28 第26話 晩餐の食材
迎えに来てくれたのは、俺を知ってるというメイドだった。
会うなり礼を言われたが、顔を見てもやはり思い出せなかった。
四人乗りの馬車に乗り込み送迎された俺達。
馬車に乗ってからもメイドの事を思い出そうとしたが、やはり思い出せなかったので屋敷に到着する頃には諦めていた。
あの時は十人以上いたからな、一人一人覚えてるはずがない。魔物の味やステータスや弱点ならいくらでも覚えられるんだがな。
移動中の話でようやく内容を把握できた。
先日、俺が盗賊と魔物から助けた女性達は、王都の町に入るなり、全員バラバラに別れたそうだ。その後、他の女性達がどうなったかは知らないという。町の中だから無事に家に戻れたと思うと言うが、彼女達は町の中で攫われたのではないのだろうか。
その件は、彼女に聞いても分からないので、ここでは別にいいだろう。礼はもう貰っている。姉弟に「常識人」だと証明してもらったからな。
そしてこのメイドについてだが、子爵の令嬢付きのメイドをしているそうだ。
子爵邸に戻ると、いなくなっていた二日間の事を聞かれ、攫われてた事を説明すると令嬢に大そう心配され、助かった事を喜んでくれたそうだ。
俺にも礼をしたいと言ったそうだが、その時点で俺の正体が分からない。別れた場所にも様子を見に行かせたそうだが、俺達を発見できなかった。
そして、先日の『森の主』騒ぎで俺達の事を知ったそうだ。俺達が冒険者だと知り、護衛依頼を出したのだが、肝心の俺がいないのでお礼として晩餐のご招待となったと説明してくれた。
姉弟の説明では分かりにくかったが、そういう事だったのだな。
もう礼はもらったのだがな。
屋敷に着くと、今度は執事が出迎えてくれて、そのまま応接室へと招かれた。ただ、予想をしていたより、兵士の数が多い。見廻りの兵以外にも、周辺探索には沢山の兵が映し出されている。
一応、中立の緑で示されているので自分達の敵では無いだろうと、アスラムは屋敷に視線を移した。
屋敷に通されると、姉弟が言ってた通り、大きな屋敷で一部屋一部屋も広かった。天井も高く、調度品や絨毯も最高級のもので統一されていた。
これを見て姉弟が羨ましがったのだな……むぅ、勇者時代の貴族の屋敷もこんな感じだったが、俺には何がいいのか分からん。
これだけ天井が高いと外と変わらんじゃないか。個室というものは、狭い方が自分の空間という気がして落ち着くものだ。武具やアクセサリーの開発や魔法の研究にも集中できるよいうもの。作業や実験は外の方がいいし、フカフカ度もレオフラフィの方が上だ。姉弟は何を羨ましがってるのだろうか。
応接室も広く豪華だった。
姉弟は二度目でも緊張していたが、俺は罠が仕掛けられていないか周辺探索で怠り無く確認している。
どうにも胡散臭かったのだ。
メイドを助けただけで貴族が屋敷に招待するなど有り得ないからな。実際、罠は仕掛けられてないが、四人が隠れている。周辺探索と地図を同時発動で確認は続けている。
さっきも感じた兵士の多さだが、兵士は全て屋敷の外で警戒に当たっている、だが、敵を示す赤の点は通された部屋に近接して潜んでいた。
周辺探索範囲は現在二部屋分程度に留めている。町中では人が多すぎて範囲を広げてもいらぬ情報が多くて面倒なのだ。今も屋敷内だが、周辺探索範囲は変更していない。範囲が二部屋分もあれば、外にいる兵士が全部的に回ったとしても迎撃をするにも十分すぎる範囲だからだ。
俺達が入った後に現れた、この屋敷の令嬢という女は周辺探索では中立を示す緑だった。
この緑というのも変だ。味方なら青、敵なら赤となるが、緑なら中立で敵でも味方では無いとなる。屋敷に招待するぐらいなのだから、味方の青で示されてもおかしくない。それが緑とは……特に俺達には興味が無いという意味か。
ただ、人間は攻撃力が無く、作戦指示を出すだけの者だと緑で示される場合もある。魔物と違って物理的被害を齎さないからだ。
そういう見方で行くと、この令嬢は攻撃ができないだけで、味方になる気も無いどころか敵認定で構わないかもしれないな。
隠れてる四人と、令嬢に付き従ってるいは俺達を攻撃する気満々の赤で示されてるのだがな。これは令嬢の指示と見ていいかもしれんな。
「ようこそ、我がレイラルダーズ家へ。態々お越し頂いて感謝致します。私はこのレイラルダース家の娘でアンリエットと申します。この度は、うちのファニーを助けて頂きありがとうございました」
丁寧なお礼を述べた後、優雅に一礼するアンリエット。
その華麗な立ち居振る舞いに見惚れてボーっとしてる姉弟。
「アンリエットか、俺はギメイだ。さっきの女はファニーというのだな」
!!!!!!!!
