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09 第07話 入門作戦会議


「お前達は王都に行くんだったな。俺はやはり王都には、というか、どの町にも寄らないからここでお別れだな」

「ふふ~、アスラム~」

「そうだよね~、姉ちゃん~」


 いきなり二人に両側からガシっと腕を固められた。

 ステータス差があるから、無理やり振りほどけば逃れられなくもないが、悪意は感じられんから振りほどく必要も無いだろう。

 見た目は、大男と大きめの女に挟まれた子供だな。


「な、なんだ? こちらでは、そんな別れの挨拶があるのか?」

「……はぁ~、そんなわけないでしょ。あなたのそんな常識が無いところを私達が教えてあげるのよ」

「そうだよ、アスラムは僕達の師匠も同然なんだ。そんなアスラムが非常識人のまま放っておけるわけないじゃないか」


 ……非常識人……常識が無い……かなり心を抉る言葉だな。中々のダメージを受けたぞ。もしかして、こいつらって二番目に戦った魔王より強い?

 俺はあの戦いでは、ほぼノーダメージだったのだが。


「それで、どうやって教えてくれるんだ?」

「そんなの町に入って冒険者ギルドに加入すれば嫌でも覚えるわよ」

「そうだよ、僕らは『惰眠を貪る猫スリーピングキャット』の仲間じゃないか。何も遠慮する事は無いんだよ」

「いや、ちょっと待て。町に入るとは王都へ行くつもりか。俺が行けない事情は説明したつもりだが」


 そうなのだ。結局俺は黒髪黒目を理由に王都へは行かないと決めた。それは姉弟にも伝えたし、その理由も説明したはずだが。


「そんなのアスラムなら髪の色ぐらい変えられるでしょ?」

「そうだよ、あれだけ色々できるのに変装も出来ないっておかしくない?」


 変装……確かにできるな。変装ではなく変身だが。

 ダンジョンのドロップアイテムに『変身鏡マジカルミラー』というものがあった。これに映したものになら、どんな生物でも変身出来るというレアアイテムだったが、これも一度しか使わず死蔵している。ドラゴンにも変身できるというレアアイテムだったので、試しにスカイドラゴンに変身してみたのだ。

スカイドラゴンになると飛べると思ってたのだが、ステータスは自分のままだから飛べなかったので死蔵したものだ。

 確か、今でもメモリにはスカイドラゴンしか無かったはずだ。メモリ機能は十ぐらいはあったはずだが。


「俺は変装はできん。だが、変身はできるぞ」

「「……」」

 ピタッと同時に歩を止めた姉弟。


「……変身?」

「どうしよう、姉ちゃん。僕、嫌な予感しかしないんだけど……」

「大丈夫よ、タック。私も同じだから」

「……」

 嫌な予感とはなんだ! スカイドラゴンぐらいこの世界にもいるだろ!


「一応、聞くけど、何に変身する気?」

「まさか、オークキングじゃないよね?」

 なぜオークキングが出てくる! あんな食材などになるわけが無いだろ!


「スカイドラゴンだ。だが、残念ながら変身では飛べなかった」

「「スカイドラゴン―――――!!」」


 なぜそんなに驚くんだ。スカイドラゴンなど、この森で一番強かったグリフォンロードの十倍強い程度だぞ。大した龍ではない。驚くのなら暗黒龍ダークネスドラゴンあたりで驚いてくれ。

 その時はドラゴンへの変身に興味は無くしてたし、戦いの途中で収納したから、確かそのまま解体せずに収納してしまったはずだ。暗黒龍ダークネスドラゴンはラスボスでは無かったから何体もいたのだ。

