30 第28話 令嬢からの依頼
「申し訳ございません。恐らく、この者達は私を狙って来たのでしょう。こんな昼間から堂々と襲って来るぐらいですから、腕には相当自信があったのかもしれません。本当に助かりました、ありがとうございます」
深々と頭を下げ、お礼を述べる令嬢。
「礼を言われる意味が分からん。こいつらが向かって来たから倒したまでだ。本来なら問答無用で殺してやるのだが、お前達の知り合いかもしれんと思ったので気絶に留めただけだ。知り合いでないと言うなら殺してもいいだろう」
「はい、もちろんそうなのですが、誰の手先か白状させなければなりません。その後は、こちらで責任を持って処分いたします」
「ほぉ、そっちで処理してくれるのか。ならば俺の手間が省けるな」
「ええ、黒幕の見当は付いているのですが、この賊から直接聞き出せれば、向こうがシラを切っても公の場での参考人にはできますから」
どうやって情報を吐かすのかは知らないが、屋敷の中に襲撃に来ているのだ。この賊たちは正直に吐いても処刑は確実だろう。
情報を吐かせて、参考人として証拠提出した後に処刑か。小娘の癖に、中々やるではないか。
「それにこの賊達は相当の手練れのようですし、こちらで捕らえられる程の戦力があると思わせるだけで、いい牽制にもなるでしょう」
「ならば俺は、お前にとって良い手札を捕らえた事になるな」
「ええ、とっても」
「ふふふふふふふふふふふ」
「ほほほほほほほほほほほ」
見つめあいながら笑い合う令嬢と俺。
「アスラム、ちょっと怖いから」
「貴族って、アスラム級に黒かったんだね」
「お嬢様…もう少しお控えください」
姉弟と執事がそれぞれの感想を述べるが、俺と令嬢の関係は少し深まった気がした。
「ふむ、これが出会いというやつか」
「全然違うから!」
「僕も間違ってると思うよ」
「左様ですな、私も同意できませんな」
「出会い……」
ポッ!
「「えっ!?」」
「お嬢様?」
頬を赤らめる令嬢に、慄く三人。
令嬢は慄く三人を気にも止めず話を続けた。
「では、この賊二人はこちらで頂くとして、アスラムには報酬を差し上げねばなりませんね。我が屋敷の料理長として迎えましょう」
「無理だ」
ガ――――――ン!!
俺が即拒否すると、ショックで床に突っ伏す令嬢。「今、出会いと……」と呟いている。
「で、では、我がレイラルダーズ家の騎士団長では」
「嫌だ」
めげずに四つん這いのまま令嬢が提案した騎士団長も即却下した。
「では、わ、私のここここ婚約者ではどうでしょう」
「拒否する」
顔を真っ赤にしながらの令嬢の提案も即断した。
見上げながら顔を真っ赤にして話して来る様は……
「これが女豹か……」
「違うから!」
「思ってても言っちゃダメー!」
「お労しや……」
アスラムにツッコむ姉弟と、更に落ち込む令嬢を気遣う執事。
そんな三人を無視して交渉を始めるアスラム。アスラムと令嬢はマイペースなところがどことなく似ているようだ。
「報酬はすでに貰っているのだが、まだくれるというのなら、国境を無条件で越えられる権利をくれ」
既に商業ギルドのプラチナカードに、冒険者ギルドのAAランクカードを持っているが、手札は多い方がいい。何せ俺には運が無いのだから。
それに時間にもそう余裕は無い。
屋敷から脱走してから俺達は森を突き抜けてきた。迂回ルートだと三~四倍掛かるというが、早ければあと一週間ほどで追っ手が来るだろう。それまでには国境を抜けていたい。
遅くとも四日後には出発したいものだ。姉弟も今回の護衛依頼でAランクになったはずだ。今日か明日にでも出発するか。
「国境越えですか。それならば一ヶ月頂ければ、ご用意致しましょう」
「遅すぎだ。俺は明日にでもここを立ちたいのだ」
「明日!? それはいくらなんでもご用意できません。それに…」
「明日! もう出発するの!?」
「僕達まだBランクだよ? Aランクになるまで待ってくれるって言ってくれたよね? 一緒に連れて行ってくれるって言ったよね?」
明日出発だと言っただけなのに、全員が大袈裟な反応をする。俺がいつどこに行こうが関係ないと思うのだが。
「ならば、四日待とう。それ以上は待てん」
「四日でも無理です。では、別のものでお礼に代えさせて頂きます。じい」
「はい、アレでございますね。しばしお待ちを」
