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 その夜、不意に目が覚めた。

 まだ辺りは暗い闇に沈み、窓の外では満月が煌々(こうこう)と輝いていた。


 差し込む月明かりによって、隣に眠るユディの白い肌が浮かび上がって見える。規則正しく揺れる胸元や薄い腹に、いくつも小さな赤い傷跡が刻まれている。

 気付かぬうちに、右手の爪で傷つけてしまっていたのだ。


 そのことに気付いた瞬間、ぞっとした。


 いつの日か、ユディの柔らかい肌を、小さな体をこの手で切り裂いてしまうのではないか。理性を失い、魔獣と成り果て、彼女を害するのではないか。

 遠くない未来に訪れるかもしれないその事を想い、胸を絶望が覆った。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 頭を抱え込み、沸き起こる衝動を抑え込もうと体を丸める。顔を毛布に押し付け、留めることのできない絶叫を上げる。

 隣で、ユディが起きる気配がしても止めることは出来なかった。


「ジーン? どうしたんだ、ジーン! しっかりしろ!!」


 体を揺らし、宥めるように背を撫でるユディを払い除けないように自分を抑えることが、精一杯だった。


 その夜。

 今まで、右肩までで収まっていた魔獣の黒が、一気に背中まで広がった。


   § § § § §


 あの日から、出来る限りユディを近づけないように徹底した。

 自分から近づかないことはもちろん、ユディが不用意に近づこうとする度、あからさまに距離を取った。今まで直接手渡しで受け取っていた物も全て、一度テーブルや床に置かれない限り、手を出さない。

 例えまだ人間のものである左手でも、ユディに触れるのが怖かった。彼女の白い肌に浮かぶ、赤が頭から離れなかった。


 そして目も、なるべく合わせないようにした。

 あの緑色の瞳を見てしまうと、どうしても自分を抑えられる気がしなかったのだ。一度触れてしまった温かさや柔らかさは、そう安々と忘れられない。


「ジーン……」

「…………」


 そんな態度を取り続けていれば、明るかったユディの声も、暗いものへと変わっていった。

 そして檻の中に居る時間は減り、この部屋に来る時間自体も減り、ついには幾日もユディが訪れない日が続くようになった。


 食事や着替えは欠かさず届けられるが、ユディは来ない。そしてユディ以外の人間は皆、俺を怖がっていた。

 誰も声を掛けることはせず、怯えた顔で俺を伺いながら、檻の隙間から食事などを押し込むのだ。そして用事が済めば、逃げるように部屋から出ていく。


 もう大分長いこと、檻の鍵は開けられていない。


 これが、正しい扱いだ。

 これが、普通だ。

 あの1ヶ月の方が、異常だったのだ。

 俺は、バケモノなのだ。人間なんかじゃない。

 ユディと、一緒に居られる訳がない。


 ぼんやりと窓の外を見上げ、暗くなっていく青空を眺めた。いつの間にか、日が短くなっていた。

 着ているシャツも、長袖のものになっている。

 ふと視線を落とした先、シャツから出ている両手は、どちらも黒くなっていた。鋭い爪が、伸びている。


 もう、ユディには触れられない。


 その事実を理解したその時。

 一気に頭の中が真っ黒になった。

 そしてその黒が体中を巡り、激痛をもたらす。腕が、足が、臓器が。全てが別のものに変わっていく感覚がした。


「ぉあ゛ア゛ア゛ァァァァ!! グヴゥァァァァ…………!!!!」


 喉からほとばしる絶叫が、まるで獣のようであった。

 もう、戻れない。

 そんな感覚が全身に満ち、絶望が溢れ出す。黒に塗りつぶされ、何も考えられなくなっていく中、輝く緑色が見えた気がした。


「――!」

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