わったぁ!」




 私は美術室で、大きく伸びをした。目の前にある絵は完成したばかりで、まだ絵の具が乾いていない。その脇にはパレットと筆が長きにわたる役目を終えて、ほっとしたように横たわっていた。絵を描いている内に、黒と白の絵の具は半分ぐらいまで減っていた。他の絵の具には一切触れることなかった。私は、今見えている世界と同じくたった2色でこの『モノクロの絵』を描き上げた。




「三原、お疲れ」




 私の喜びの声が耳に入ったのか、絵を描いていた伊沼先生が近づいてきた。先生はとっくにあの『空模様』の絵を描き終えて、今は違う作品に取り組んでいる。今度の絵は、先生が雨を表現したいと言って様々な縦線をキャンバスに引いていた。もちろん、私には先生が描いている絵がどんな色なのかは分からない。けれど、先生が楽しそうに絵を描いていることだけは、その背中を見ればよく分かった。




「……思ったよりうまいな」




 伊沼先生が私の絵を見てポツリを呟いた。




「え? 本当ですか!?」




 思いがけない言葉に、私はパッと顔をあげる。でも、褒めるだけで終わらないのが伊沼先生だ。




「でも、時間かかりすぎ。描き終わるのに一か月以上かけやがって」


「いいじゃないですか! ちゃんと終わらせることができたんですから!」




 私は膨れながら先生に言い返す。私がこの課題に取り組んでいる内に、本格的に冬が始まってしまっていた。まだそんなに遅い時間ではないのに、外はすっかり暗くなっている。カバンの中にはマフラーと手袋が入っていて、朝夕の通学時間ははそれがないと寒いくらいだ。私が少しだけ凝ってしまった肩をほぐすようにぐるぐると回すと、先生は私の絵を手に取ってじっくり見つめていた。傾けたり、片目を閉じたりしながら隅から隅まで絵を見ていく。そうやってまじまじと見られると、まるで私自身を見つめられているみたいで、なんだか恥ずかしくなってきた。




「でも、ま、お疲れ。よく逃げ出さないで描いたよ」




 先生はポンと私の頭に手を置いた、そして、わしゃわしゃとまるで犬にやるみたいに撫でる。




「ちょ、ちょっと! 髪ぐしゃぐしゃなんですけど!」




 私が抗議すると、先生は声をあげて笑った。居残りの課題をやっている間、私は何度も伊沼先生の笑顔を見てきたと、ふとその笑顔の数々が頭をよぎった。先生の事を考えているとばれないように、私が頬を膨らませて先生の笑っている瞳に姿が映りこむように背伸びをする。




「逃げ出さなかったご褒美やるよ」


「え?」




 先生の「ご褒美」という言葉は私の表情をパッと喜びに買えてしまう。先生は嬉しそうな私の様子を見て「おいで」と言って美術準備室に向かう、私も先生の背中について行った。



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