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32 第30話 頼み事


「アースーラームー!」

 シラアイカを見送り王都に戻る途中で、レオフラフィに跨り駆け寄るミャールの姿があった。


「よかったー! 無事だったのね。流石にあれだけの龍群にはアスラムでも敵わないと思ったもの」

「よく俺がいると分かったな」

「アンリエット様に聞いたの。北門に行くって聞いて来てみたら酷い惨状になってるし、門で聞いても分からなかったけど、龍が見えたからアスラムは絶対いると思ったの。だって美味いって言ってたでしょ」


 敵わないと言ったり、美味いと言ったり、どっちを希望していたのだ。

 だが、ちょうどいい、歩いて二時間は遠いからな。俺も乗せてもらおう。


「出迎えご苦労」

 そう言って、ミャールの後ろにヒラリと飛び乗った。


「ご苦労じゃないわよ! そんなに軽く言われる苦労じゃなかったんだからね。レオを連れて行くのって大変だったのよ」

「見慣れぬ腕輪だな。その腕輪のお陰か」

 レオフラフィの右前足には金属製のプレートをあしらった革製の腕輪が填めてあった。


「そう、冒険者ギルドの受付で貰ったの。金貨五枚もしたんだよ、後で払ってよね」

 俺が払うのか? 別に構わないが、誰の獣魔で登録したのだ。登録した者が払うのでは無いのか。


「別に構わないが、どういう登録をしたのだ」

「それは『惰眠を貪るスリーピングキャット』の獣魔登録って全員に付いてるわよ」

「それならリーダーが払うべき……いや、俺が払おう。今回は何もやってないからな」

 今回、俺は何もやってないからな。やった事と言えばシラアイカと話したぐらいだ。


「それで、龍は倒したの?」

「いや」

「なんで!? 美味しいんでしょ? アスラムなら絶対倒してると思ってたけど」

「ふむ、あの龍の群れのリーダーはちょっと顔見知りでな。話をして帰らせた」

「ええ!? 顔見知り? 龍のリーダーが?」

「そうだ、シラアイカと名付けた」

「名付け……それって……従魔じゃ……龍を?」

「本人は下僕しもべと言い張っているがな」

「じゃ、じゃあ、この騒動はアスラムの指示?」

「違う。どうやら俺を探しに来ただけのようだ。なぜか群れで来て、攻撃をしてたがな。龍の考えなど俺には分からん」

「探しにって……」


 どうやらミャールには付いて来れない内容だったようだ。「何か分かんないけどシラアイカって従魔が増えたのね!」と、投げ槍に完結していた。

 それから二人を乗せたレオフラフィは、注目を集めるもすんなりと王都に入り、道中も注目を集めるというか逃げ惑う人々を尻目に子爵邸に辿り着いた。

 子爵邸では許可を貰ったタックが、何人かの兵士とレオフラフィの寝床を完成させたところだった。


「おかえりー、ちょうど今完成したんだよ。どう? 中々いけてるでしょ」

 自慢気に披露するレオフラフィの寝床は、厩のような感じだったが、床全面に藁を敷き詰めていて、三方を木の壁で覆った屋根付きの寝床だった。

 広さも高さも十分余裕があり、レオフラフィもゆったりと寛げそうな空間となっていた。

 急拵えとは思えないほどの完成度だ。タックは大工でも生きて行けるかもしれないな。


「ただいまー、なんか疲れた。タック~、ご飯にしようよ」

「そうだね、レオの寝床もできたし、ご飯にしよう……あれ? みんなどうしたの?」

 普通に会話する姉弟の横では、腰を抜かした兵士達が這いずり回っている。皆、腰が抜けて立てないようだ。

 レオフラフィの大きさ、凶暴さに腰を抜かしたようだ。

 体高三メートル、体長五~六メートルはあるのだ。尻尾を一振りするだけでも、何人かの兵士を吹き飛ばしてしまうだろうからビビるのも分からなくもない。タックならばレオフラフィの事も伝えてあっただろう。その上でこの状態ならば、侵入者に対しても十分効果があるだろう。


「アスラム様、ミャール様、ご無事でしたか」

 レオフラフィから降りて、寝床の確認をさせてると執事がやって来た。安否を確認した所を見ると、龍騒動は早くも伝わってるようだ。それにしては、ここの兵士が減ってないように思えるが。