ツーカーなのか、以心伝心と言うべきか、令嬢の言葉で部屋から出て行った執事。すぐに執事と入れ替わりで軽鎧姿の騎士が入ってきて、賊を連れ出していた。執事から連絡を受けたのだろう、令嬢の様子も確認していた。
令嬢から後で詳細を話すから、今は死なないように監禁しておけと命令を受けて出て行った。
「ねぇねぇアスラム。本当はいつ出発するの?」
「そうよ、ハッキリしなさいよ。でも、明日はダメよ。レオにもお別れを言わなきゃならないし、服だって全然買ってないんだから」
「そうだね、色々買いたいもんね。魔法書なんかあれば見てみたいよね」
「魔法書は…別にいいけど、武器や防具やアクセサリーも見たいじゃない。せっかく王都に来たのに、まだ何も見てないのよ」
「あは、姉ちゃんは字が読めないからね。早く読めるようになろうね。でもお店巡りは賛成かな、お金にも余裕ができたしね」
「読めなくてもいいの! タックが覚えて私に教えてくれればいいんだから。そのためには杖は必須よね! 明日は色々見て回るわよ!」
「なにそれ。ちゃんと自分で読めるようになろうよ。リーダーなんだろ?」
「いいの! 自分の名前は書けるんだから。計算だって……できるし」
「最後のところは声が小さくて聞こえないよ。自信が無いんなら言わなきゃいいんだよ。計算だって十までだろ」
「十までできればいいのよ! 銅貨だって百枚までは数えられるし、銀貨なんて十枚以上まとめて使った事ないんだから」
「姉ちゃん…自慢になってないから」
姉弟のせいで話は逸れたが、時間を潰してくれたおかげで執事が戻って来た。
執事が令嬢に何やら渡すと、令嬢に耳打ちされた執事がまた部屋から出て行った。
手に執事から手渡されたと思われる短剣を持って俺に話し掛けてきた。
「アスラム、国境越えの通行章は用意できませんが、この短剣には我がレイラルダーズ家の紋章が刻まれています。国境越え以外でも役立つはずです。これを差し上げますので、お役立てください」
そう言って短剣を差し出す令嬢。
呼び捨てなのは当たり前か、相手は貴族様だからな。
アスラムも本当は貴族なのだ。領主の息子だし、領主と言えば伯爵以上だ。令嬢は子爵の娘だから地位ではアスラムの方が上だと思うが、今はバレない方がいいから黙っておくことにしよう。
「貰えるものは貰う主義だが、これは過分に過ぎるな。何を企んでいる」
「……わかりますか」
「当然だ、メイドを助けただけで貴族がそこまでするはずがない。裏があると思うのが当たり前だ」
「では、私からの依頼として受けて頂けませんか。そうすれば、この短剣は差し上げますし、あと当家に代々伝わる魔道書も差し上げます。如何でしょうか」
ふむ、レアな魔道書か。この世界の魔法にも興味はあるから見てみたいとは思っていた。
だが、面倒な依頼だと、割りに合わないのではないか? 紋章入りの短剣に魔道書、冒険者ギルドなら結構なランクの依頼になりそうだが。
「はいはいはいはいー! 受けまーす!」
「僕もー! 貴族様の魔道書が貰えるんなら絶対やります!」
こいつら……
「なによ! 私がリーダーなんだから、決定権も私にあるのよ! だから今度はアスラムも一緒に受けるのよ!」
「うん、難易度が高そうな依頼だからアスラムも参加してね」
俺の視線に気付き逆切れ気味のミャール。それをすかさずフォローするタック。こいつらは、いつでも平常運転だな。
面倒な依頼だとは分かっているのか。それでいて、餌に食いつくとは……
この姉弟は勘がいいのか悪いのか分からんな。
「短剣に魔法書か……内容ぐらいは聞いてやるか」
「はい、ありがとうございます。では、早速……」
そう言って令嬢が話してくれた内容は、現在対立している貴族がいて、その対立している貴族から妨害工作にあっていると言う。
しかも、なんとその貴族は令嬢の母親の弟で、このレイラルダーズ子爵家を乗っ取ろうとしているのだそうだ。
狙われてるのは父親である当主はもちろん、娘であるアンリエットも狙われていた。
成人しているアンリエットは、当主の父亡き後、後継者として引き継げる立場にある。
結婚後は、夫となるものが子爵位を継ぐ事になるが、それまでの間はアンリエットが子爵代理となってレイラルダーズ家の当主となる。それがアンリエットまで狙われている理由だった。