「ギ、ギメイ……ですか?」
「何言ってんのよ! みんなあなたの名前がアスラムなのは知ってるのよ! 今更ギメイって何よ!」
「アスラム! “様”を付けて、“様”を付けて! いつもの話し方じゃなく、もっと丁寧に話して!」
緊張で固まっていた姉弟だが、俺がギメイと言ったとたん、いつもの調子で文句を言って来た。
「ホントにもう!」と、怒り心頭のミャールに、「相手は貴族様なんだよ!」と恐々と小声で諌めてくるタック。
「むむ…」
これは、あれだな。対人スキルが低いせいか、上手く伝わってないな。警戒をしながらなのも影響があるのかもしれん。いや、この程度の警戒で集中を乱す俺ではないな。
しかし、こういう騒がしい姉弟のお陰か、勇者召喚される前の日本時代の記憶が少し呼び起こされる。勇者時代には無かった事だからな。
そういう意味では姉弟には感謝してるのだが、どうも意思疎通が未だに上手く行かないようだ。
「むむっ、じゃないわよ! ちゃんと自己紹介しなさい!」
「そうだよ、アスラム。『僕はアスラムです』って言うんだよ」
「まぁまぁ、お二人とも。挨拶はもう……」
「ジョークだ」
「「「へっ?」」」
……シ―――――――ン
「まぁ…ま、まぁお上手ですわねぇ……」
「アスラム……かなり無理があるよ……」
「なぜドヤ顔なのか知らないけど、帰ったら覚えてなさいね」
どうやら不評だったようだ。
ミャールごときに俺をどうにかできるとは思えないがな。
その後、執事に促され応接セットのソファを勧められ、ようやく席に着いた。
三人がなぜかグッタリしてるので、代わって執事が話を進めてくれた。
「改めまして、本日はお忙しい所、お越し頂いてありがとうございます。ささやかですが晩餐も用意しております。寝所もご用意しておりますので、ごゆっくりとお寛ぎください」
「晩餐か……美味いのか?」
「は? あ、いえ、失礼しました。それはもう、あなた様方が食べた事の無いような料理をご用意しております。本日は一生の記念になる事でしょう」
「素材は何だ」
「は? あの、いえ、何度も申し訳ございません。本日は非常に珍しい食材が手に入りました。晩餐のメインはシャークダラーの焼き物とスープでございます」
「いらん、他には無いのか」
「なっ、シャークダラーでございますよ! この王都の貴族でさえ滅多にお目に掛かれない幻の食材の! あー、シャークダラーを知らないのですね。それなら食する価値は十分にあるかと存じます」
「くだらん、帰るぞ」
慌てて説明をする執事を一蹴してやった。
なぜ今更シャークダラーなど……
と思って席を立つとミャールが俺の前に立ちはだかった。
と、同時にタックも立ち上がり、執事に対して必死に説明していた。
「アスラム。気持ちは分かるけど、今日の所は堪えてくれない?」
「なぜだ。なぜ我慢する必要がある。なぜバカにされてまで不味いものを食わされなければならない」
「ゴメン、アスラム。その気持ちはもっともだと思うけど、我慢してもらえないかな」
素材の出処も料理の腕前も知ってるミャールが俺を説得する。
「ふむ、俺を納得させる理由があるんだな」
「うん、納得できるかどうかは分からないけど、今日はお礼として招かれたの。だから招かれた方も、誠意を持って答えないといけないわ」
「相手には誠意があると」
「そうよ、誠意も無いのに招待なんてしないわよ。だからアスラムもそれに答えなくちゃダメなの。それが人間としてのルールよ、そんなの常識でしょ」
「うぐっ……」
なんか増えてるぞ。常識に、ルールか……仕方ない、ここは我慢してやろう。俺は常識もルールも分かる男だからな。
こちらの話が終わると、タックの方も話が終わったようで、執事がこちらに歩み寄ってきた。
タックの説明で、俺がシャークダラーの出所だと知った執事が謝罪してきた。
「アスラム様、先程は大変失礼しました。シャークダラーの提供者だとは知らず、大変失礼な事を申してしまいました。申し訳ございません」
素直に頭を下げてきた執事。貴族に仕える者なのに、一介の冒険者に頭を下げられるあたりは評価に値する奴なのかもしれない。
「わかった。だが、今日はシャークダラー以外は無いのか」
「アスラム!」