「情報が早いな」

「はい、王都内の情報はいち早く入るように心掛けておりますから」

「そうか。だが、意外と落ち着いたもんだな」

「はい、王都は龍の山に近い場所にありますから、普段から警戒はしているのです。今回もいきなりの大群による襲撃に突然の撤退という情報までは入っています」

「そ、そうか…何が原因だったか分かってるのか」

「いえ、まだそこまでの情報は入っていません。被害状況もまだですし、襲ってきた原因も、帰っていった理由も分かっていません。ただ、襲撃のあった場所に……」


 なんだ。俺がいた事はバレてるかもしれんが、俺が原因だとは思われてないはずだ。


「奥様の弟君がいらっしゃったかもしれないのです」

「ほぉ? もしかしたら被害を受けてるかもしれんと」

「はい、王都の塀には厚みをもたせて中を詰所にしている場所が多々あります。その内の一つに出向いていたという情報が入っています」


 ふむ、もし巻き込まれて義弟が死んでたらシラアイカを褒めてやらないとな。


「今はどこも大変な状況です。本日のところはお泊りになりませんか」

「えっ、貴族様のお屋敷に泊まれるの!?」

「きゃー! このお屋敷に泊まっていいの!」

「はい、この従魔を置いて頂くにも私どもだけでは手に余ります。是非ともお泊まりください」

「「やったー!」」


 貴族の屋敷に泊まれると決まり、大はしゃぎする姉弟。


「アスラム! 貴族様のお屋敷に泊まれるんだって!」

「ホント、夢みたい! 最高~!」

「では、お部屋も用意させておきます。別々のお部屋でよろしいですか?」

「うん! せっかくだから私は一人で泊まりたい!」

「僕は一人じゃ落ち着かないかも」

「アスラム様は如何致しますか?」

「俺はいい。今晩は寄る所があるんでな」


 さっきシラアイカと約束してしまったからな。それ以外でもレディに頼みたい事もあったから、今夜は帰って来れないだろう。


「えー、アスラムは泊まらないんだ。だったら僕も…」

「私は泊まるわよ! ぜーったい泊まるんだから!」

「はい、従魔がいらっしゃいますので、タック様も是非ともお泊まりください」

「そうだね、レオがいるもんね」

「そうよ。シャークダラーも食べ損なってるのよ。フカフカのベッドにお風呂。そう、貴族様のお風呂にも入ってみたいもの!」

「じゃあ、僕は本が読みたいな」


 自由な奴らだ。貴族相手に緊張してたはずなんだが、今はまったく遠慮というものが無くなっている。普通なら無礼討ちで捕らえられるか斬り捨てられるか…だな。

 貴族の常識には詳しいからな。



 ミャールとタックの姉弟を子爵邸に置いて、森へとやって来た。レオフラフィも子爵邸だ。

「ご主人様!?」

「レディか」

 レディはすぐに現れた。


「は、はい。一体どこから……」

 それはこっちのセリフなのだが。


「転移して来ただけだ。どこに行けば会えるかと思っていたが、森の中なら何処でもいいんだな」

「はい、ご主人様に頂いた力で、森全域を管理していますから。それより、態々来て頂いたという事は、重大な任務でございますね」

「重大というほどではないが頼みたい事がある」

「はっ! 誰を殺しますか!」

「……いや、誰も殺さない」

「では、どの種族を殲滅しますか」

「……殲滅もしない」

「わかりました、人間の国を滅亡させるのですね」

「……滅亡もしない」


 こいつの中での俺はどんな奴なんだ……


「見張りだ」

「見張り? ですか? ということは…決行前の下調べですね」

「……いや、ただの見張りだ」

「ただの見張り…ですか? ご主人様からのご命令ですよね?」

「そうだ……」


 こいつが俺にどんな印象を持ってるのか問い質してやりたい……


「本当に?」

「ああ、本当だ」

「マジで?」

「マジだ」

「……」

「……」

「はっ! ニセ……私の真なる名を申してみよ!」

「むむ……レディ…だ」

「本物のようですね」


 …………つい答えてしまったが、なんだ…この敗北感は……


「……それで頼めるのか」

「はっ、見張りはいつもやっておりますから得意でございます。それで何を見張ればいいのでしょうか」

「この紋章の付いた馬車か鎧を着た騎馬を見つけたら知らせてくれ」


 そう言って、家を逃げ出す時に持ち出した家紋入りのティーカップを見せた。

 そろそろやって来るだろうから、追い付かれる前には王都から出たいからな。

 来るとしたら森の外縁を回って来るはずだ。それならレディに見張らせておけばいいだろう。

 外縁といっても多少は魔物も出るはずだ。護衛つきで来るか、護衛もいらないほどの腕の立つ奴が来ると思うから馬車か騎馬だと予想した。それ以外なら、もっと時間も掛かるから見張る必要も無いしな。


