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短編集

マッチ売りの私と俺

 幼い頃から、どうしてこの世界に生まれてしまったのか、と疑問だった。

父親には毎日のように殴られ、年中雪が降り積もる街でひたすら売れないマッチを売り続ける毎日。

 

 マッチが売れなければまた父親に怒られ殴られるだろう。

いや、売れようが売れまいが……私は殴られる。きっと私は父親のストレス解消の道具なんだ。


「……ストレス解消……って、何?」


自分で言っておいて言葉の意味が分からない。

私には時々こんな風に、知りもしない言葉が頭の中に浮かんでくる事があった。

まるで別世界の言葉。

そんな私だからこそ、何故この世界に生まれてしまったのか、と疑問に思う事が出来た。

もしかしたら、この世界とは全く違う世界が……あるかもしれない。



 ※



 今日も売れたマッチはたった二箱。

それはそうだ、今の世の中マッチなど何の役に立つ。

いっその事、火炎放射器でも売った方が……


「かえん……ほうしゃき……」


また知らない言葉が出てきた。

それは売れる物なのか? と思いつつ家の中に入ると、酒を飲んだくれた父が机に突っ伏し、私がドアを開けた事で入ってきた冷たい空気で目を覚ました。


「……あぁ、帰ってきたのか……メイル……」


メイル、とは私の名では無い。

亡くなった母の名だ。父は酔うと私の事をそう呼び、売れ残ったマッチを見ると……


「……アイル……またお前は! ろくにマッチも売れねえのか! 役立たずが!」


そう、こうやって……怒りだす……


「っ……!」


頬に走る痛み。

父に平手で殴られ、床に転がる。その拍子に籠に入っていたマッチは全て床に散らばる。


「アイル! 大切な商売道具を……床に捨てるとは何事だ……っ! 拾え!」


「…………」


無言でマッチを拾い集めつつ、カゴの中へと。

すると父は私の後ろから頭を鷲掴みし、そのまま床へと叩きつけた。

顔面に痛み。まあ、でも慣れっこだ。痛みも慣れると大した事は無い。


そうだ、こうやって昔……よくマットの上に顔擦りつけては必死に試合を……


「……試合……?」


「何またぶつくさ分けわかんねえ事言ってやがる! この……役立たずの出来損ないがぁ!」


そのまま父に担がれ、さらに壁へと投げ捨てられる。

ウェイトの差がハンパ無い、こんな相手……


「……ウェイト……ハンパ無い……相手……」


また分からない言葉が頭に浮かび上がってくる。

そして目の前に父の足の裏が……あぁ、このまま顔面を蹴られて……そのまま朝まで気を失って……


「……ん?!」


って、そんな……見え見えの前蹴りが”俺”に通用すると思ってんのかぁ!

瞬時に”アヒル”のように構え、そのまま前蹴りをよけながらバックに回る。

そのまま父の腰に手を回し、腹に父の体重を乗せながら……


「っどっせーい!!」


そのまま……父をジャーマンスープレックスで床へと突き刺した。


「……フフゥ、まだまだだな、父よ。俺の方がテクニックが上……」


……?

何言ってんだ、俺。

いや、俺?


ちょっと待て、なんだここは。

木造の……ペンション? いや、倉庫みたいな所だ。


いやいや、何言ってんだ。ここは俺の家じゃないか。

いやいや、待て待て待て”俺”ってなんだ。私は……。


「ぁ……そういう……ことか」


我ながら順応性が高いと言わざるを得まい。

まさか……これは……


「転生……私……俺は生まれ変わったのか!」


「何を……分けわかんねえことを……」


父が起き上がり、再びこちらを睨みつけて来る。

まだ来るか。


「父よ、今の俺にはアンタは勝てぬ。何故なら……」


起き上がった父へと胴タックル、そのまま勢いでリフトし……


「俺は……レスリング東海大会一回戦突破! 二回戦で全国大会級の奴に負けた男だぁ!!!」


そのまま乱暴に父の体を床へと再び投げ捨てた。

ぁ、ヤベ。受け身も知らん父になんて危険な事を!


「す、すまん! 大丈夫か! 父ヨ!」


返事が無い。ただの○のようだ。


「いや、気絶してるだけか。しかし何という事だ。この俺が異世界転生……いや、異世界か? ここ」


周りを見ても異世界っぽいが異世界っぽくはない。

オイルランプに父の飲んでいたエール。

それにマッチ……。異世界ならば魔法の力で光を生み出しているはずだ!