 『変身鏡マジカルミラー』は死体でも映せば変身できるのだろうか。試してみるか。


「ダメダメダメダメ―――――!! そんなのに変身した姿を見られたら、国軍が出てきちゃうって!」

「そうだよ! 門も全部閉められちゃうから王都に入れなくなっちゃうよ!」


 そんな事は無いだろ。たかがスカイドラゴンで大袈裟な奴らだ。こいつらは冒険者ランクが低いから誤解してるのだろう。

 ん? そういえば、この森には龍がいなかったな。龍はオークキングなど比べ物にならないほど美味いのだ。

 特に心臓ハツだな。あれを最高に美味い上に生命力も上がり、HP・MPも格段にアップするからな。もしかすると寿命も延びるかもしれん。前の俺には関係なかったが、今はアスラムを長生きさせる必要がある。次は龍討伐にでも行ってみるか。

 いや、まだ解体前の物も持ってたはずだが……


「ジュル…アスラム? 今、美味しい事、考えてた?」

「ジュル…うん、僕も涎が出てきちゃった」

 むっ、顔に出てしまったか。しかし、こいつらの食い意地は魔王級だな。


「そんな事よりどうするんだ? 俺は変装はできない。変身もダメだと言うなら王都には入れんぞ」

 俺としては特に行きたくもないからそれでいいのだが。それよりも龍の情報が欲しいところだな。


「そうねぇ……奴隷のフリをするのって、どう? もちろん入門だけで、冒険者ギルドに登録してしまうまでの間だけだけど……ひっ!」

「ゴ、ゴメン、ア、アスラム……姉ちゃんを許してあげて……お願い…殺さないで……」


 ん? つい奴隷に反応して殺気を出してしまったか。だが、こればかりはどうしようもない。百年も『奴隷の首輪』に苦しめられたのだ、恨むなという方が無理がある。

 だが、こいつらの事は何とも思ってない。手間の掛かる奴らだが、殺そうとは思ってないし、手を出そうとも思ってない。俺が少し育ててやったという気があるからかもしれない。