ミャールが諌めようと怒鳴るが、そんなのは関係ない。解体は熊のグーマがやってたのだから、下処理といい、俺が作るものより不味いのは分かってるのだ。それならシャークダラー以外がいい。シャークダラーも美味いとは思うが、どちらかというと珍味系だしな。
「大変申し訳ないのですが、本日はシャークダラー尽くしを用意しておりまして、他の食材は用意して無いのです。もし、何か食材を提供くださるのでしたら、こちらで料理させて頂きますが。もちろん、その分の代金はお支払い致します」
「ふむ」
執事は俺がシャークダラーの提供者だと知って、他にも何か持ってるのだと思ったのだろう。ならば、今日獲った魚介類を提供するか。
魚は獲ったが、結局リヴァイアサンしか食ってないから魚を食ってない。リヴァイアサンは明らかに肉だからな。
「わかった。では魚を提供するから料理してくれ」
そう言って、タックに渡した収納バッグと同タイプのものを出し、【亜空間収納】から一匹ずつ魚を手に取り出して収納バッグに収めていく。見た目には収納バッグから収納バッグへと移してると見えるようにしている。
三〇~五〇センチ級の魚を三〇匹と、一〇センチ級の魚を百匹ほど収納バッグに納めると、そのまま執事に手渡した。
一匹出す毎に執事と運び役として呼び出されたメイドが賞賛の声を上げ、姉弟は涎を垂らす。
姉弟は猫系の獣人だからな、やはり魚には目が無いようだな。ん? 肉でも同じだったか。
収納バッグをそのまま執事に渡して、「刺身でも食えるが焼き物にしろ」と頼んだ。
刺身なら醤油が必須だ。俺は持ってるが、この世界にあるかは分からんからな。塩ぐらいはあるだろうから、無難な焼き魚をリクエストした。
「素晴らしい食材をありがとうございます。本来であれば、こちらでご用意しなければならなかったものを、痛み入ります。それで、先程おっしゃいました『サシミ』とは何でございますか? 焼き物と煮物以外の料理方法があるのでしょうか」
「生で食う事だ」
「生! 生で食べるのですか! そんな食べ方があるのですか!」
「美味いぞ」
「さ、左様でございましたか。しかし、生で食べると身体に毒ではございませんか?」
「鮮度が悪ければそうかもな。だが、海の魚で鮮度が良ければ毒にはならん。逆に肉ばかり食うより健康的だ」
「海! これは海の魚でございましたか。しかも、そのような食べ方があったとは」
「だが、醤油が無いと美味さも半減だ。だから焼き魚で構わん。塩ぐらいはあるだろ」
「重ね重ね申し訳ございません。もちろん塩はございますが、その…ショウユとは何でございますか」
「ソースのひとつだな。刺身や魚の煮物には非常に合うソースだ。肉にも合うぞ」
「私もまだまだ勉強不足のようでございました。そのようなソースがあるのですね、ご指導ありがとうございます」
執事から目を離すと、すぐに姉弟が視界に飛び込んできた。
もう、涎がダラダラだ。見るなという方が難しい状況になっている。
涎がポタポタと床を汚しているが、それは常識としてどうなんだ?
そんな涎まみれのミャールが俺に叫んできた。
「アスラム! それ作って!」
「うん! 僕も食べたい!」
涎を撒き散らす二人の叫びに合わせて、執事、メイド、それに令嬢の視線も俺に集中する。
ちょっと待て、俺は招待されたんじゃないのか? それに、未だに隠れてる四人の敵マークもあるのに、こんな所で料理なんてできるか。
「お前達、色々とおかしな事を言ってないか? それが常識なのか?」
「そうよ! だって、今日はご招待を受けたのに、何も手土産を持ってきてないのよ。手土産代わりにちょうどいいじゃない」
「うん! アスラムの無礼な話し方のお詫びにもいいと思う!」
納得は行かないが、なんとなく辻褄が合ってる気もする。ただのこじつけだとも思わなくもないが。
こいつら姉弟は、食う事になると勘が働くからな。
「お詫びは結構ですが、その“サシミ”と“ショウユ”というものは食してみたいですわ」
「左様でございますね。お嬢様もこうおっしゃっておられますし、私も後学の為に是非とも拝見させて頂きたい。アスラム様、如何でございますかな」
これはなんだ。俺が料理を作る流れになってるのか?
俺は招待されてお礼として晩飯をご馳走される立場ではなかったのか。
うーむ…腑に落ちぬ……