「……うーん、まあ……古き良き時代って感じか……」


しかしそれよりも重大な事がある。

俺は男じゃない。正真正銘の女の子だ。マジか、女体化……。


「男のロマンだよな……と言いたい所だが……出来ればもっとグラマーな姉ちゃんに……いや、それよりもだ」


床に散らばったマッチを見る。

父に虐待され、ひたすらマッチを売る少女と言えば……


「ハンス・クリスチャン・アンデルセンの創作童話……マッチ売りの少女……にソックリだな。いや、もうその物って感じだな……確かあの話の最後は……」


婆ちゃんの幻が見えて……その幻を消さぬように、少女はマッチを擦り続け……翌朝凍死してたって話だったな……。まごうことなきバットエンドだ。


「まあ、婆ちゃんの魂と一緒に天国に行ったんだから……いや、でも死んだら終わりだ。なんとかそのエンドだけは回避しなければ」


この世界がマッチ売りの少女ならば……の話だが。

いや、そもそもこれは俺の人生だ。そんな童話の世界の人生を辿ってるなんて……


「いや……でも待てよ……マッチ売りの少女って、確かモデルが居た筈……」


そう、確か著者本人の母親の少女時代をモデルにして書いていた筈だ。

ヒマな時にネットでググってて正解だったぜ。


「ということは……考えようによっては……」


この世界はハンス・クリスチャン・アンデルセンの母親の世界……という考えも……


「……まあ深くは考えない方がいいか」


その時、大きく鳴るお腹の音。

やばい、腹減った。


「冷蔵庫……ってあるわけ無いか。何か食料は無いのか……」


父が飲んでいたエール、その傍にはハムの欠片が。

どこかにハムがあるのか? と思いつつ家の中を物色するが、出て来るのはゴミばかり。


「むむぅ、ハムどころか食えそうな物は何もないな。そして金も無い。ここは……」


狩りに出るか?

いや、それこそ無茶だ。前世の俺ならともかく、今ここに居るのはか弱い少女だ。

あの父を投げ飛ばしただけで、もう腕は微かに悲鳴を上げているような気もしないでもない。


「”私”は今まで父に鍛えられてきたんだ。生前の”俺”より、もしかしたら逞しいかもしれん。しかしそれでも体力差は否めないな……はぁ、牛丼特盛食いてえ……」


この世界……いや、時代に牛丼があるわけがないが、とりあえず食う為には金が要る。

それは今も昔も同じようだ。


「とりあえずマッチを売ってみるか? いや、売れないのは目に見えてる。何故なら……」


この街にはそれなりに金持ちも居るようだが、そんな連中が道端でマッチを買う筈が無い。

だからと言って庶民も買う筈無い。何故ならここにこんな大量のマッチがあるくらいなんだ。

恐らく父はこのマッチを何処からか大量に仕入れてきたんだろう。

こんな小屋みたいな家に住む飲んだくれが仕入れれるくらいだ、マッチなんてどこの家にも溢れてると考えるべきだ。


「でもだからと言って……マッチくらいしか売れる物ないし……ん? 待てよ……」


この時代にマジックはあるだろうか。

いや、書くほうのマジックでは無く、宴会の一発芸とかのマジックだ。


「確か会社の先輩が一回やってくれたな……マッチ箱から出したマッチを、箱の中に瞬間移動させる奴……」


まあ、種はごくごく簡単な物なんだが……。

箱にマッチを隠しているだけのマジックで、種明かしされた時は本気でムカついた。


「……まあ、やるだけやってみるか」



 ※



 そんなこんなで、安易すぎる考えで雪が積もる街中へとやってきた私。

さてさて、ターゲットは金持ちだ。如何にも金持ってそうなオッサンを……


「君、マッチを一つくれんか」


その時、一人のスーツを来たオッサンがマッチを購入しにやってきた!

マジか、タバコの火が無くなったのか?

まあいい、まずはこのオッサンに見せてやるか。驚異の魔術を!