「このティーカップは預けておくから間違えるなよ」

「畏まりました」

 これで、タイムリミットは分かるとして、あとはあのバカ龍だな。


 森での目的を終えると、山へと転移した。

 シラアイカの棲家では、仰向けになって大の字で寝ている聖龍の姿があった。


「……おい」

「なんじゃ? おぉ! 我が主なのじゃ! 約束通り来てくれたのじゃ!」

「なぜ王都を襲った」

 まずは、そこをハッキリさせておきたい。なぜ、龍群を引き連れて王都を襲ったのかだ。


「我が主を探しに行っただけなのじゃ」

「探すだけで、なぜ襲撃する必要がある」

「なぜかじゃと? 我が主がわらわを置いて行くのが悪いのじゃー!」


 王都の防御塀だから防御面でも優れている。だが、こいつならブレスで一撃だろう。龍群を連れて来る必要も無いはずだ。

 こいつ、他に何か隠してるな。


「そんな弱い下僕しもべなどいらん」

「ちょっ、待つのじゃ! わらわは弱くはないのじゃ!」

「では何故、龍どもを連れて来た。なぜ襲撃した」

「それは……それは我が主が悪いのじゃー! わらわを置いてけぼりにしたのが悪いのじゃー!」


 おい、この山の龍のトップだろ、これぐらいで泣くなよ。


「……何をしてるのじゃ」

「ん? せっかくの龍の涙だからな、収集してるだけだ」

「そこは慰めるところであろう! 我が主は鬼畜なのじゃー!」

「お前が正直に話さないからだろ。何を隠してる」

「ななななな何もかかか隠してなな無いのじゃ」

「……」

「じゃから涙の収集をやめいと言うに! 鱗も剥がすでなーい!」

「……」

「わかったのじゃ! 言うから辞めるのじゃー!」


 シラアイカは観念して白状した。


「我が主は知らんようじゃが、あの人間共の壁には結界が張ってあったのじゃ。我が主の結界ほどの強度は無いのじゃが、わらわでも通り抜けるのは痛いのじゃ。わらわは痛いのは嫌いなのじゃ。じゃから、子分どもを使っただけなのじゃ。一人で行くのが怖かったわけでは無いのじゃ。子分どもが言う事を聞かずに暴走したわけでは無いのじゃー」


 相変わらず『のじゃのじゃ』鬱陶しいが、痛いのが嫌で、一人だと怖かったから子分どもを連れて来て、その子分どもが暴走したという事でいいか。

 ……こいつを殺さずにいたのは失敗だったか、この駄龍め。


 俺を探しに来て、龍の暴走で王都が壊滅しそうになったなど、冗談にもならんな。

 あれだけ派手に北門をぶち壊しても龍の被害はゼロだったのだから、放っておいたら相当な被害が出ていただろうな。

 この世界の人間は弱いのか? 森の魔物にしてもそうだ、森の奥深くに入っている者もいないようだし、レディ程度の『森の主』も放置のままだった。SSSランクの冒険者もいると聞くが、大した事は無さそうだな。

 ならば、もう少し強気で行ってもいいかもしれん。


 シラアイカと行動するのは論外として、これ以上は実力は出さない方がいいのかもしれん。アスラムが目覚めた時に平和に暮らせる環境にしておきたいからな。


「お前が弱いのは分かった。だが、今後も俺の足として使ってやらん事もない」

「むほー! それは有り難いのじゃ。しからば、今日から共に寝るのじゃ」

「だが、それは隣の国へ行ってからだ。だからお前に命じる。隣国で住みやすい土地を見つけておけ」

「むぅ…それは、いつぐらいの話なのじゃ」


 俺の一言一言に、浮き沈みの激しい奴だな。


「そうだな、一週間は掛からんだろう。それまでに見つけられるか」

「愚問じゃ! わらわに任せておけば、すぐにでも見つけてみせるのじゃ!」


 ……心配ではあるが、こいつのいい所はフットワークの軽い所だ。とても惰眠を貪っていたとは思えないほどの行動力だな。


「して、隣国とは何処いずこにあるのじゃ?」

「……」


 やはり心配だ……



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