2
檻の中での生活は、まるで楽園のようだった。
檻の内側には窓はないが、ベッドと小さなテーブルセットがあり、さらに別室として風呂とトイレもあるのだ。今まで押し込められていた、小さな物置部屋に比べれば、十分すぎる程だ。
食事もきっちり3食出るし、着替えも毎日渡される。
しかも、俺のことを人間だと言い放ったユディは気軽に檻の中に入り、無防備に俺と接する。檻の外に居たとしても、檻の鍵を閉めないでいることがしょっちゅうだった。
一応、色々と血や細胞といったものを採取し、俺のことを研究しているようではあった。
しかし、化け物扱いすることは一切なかった。
「ジーンの血中魔素は闇が多く、魔獣の血に近いみたいだな」
「血中魔素?」
「ああ。魔力の源、と言われるものだ。血中魔素が一定以上あれば、魔力として魔法を使える。普通の人間や動物は、地・水・火・風・光・闇の魔素成分は大体同じくらいだが、お前のは圧倒的に闇が多い。一方、魔獣の血中魔素はほぼ闇しかない」
「へぇ……」
ベッドに腰かけた俺の左隣で、ユディはコーヒー片手に資料を眺めていた。ついでだ、と手渡されたコーヒーに口を付け、なんともいえない気持ちでユディの小さな頭を見下ろす。
何で彼女は、あえて檻の中に居るのだろうか。
「他の数値は至って普通。人間と変わらない。そしてここに来た初期と1ヶ月経った今とで変動があるのも、血中魔素成分のみ」
「……」
「だから、お前の右腕は、この闇の魔素が多いことによる影響じゃないかと思っている」
そう言って顔を上げたユディは、緑色の瞳を真っ直ぐ俺に向ける。恐れや嫌悪が一切ないその視線に、胸がくすぐったくなる。
「……たった1ヶ月でそこまで分かるんだな」
「まぁ、まだ仮説だ。確証が得られなければ、ただの妄想と変わらない」
そう言って肩をすくめたユディは、唐突に俺が着ているシャツを捲る。
「なっ!? おい!」
「腹は普通だな。いや、全然運動していないことを考えれば、この筋肉質な体は……」
「おい! 痴女か、アンタは!!」
さわさわと勝手に腹を触りだすユディに慌てた。左手で持っていたコーヒーのカップを放り捨て、強引に彼女を引き離す。
カラン、と床に落ちた金属製のカップが盛大な音を立てていた。
「何をする」
「何をするじゃない! アンタこそ、何やってんだ!!」
「ジーンを確認していた」
「確認をしてたってなぁ……。急に触り出すなよ」
がっくりと項垂れた俺に、ユディは首を傾げる。
「急じゃなければ良いのか?」
「いや、そうじゃなくてな……」
盛大にため息を吐き、ガリガリと髪を掻きむしる。
今までずっと両親に迫害され、小さな部屋に閉じ込められていても、無知な訳ではない。俺も、それなりに成長した男なのだ。
そしてユディは、俺を化け物扱いしない、たった一人の女性だ。
そんな人に、触れられて、何も思わない訳がない。
無防備に笑うユディを、ベッドに押し倒す。
「アンタにとって、俺は何だ? バケモノ?」
「いや、違う」
「じゃあ、ただの研究対象?」
「違う」
驚きに見開かれていた緑色の瞳が、優しく笑む。そっと俺の頬に手を差し伸べ、優しく撫でる。
「お前は、人間の、男だよ。ジーン」
きっぱりと言い切ったユディは、少し不安そうに瞳を揺らす。そして躊躇いがちに、俺に問う。
「お前は、私を厭わないのか?」
「なぜ?」
「だって、私は、お前を買った人間だし、こんなところに閉じ込めてる。それに、お前を解明する、とか言って血とか細胞とか取ってるし……」
「でも、俺を人間扱いしてくれる」
「だが、私はこう、理屈っぽいし、偏屈だ。一緒に居ても、息が詰まるだろう?」
「そんなことない」
「でも……」
まだまだ何か言い募ろうとしていたユディの唇に、自分の唇を重ねて強引に言葉を遮った。
さっと赤く染まった頬を左手で撫で、胸に満ち溢れる思いを告げる。
「俺は、ユディに会えて幸せ。ユディと一緒に居れると嬉しい」
「ジーン……」
「ユディのことが、好きだ」
そしてもう一度唇を重ねる。
ユディは、ビクリと一瞬体を震わせたが、抵抗しなかった。それどころか、おずおずと背中へ手を回し、俺の体を引き寄せた。
幾度も唇を重ね合わせ、次第に口付けは深いものへとなっていった。