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27 第25話 貴族への憧れを粉砕


 熊? に、先に戻ってろと言われ戻ったが、もちろん買い取り窓口には誰もいない。

 手持ち無沙汰なので受付に戻ったら、また受付姉さんに呼ばれた。


「さっき魔道具のせいで言い忘れてたけど、あの子達が行った依頼って『惰眠を貪るスリーピングキャット』への依頼だったからあなたも含まれてたのよ」

 そんな事を言われても今更だ。今から俺にどうしろと言うのだ。


「タックが面識があったようだから二人でも受けられたんだけど、本当はあなたも一緒に受けてほしかったみたいね」

 今更だが、ここの受付は本当に馴れ馴れしいな。タックもとうとう呼び捨てか。


「どんな依頼だ」

「依頼自体は簡単な護衛依頼なんだけど、依頼主が珍しいのよね。子爵家のご令嬢様からの依頼だったの。依頼も王都の中の移動だし、それぐらいだったら私兵団を持ってるはずなのにね」

「貴族か。俺には知り合いはいないし、タックにもいないと思うがな」

 最近までザッツェランドでFランク冒険者をしてたタックに貴族の知り合いがいるとは思えない。当然、俺に知り合いがいるはずもない。


「ご令嬢様とは面識は無かったみたいよ。一緒にいたお付きの女の子と知り合いだったみたい。なんでも、王都まで送ってもらったとか」

「むぅ、いつの話だろうな。姉弟とは一緒にいる事が多いが、俺は知らんな」

「でも、あなたの事も知ってる口ぶりだったわよ。フードを被った黒目の常識人って言ってたけど、態々常識人って言わないといけないって、逆に常識を疑うわね」


 むっ、フードを被った黒目の常識人。俺の事じゃないか、何を疑う必要がある。


「しかし、俺には覚えが無い」

「まぁいいわ、別にどっちでもいいもの。王都内を往復するだけの護衛だから、何も無ければそろそろ帰って来るでしょうね」

「俺も用は済んだし待つ必要は無いんだが、そろそろ戻るのなら近くで買い物でもして時間を潰そう」


 未だに王都では商業ギルドと冒険者ギルドと一度食堂に行っただけだからな。俺の対人スキルを考えると気は進まないのだが、見て回るぐらいならいいだろう。


「あら? ちょっと待って。あなたグーマに昇級ランクアップって言われた?」

「ん、言われたぞ」

「だったらSSになっちゃうじゃない。あなたがSSねぇ……ま、あなたなら大丈夫そうね。残すは最上級のSSSだけだから、頑張りなさいよ。SSSはこの王都でも一組しかいないんだから」

「いいのか」

「ええ、あなたのレベルは……上がってるわね。それでも40……でも大丈夫、そう私の勘が言ってるもの」


 軽いな……冒険者に登録をして数日で上から二番目のランクか。やった事と言えば『森の主』討伐ぐらいしか思い浮かばないんだが、そんな勘だけでいいのだろうか。

 後は持ってるものを売っただけなんだが。

 話も終わったようなので出かけようとすると、クマが金貨袋を投げてきた。


「小僧! もう内訳は言わねぇ。それが今回の分だ」

 続け様に投げられた三袋の金貨袋を受け取った。中には貨幣が入っているが、いくら入ってるかも内訳も言わずにクマが投げて寄越した。俺も雑だがクマはもっと雑だな。

 投げられた金貨袋だが、俺も別にいくらでもいいので、金貨袋のままプラチナカードに入金した。


 受付姉さんといい、クマといい、大雑把というか、やりたい放題だな。冒険者ギルドとはどこもこういうものなのか。タックの場合はキチンとしてもらってる気がするが。


 冒険者ギルドへの疑問を感じながら町に出た。

それからしばらく町を回ったが、 町では店に入れなかった。どうも尻込みしてしまって店に入る勇気が無かったのだ。

 ただの散歩になってしまったが、町を回ってどんな店があるか見て回るだけでも楽しかったがな。


 道からも店の中は見えるし、どういうものが売っているかも大体わかった。

 価格までは分からなかったが、見える所には俺の琴線に触れるようなものは無かった。

 屋台もいくつかあったが、食べ物を売ってる店が多かった。偶にアクセサリーを売ってる店もあったが、魔法が付与されてるものは無かった。ただの装飾品というやつだな。

 この辺りは人通りも多く、あまり立ち止まって見る事はできなかったが、それでも初めて見るものもあり、俺は楽しめた。こうやって町を散策するなど記憶には残ってないのだから。


冒険者ギルドからはそんなに離れなかったが、結構有意義な散歩ができた。

意外と時間も潰せたので冒険者ギルドに戻って来ると、ギルドの前では既にミャールとタックが待っていた。


「おかえりアスラム」

「どこ行ってたのよ、態々呼びに来てあげたのに!」

 姉弟が冒険者ギルドの前で迎えてくれたのだが、呼びに来たとはどういう意味だ? お前達は依頼を終えて待ってただけではないのか?