未だ尻尾は見せていないが、義弟の仕業であると思われる事件が何度かあった。しかし証拠は一切見つからない。証拠が挙がらない以上、何も手出しできずに護衛だけを強化している現状だ。今回の『惰眠を貪る猫』への護衛依頼も、現在王都で一番の話題になっている『森の主』を討伐した冒険者だからだったのだ。
よくあるベタな貴族の跡目争いなのだが、やられる方はたまったものではない。やられる謂れがないのだから。
義弟の欲望のために命を危険に晒され続けているのに打開策が無い子爵家は防戦一方で、このままでは義弟の野望に打ち負けるのも遠くない状態だという。
ならば、当主権限で遠くに左遷させるとか、降格させるなどすればいいのだが、当主の子爵様は気弱で争いごとには向かない性格だった。
そこを義弟に突かれてのこの度の騒動なのだが、このままでは子爵様も令嬢も風前の灯だ。そこで、『惰眠を貪る猫』へ護衛依頼を出し、様子を探った結果、思わぬ賊の襲撃でアスラムの実力が知れた。
そうして、現在の依頼に至るのだった。
「これだけザルな護衛体制で、よく今まで凌げたものだな」
「いえ、これまでは、ここまで攻撃的なものはありませんでした。ですので、王都内なら比較的安全でしたので、テストの意味も込めての今回の護衛依頼でした。ですが、ここまで凶悪な襲撃を受けたとなると、今後は更に過激になる恐れがあります」
攻撃的ではなかったとすると、毒や事故を装うものか。だが、何故急に攻撃的になったのだ。
「なぜ急に攻撃的になったのか分かるのか」
「それは、恐らく先日私に弟ができたからでしょう」
「弟?」
令嬢は成人していると言ってたから十五歳以上なのだろう。その弟? 当主がいくつか知らんが、頑張ったのだな。
ならば、当主を殺してもその弟が当主に……いや、成人してなければ当主にはなれない。だからこそ今のうちにという事か。
そこまでして当主になりたいとは……恐らく、その義弟は爵位を持ってないのだろう。貴族の跡継ぎになれなかった者は、大抵は爵位を持ってないのだからな。
「これは絶対に受けるべきよ! っていうか、もう受けたわよ!」
「うん、僕も守ってあげたいと思う。それに魔道書もほしいし」
こいつらは……ほぼノリだろうな。こういうのは片方だけの意見を聞いて決めるものでは無いのだが。
タックなど魔道書に釣られてしまったのが丸分かりだな。
「ダメだ、俺は降りる。他を当たってくれ」
「なっ、なんでよー! こんなに困ってる人を見捨てるわけー!?」
「そうだよ、守ってあげようよ」
「ならば、お前達だけで受ければいい。俺は受けん」
「私達だけで!?」
「姉ちゃんと!?」
姉弟はお互いの顔を見合わせる。
「「無理無理ー!」」
姉弟は大袈裟に手を振りながら無理だと答えた。
やはり同じ動作をするのだな。姉弟とはこういうものなのか。
しかし、姉弟の実力は伸びてきている。さっきの賊でも油断をしていなければ、一人でも余裕で倒せただろう。
その油断をしないというのと、守りながらというのを合わせると厳しいかもしれんがな。
だが、油断さえなければ、タックが守りながらミャールが攻める手段を取れば、令嬢の一人ぐらいは守り抜けるだろう。
「そんな事はないぞ、お前達ならやれる。令嬢と共にいる限り、森の中だと思って行動すればいいのだ」
そうすれば油断もしなくなるだろう。
「そうかな~」と言って照れる姉弟は放っておいて話を続ける。
「それでも不安ならレオフラフィを呼び寄せてもいい。俺は他に用ができた」
「レオを!?」
「他に用って、アスラムは何するの?」
レオフラフィがいれば、襲って来るバカな輩はいないだろう。
「レオを呼ぶって、どうやって王都に入れるのよ」
「知らん、自分で考えろ」
「自分でって……」
「姉ちゃん、リーダーなんだろ。だったらレオの件は任すね」
「タックまで……わかったわよ! 私がなんとかするわよ! 絶対にレオを連れて来てやるんだから。タックはレオの寝る場所を確保しておくのよ!」
「えっ!? レオの寝床? この王都で?」
思わぬ姉の反撃に言葉を失うタック。命令したミャールもレオフラフィを王都に入れると言ってしまったが、その難解な問題に頭を抱えている。
姉弟が静かになったところで、俺は情報収集に取り掛かるか。