 しかし、こういう育てるというのも、そう悪いものでもないのだな。


「いや、こっちこそスマン。だが、俺の前では奴隷の話はしない方がいい。つい手が出てしまうかもしれんからな」

「わ、わかった…グスン」

「あ、ありがとう、アスラム…グスン」

「アスラム……」

「なんだ」

「ごめんなさい……」

「ああ、こっちも悪かった」

「怒ってない?」

「ああ、初めから怒ってない」

「ホントに?」

「ああ」

「……」

「姉ちゃん」

「タック!」

「「怖かったよ―――――」」


 ヒシッ! っと抱き合って大声で泣く二人。

 そんなに殺気が出てしまっていたか。確かに俺の【周辺探索サーチ】内には魔物がいなくなってしまったな。

 これは少し慣れる必要があるな。そういう意味でも王都には行ってみるべきか。


 二人を落ち着かせるために、椅子とテーブルを出して、紅茶を入れてやった。

 するとなぜか、お茶請けにオークキングのステーキをリクエストされ、結局ガッツリと食事タイムに変わっていた。

 結果的に落ち着いたようだからいいのだが、俺がおかしいのか、こいつらが変なのか判断に迷うところだな。


「王都に行ってみるか」

「え!? ホント!」

「え!? 一緒に行ってくれるの? やったー!」

「ああ、だが、変装は無しだ。名前もアスラムで行く。家名は名乗らないが、この名前は大事にしたい」


 そうだ、偽名を名乗るのは簡単だが、こいつらにギメイと名乗った時も、どんどんとアスラムで無くなって行く気がしたのだ。

 俺の願いはアスラムが自我に目覚めてくれて、俺と代わってくれるのが願いなのだ。それなのにアスラムが薄れる気のする事は今後はしたくない。もう偽名は名乗りたくない。

 未だに全くアスラムを感じる事はできないが、この身体の内に残ってくれている事を俺は信じている。そして、いつの日か目覚めてくれる日を切に願うばかりだ。


「変装はしない。だが、フードは被ろう。俺としてもトラブルは避けたい。それでダメならお前達も諦めてくれ。俺はさっさと王都から立ち去る事にする」

 変装も偽名と大差ない。やはりアスラムのままで行きたい。

 それに、逃げるだけなら何とかなるだろう。レベルも一〇〇を超えたし、身体能力も随分上がったからな。


「う、うん、分かった。仕方がないわね、リーダーとして認めるわ」

「うん、僕もそれでいい。でも、大丈夫だよ、絶対問題なんて起こらないさ」

「タックは自信があるのね。その根拠を聞いてもいい?」

「うん。だって、アスラムに文句を言える人がいると思う?」

「……」

「……」

 沈黙する事、十秒。全員が同じ事を考えている。


 俺に文句を言える奴か。そんなものは沢山いるだろう、こいつらだってそうだしな。


「いないわね……」

「でしょ?」

「そうよ、考える必要なんて無かったのよ! でも、黒髪黒目は珍しいと思うからフードは必須ね。顔を見せろと言われても、なるべく髪は見えないように顔を見せるのよ」


 それは解決したと見ていいのか? どうも腑に落ちないが……

 フードから髪が見えないようにか。それぐらいならできるだろう。インナーキャップを被ってれば髪が出る事も無いだろうからな。西洋兜の中に被るようなアレの簡易版だ。

 インナーキャップはもちろん持っている。精神耐性と大音量耐性の付与を付けるには最適の防具だからな。前髪が目にかかるのを防ぐのにもちょうどいいのだ。


「わかった。他には?」

「そうね……そうだ、アスラムは身分証明書は持ってる?」

「いや、無いな」

 前の世界の冒険者カードはあったはずだが、名前欄が『勇者』となってたはずだ。普通は職業欄に『勇者』と入ると思うのだが、名前が『勇者』になってたので覚えているのだ。


「そう、じゃあ仮入門になるわね。私達も付いて行くから大丈夫よ」

「姉ちゃん? これは使えない?」

 弟がティーカップを指差し姉に尋ねた。


「そっか、このティーカップの家紋ね。これなら身分証明になるかも」

「家名は使わんぞ。それに、コップぐらいでは身分証明にならんだろ」

「そっかぁ、ダメかぁ。だったらやっぱり仮入門ね」

「そうするしか無いよね。姉ちゃん、今いくら持ってる?」

「お、お金? そんなの私が持ってるはずないでしょ」

「え? まさか…あのお金全部使っちゃったの?」

「……美味しかったのよ…止まらなかったの!」

「姉ちゃーん……」


 どうやら我々は文無しなようだ。


「僕達は冒険者カードがあるから入門料も免除されるけど、仮入門だと結構取られたよね。種族によって違ったと思うけど、人族だと銀貨一枚~五枚じゃなかった?」

「たぶん、それぐらいよね?」

「僕達みたいな獣人族だと、最悪金貨一枚取られる事もあるみたいだけど、アスラムは人族だから最悪でも銀貨五枚で行けるはず。でも、今は銅貨一枚も無いんだよね」


 そこまでだったか。それなのに、手持ちの金を全部食うとか、薬草採取に寝坊するとか、姉の方は何を考えているんだ。あの日、俺がいなければ、こいつらはどうなってたんだ? 最悪、野宿とか言ってた気がするが、何度もそういう事をして来たのかもな。


「素材を持ってるんだから売ってくればいいんじゃないのか?」


!!!!


「そうよね!」

「そうだよね!」

「じゃあ、私が冒険者ギルドで売って来るわ! リーダーとして!」

「何言ってんだよ! 僕が行くに決まってんだろ! そういうのはいつも僕の役目なんだから」

「いいえ、今回は私が行きます!」

「姉ちゃん、バレてるから。換金して買い食いするつもりなんだろ? 言っとくけど、アスラムの作ったものより美味しいものって無い気がするよ? 今なら食材もいいものが揃ってるから僕が作ったものより落ちるかもね」

「あ……」


 図星を突かれてガックリと突っ伏すミャール。

 まぁ、お金を支払って食べる外食は、また別物みたいなとこはあるがな。俺にはあまりそういった経験は無いが、一応は記憶の片隅にはある。これは召喚される前の記憶かもしれんが、百年以上前の話だからな。自信を持って言える話では無いな。