「おっさん、タバコ吸いたいだけか?」


「オッサ……あ、あぁ、そうだが?」


一本マッチを擦り、火を着けてやる。

そのまま手で風から守りつつ


「ん、火つけていいぞ」


「おぉ、すまんな」


そのまま煙草に火を付け、一服し出すオッサン。


「しかしいいのか、金は欲しくないのか?」


「欲しいともさ。だから……オッサンに良い物を見せてやる」


いいつつ、下準備しておいたマッチ箱をポケットから取り出した。

中には数本のマッチ。


「なんだ、それは……それが良い物か?」


「まあまあ。おっさん、マジックってみた事あるか?」


首をかしげるオッサン。

まあ、こんな宴会芸……ある訳ないか。

奇術と言えば分かるかもしれないが、怪しい事この上ない。


 箱の中から数本のマッチを取り出し、一本をポケットの中へ。


「このポケットの中に入ったマッチが……この箱にいつの間にか移動する」


「はは、そういう余興か。いいだろう、やってみるがいい、私は騙されんぞ。どれ、メモも取っておこう」


オッサンはそう言いながら、俺を観察しつつサラサラと何やら書き出した。

ククク、そんな事をしても無駄だ! 会社の宴会で俺も完全に騙されたんだからな!


んで、箱から取り出したマッチにすべて火を付け……焦がしておく。

そして再び箱の中へと戻し蓋をして……数回箱を揺らし……


「いいか? もう移動したぞ?」


「……ふむ」


オッサンの目の前で蓋をスライドさせ開けると、そこには一本だけ焦げていないマッチが。


「……!」


「ふはは、驚いたか! 今ポケットの中にはいったマッチがこの中に移動……」


「君! ポケットを見せたまえ!」


ガサゴソと俺のポケットを探ってくるオッサン!

ひぃ! せ、セクハラなり!


「……何だ、良かった……」


ポケットから出て来るマッチを見て安心するオッサン。

何が良かったんだ。


「君、あまりその余興は人前では……止めた方がいいぞ」


何でだ。人に見せる為なのに……


「魔女狩りを知らんのか。大迫害から既に一世紀経っていても、人々の頭からはそう離れはせん」


むむ、そうか。

私みたいな庶民がこんな事したら……魔女と間違えられて処刑されるって事か。

なんて恐ろしい……。


「……しかし君は面白いな。今の種はどんなのだ?」


「あぁ……なんてことない。箱の中にマッチを隠してただけだ。こんな風に……」


スライドさせる箱に、見えないようにマッチを挟んでおくだけ。

あとは再びスライドさせて蓋を閉めれば、挟んでおいたマッチは普通に箱の中に戻る。


「……はははっ、成程成程……面白い。どれ……」


するとオッサンは財布を取り出し、俺の手の平に数枚紙幣を……

って、紙幣あるのか。どのくらいの価値なんだ?

この世界で暮らしていた”私”の記憶をたどっても価値が分からん。


「ではな。さっきも言ったが、その余興はあまり人には見せるなよ」


「あ、あぁ、ありがとう、オッサン……」


価値がまるで分からんが……まあいい。父に見せてみよう。

独り占めしようもんなら、また投げ飛ばしてやればいいし。



 そのまま帰宅し、父にオッサンから貰った紙幣数枚を見せる。

父は頭に出来たタンコブを抑えつつ、目を丸くして固まった。


「お、おま、おま……それ……」


「貰ったんだ、これいくらくらいだ? 飯食えるのか?」


父は恐る恐る俺の手から紙幣を取ると、確かめるようにオイルランプに翳す。


「め、飯なんて……飯なんてもんじゃねえ! お前、コレ何枚あるんだ?!」


何枚って……ん?


ポケットの中を確かめると、数枚だった紙幣が……なんか札束に……


え、ナニコレ。


「……あの時か、あのオッサン……魔女狩りの話は囮か……」


その札束を見て父は再び泡を吹いて気絶し、ポケットの中には紙幣とは別に……何かメモ書きが。



『暖かい火をありがとう』



 それからというもの、その大金を元手に父はちゃんとした所で働く様になり、私は私でそれなりに一般家庭並の暮らしが出来る様になった。


しかしあいも変わらず俺はマッチを売り続けている。

七面鳥や婆ちゃんの幻をみるのは……もう少し先になりそうだ。


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[良い点] 何だろう このよくわからない面白さは [気になる点] ジャーマンはそのままフォールしないと アマレスは投げっぱなしスープレックスしないのでは? [一言] ちあき堂から来ました
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