「アスラム、今晩は用事は無いよね?」

「あっても諦めなさい。こっちの用の方がよっぽど大事だから」

「用? 用とはなんだ」

「今夜の晩餐会にご招待されたのよ! 凄っごく大きなお屋敷でね、朝から豪華な料理が出てくるし、お昼には行った先で豪華な料理も食べさせてもらったの」

「そうなんだ。今日受けた依頼が護衛依頼でね、その護衛依頼って、大きなお屋敷から大きなお屋敷まで行って帰って来るだけだったんだけど、その依頼主さんから先日のお礼をしたいからって言われて、帰りにも引き止められちゃって」

「そうそう。この前、盗賊から助けてあげた内の一人が、そこのメイドさんだったの。それでそのメイドさんがお世話になったお礼だって言われてね」

「僕なんか、門まで送っただけなのに、何度もお礼を言われちゃって、逆に恐縮しちゃったよ」

「そのメイドのファニーちゃんがね、凄っごく可愛いの。あの時にあんな可愛い子がいたなんて全然気付かなかったわ」


 あの時の女性の内の誰かか。んー、一人も顔を覚えてないな。

 しかし、この姉弟は何が言いたいのだ?


「興奮してるところ悪いが、お前達は何をそんなに興奮してるのだ」

「えー! だって貴族様よ! 子爵様なのよ?」

「そうだよ、僕なんか貴族様と一生話せる機会なんて無いと思ってたのに」

「立派なお屋敷に豪華な料理って素敵だったわぁ」

「うん、着ている服も綺麗だったし、みんな美人だったし。別世界だったなぁ」


 んー、何がいいのか分からんが、本当に気に入ってるのか?

 俺は貴族の実態を知ってるからな。教えてやるか。


「料理は豪華だと言ってるが、美味かったのか」

「うっ、それは……」

「そ、そうね、タックの料理より、ちょっぴり落ちるかな。でも凄っごく豪華だったのよ!」

 不味かったのだな。


「立派なお屋敷に住みたいのか」

「そ、それは、そう言われればそうよねぇ」

「あそこまで立派じゃなくても、家には住みたいかな」

「レディの用意する寝床よりもか」

「ぐっ、そ、それは……」

「確かにレディの用意してくれる寝床は気持ちいいけど……でもダメダメ、だって外だもん!」

 別に野営でも良さそうだな。


「綺麗な服はいつ着るんだ」

「うぐっ、普段着…かな」

「いつだっていいじゃない! 私だって偶には綺麗な服を着てみたいの!」

 ふむ、普段とはいつの事だ。


「お前達は貴族になりたかったのか」

「別に…なりたいと思った事は無いけど、羨ましいとは思うかな」

「私達が貴族になれるなんて思ってないわよ! 別に憧れるぐらいいいでしょ!」

「いや、なれると思うぞ」


「「えっ?」」


「なった後が大変だと思うがな」

 貴族なんてなろうと思えば簡単になれるだろう。手柄を立てればいいのだ。

 戦争で活躍するか、高ランクの龍を討伐すれば勲章の一つでも貰えるだろう。

 そうすれば下位の騎士爵ぐらいにはなれるだろう。


 だが、貴族になった後が大変だ。名誉職で無い限り、国から給料は支給されるが、それ以上に税金は取られるだろうし、貴族同士の交流もあるだろう。それだけでも、この姉弟には出来るとは思えないが、礼儀作法もこの姉弟にはできるとは思えない。

 すぐに爪弾きにされて、落ちぶれるのが目に見えている。


 その辺りを懇々と説明してやった。


「姉ちゃん、アスラムがまともな事を言っているよ」

「そうね……ハッ! まさか偽者?」

 なぜ偽者疑惑になる! 勇者時代の最後に調べた部分だから、まだ記憶に新しい方なのだ。

 あの時は、城内に潜入して召喚の件を捜索したかったから、貴族の色々を調べたのだ。この世界の貴族もそう大差ないだろ。


「でも、確かにアスラムの言う通り、僕らには冒険者が合ってると思うよ」

「それは賛成だけど、私だって偶には綺麗な服を着てみたいわよ。貴族になりたいなんて思わなくなったけど」

「別に着るなとは言ってない。着たければ着ればいい」

「え? いいの?」

「好きにすればいい」


 服ぐらい好きなものを着ればいい。防御力に不安があったから防具を着せてただけだ。

 そもそも俺に女物の服など分からん。


「あっ、迎えの馬車が来たみたいよ」

 姉弟と話込んでると貴族の馬車が迎えに来たようだ。


「ホントだ、僕達が遅いから迎えに来てくれたんじゃないかな」

「アスラム! 早く行くわよ」

「そうだね、貴族様を待たせるわけにはいかないもんね」

「俺も行くのか」

「そうよ、連れて行くって約束してるんだから」

「うん、約束は守らないとね、常識だよ」


 うぐっ、常識か……ならば行くしかないな。


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