「門には行列ができてるようだが、あそこでは売れんのか?」

 ここからだと、【周辺探索サーチ】と【地図マップ】を併用すると町までは十分に確認できる。

 王都なのだろうが、門と思われる所から行列が出来ているので聞いてみた。


「あっ! それだ! 売れると思う! 商人がいれば買い取ってくれる人もいると思う。商人じゃなくてもオークの皮ぐらいなら買い取ってくれる人がいるかも」

「それならリーダーの出番ね。交渉は私に任せなさい!」

「大丈夫? 姉ちゃんって算術できないだろ?」

「バ、バカな事言わないでよ! 算術ぐらい私にもできるわよ!」

「じゃあさ、オークの皮をいくらで売ろうと思ってるのさ」

「そ、そうね。オーク肉が銀貨一枚だから、皮も銀貨一枚でいいんじゃないかしら」

「何言ってんの! オーク肉一枚が銀貨一枚なんだよ? 皮は全身分あるんだからもっと高いって。それに肉と皮で比較になるわけないじゃん!」


 一々残念な姉だな。算術も苦手なんだな。文字は読み書きできるのだろうか。


「だったらタックはオークの皮の値段を知ってるのね?」

「い、いや…僕も知らないけど……」

 別にいくらでもいいと思うんだが。目的は俺の入門料の銀貨五枚が確保できればいいのだろ? だったら銀貨一枚でも五枚売ればいいじゃないか。

 安く買い叩かれようと、森で取れたものだ。元はタダなのだし損は無いだろう。


「あっ! こういうのはどう? オーク肉一枚が銀貨一枚なのは知ってるんだし、タックが行列で焼いて売ればいいのよ」

「あ、それいいかも。アスラム、調理器具は貸してもらえる?」

「ああ、構わない」


 まだいくらでも収納に入ってるからな。魔石を利用したコンロ、『魔道コンロ』でいいか。

大きさも大中小あるし、それぞれ百では効かんほどの数は持ってる。

 落ち込んだ時や集中したい時に物造りにをすると落ち着くのだ。だからいらない物でも沢山作ってる物がある。これはその一つだな。時間はいっぱいあったからな。


 どうやらオークステーキ販売と決めたようなので、調理器具や食器を持たせ、タックはそれを収納バッグに入れ準備を整えた。

 食器はアスラムの家から持ってきたものではなく、前の世界で俺が土魔法で精製・作成・練成したものだ。今のアスラムのパンチでも割れないだろう。

 百枚ほど渡しておけば足らなくなる事も無いだろう。今後も必要なものだしな。


 今回タックに渡した分は、料理アーツがMaxになった祝いとして進呈してやった。

 タック自身、今の俺の言葉で料理アーツがMaxになった事を知ったようで、いつものタックなら遠慮して断っただろうが、喜んで受け取ってくれた。


「よし、じゃあタックはバンバン焼くのよ! 私がジャンジャン売ってあげるからね」

「わかったよ、任しといて! でも、姉ちゃん、計算を間違えるなよー」

「だ、大丈夫よ。十までは自信があるから」

 指は十本だからな。

何枚売る気か知らないが、オークステーキ一枚を銀貨一枚に設定すれば計算するほどの事でも無いだろ。十まで数えれば大丈夫だな。



「じゃあ、行って来るからアスラムはここで待っててよ。どこにも行っちゃ嫌だからね」

「いっぱい稼いで来るからね。どこにも行かないでよ」

「ああ、少し散歩はするが、夜にはここにいるから心配しなくていい」

 王都に行くと約束したからな。約束は守ってやるよ。


 姉弟は王都の入門待ちの行列に向かって走って行った。今の二人なら、全力で駆ければ十分も掛からないだろうな。

 しかし、お金か……。どんなものか分かれば俺が作ってやるんだがな。見本も無いのだし、姉弟に任せるか。金も銀も大量に死蔵してるんだがな。


 後で知ったのだが、入門料は金や銀の塊でも良かったようだ。

 それでも、姉弟は思いのほか稼げたようなので、生活に困った時の副業が見つかって良かったのではないだろうか。今後、食堂を開いてもやって行けそうだ。


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