25 第23話 美味い食材は俺だけで実食
あ、光った。沖へとシラアイカが向かった方向から光が見えた。あれは雷ブレスだろう、海の魔物には雷が効果的だからな。
ん? もうこっちに戻って来るのか?
行きの時より速くないか?
「我が主ぃぃぃぃぃ!」
到着するなり叫んでくるシラアイカ。
「どうした」
「色々とあるのじゃ! 一緒に逃げるのじゃー!」
「なぜ逃げる必要がある」
「そんな事言ってる暇は無いのじゃー!」
「だから、その理由を聞いている」
「まずい奴を怒らせてしまったのじゃ、さっさと逃げるのじゃー!」
「なぜ俺が逃げなければならない。倒してしまえばいいだろ」
「倒す? あのリヴァイアサンをかえ? あのクラーケンやシーサーペントを何体も引き連れてるリヴァイアサンをかえ? 妾の三倍以上の長さのあるリヴァイアサンをかえ?」
リヴァイアサンか……あいつも美味いんだ。クラーケンやシーサーペントまで連れてるんなら、今日は海の幸三昧だな。
「でかした。リヴァイアサンは美味いのだが、見つけるのが難しいのだ。海は広いからな。ついでにクラーケンも獲って、今日は海の幸三昧だな」
「美味い? なにがじゃ?」
「リヴァイアサンに決まってるだろ。海の幸の中では一二を争う美味さだぞ」
「ジュル……いやいやいやいやいやいやいやいや、それは無いのじゃ! リヴァイアサンじゃぞ? あのリヴァイアサンなのじゃぞ?」
「それがどうした。お前の三倍程度なら、まだ一人前になってない。二〇〇メートル級のリヴァイアサンは美味かったぞ」
「ジュルリ。本当かえ?」
「まぁ、見てろ」
食ってよし、武具素材にしてよし、しかも薬効のある血や涙や内臓も持っている。リヴァイアサンの胃は収納アイテムの素材になるし、目玉は鑑定系アイテムになる。他も余すところが無く使えるが、何と言っても身が美味い。
そんなリヴァイアサンを俺が取り逃がすと思ってるのか。
まずは、先陣切って来る邪魔なシーサーペントをどうにかしないとな。時間を掛けすぎてリヴァイアサンを逃がしてしまっては台無しだ。逃がさないためにも、先に足止めしとくか。
「おい、お前は邪魔だ。逃げてていいぞ」
「おいとはなんじゃ。妾にはアイカという名があるのじゃ。おいでもお前でも無い、ちゃんと名前で呼ぶのじゃ」
……名前ね。さっき俺が付けたばかりだろ。しかもシラアイカが名前じゃないのか?
「別に巻き込まれてもいいのなら、俺は一向に構わんが」
「そ、そういう事なら仕方あるまい。妾……いや、このアイカはしばしこの場を離れるのじゃ」
そんなに名前が気に入ったのだな。って、もういないな。逃げ足の速さだけは一人前だな。
さて、シーサーペントもまぁまぁ美味いから龍どもと同じく素材を傷つけないように一撃で倒さないとな。だが、その前にリヴァイアサンにはこいつをくれてやろう。
【亜空間収納】からアイテムを取り出すと、リヴァイアサンに向かって投げつけた。
前方はシーサーペントとクラーケンが塞いでいるから、ピンポイントでリヴァイアサンの周辺に届くように山なりに投げた。
投げたアイテムは『結界牢陣』。結界アイテムを作ってた時の失敗作だ。
野営時に使う『結界陣』を作っていたら、中からも外からも全く干渉できないほど強力な結界アイテムを作ってしまったのだ。
俺が作りたかったのは外からの攻撃は防いで、中からの攻撃は通るようにしたかったのだ。だが、この『結界牢陣』が作動すると内側からも外に出られなくなってしまうという、俺の構想からはずれた失敗作なのだ。
野球のボールのような球がリヴァイアサンの頭上に到着すると、【一指風穿孔】球をで破裂させた。すると、結界が発動しリヴァイアサンを結界内に閉じ込めた。
よし! 後は食材を回収するだけだ。
長さ一〇メートルのシーサーペントが三〇に、同程度のクラーケンが一〇か。クラーケンは横幅もあるから倍以上大きく見えるが、大きい分だけ弱点も狙いやすい。
全部、一発で仕留めてやれそうだ。
【十指風斬り】
【十指風斬り】
【十指風斬り】
【十指風穿孔】
【十指風斬り】でシーサーペントの首を飛ばし、【十指風穿孔】でクラーケンの急所を一突きだ。
うむ、簡単すぎるな。もう少し時間を掛ければよかったか。
リヴァイアサンに仕掛けた『結界牢陣』は今の俺では破壊できない。解除されるまで後十分待たなければいけないのだ。
仕方が無い、今のうちにシーサーペントとクラーケンを回収しておくか。
「おい、戻って来い」
聖龍を呼ぶが来る気配がない。
「おい!」
周辺探索で聖龍のいる位置は分かっている。が、動く気配が無い。
「……シラアイカ」
「はい―――! 呼んだかえー?」
一瞬で現れた聖龍。
「……」
「妾の事はアイカと呼ぶがよいぞ」
「……」
「照れなくてもよいのじゃ。さ、呼ぶがよい」
「行け」
サッと聖龍の背に乗り、「行け」とだけ言った。
こいつは姉弟より面倒な奴かもしれんな。
「なにを照れておるのじゃ、妾と我が主の仲ではないか。さ、照れずに呼ぶがよいぞ」
面倒な奴だな。やっぱり殺すか。
「どどどどこへ向かえばよいのかえ?」
こいつ……ギリギリのライフラインの見極めは上手いようだ。
「回収に向かう」
「かしこまりなのじゃー!」
アイカが大急ぎで飛び回ったため、回収は五分と掛からず済んだ。
「これで終わり……のわっ! まだリヴァイアサンがいるではないか! 我が主―!」
今頃、気付いたのか? こいつ本当に大丈夫か?
「結界が解けるまでリヴァイアサンの真上で待機だ。結界が解除されれば俺が飛び降りるからお前はそのまま待ってろ」
「かしこまりなのじゃー!」
結界内ではリヴァイアサンが暴れ回っている。ブレスを吐いたり体当たりしたりしているが、結界はビクともしない。
当たり前だ、その程度で壊れる結界なら失敗作とは言わん。こうやって短時間だけ拘束するしか使い道が無いのに解除もできん、融通の利かん欠陥品だからな。
結界が解除されると、アイカをリヴァイアサンの上空に待機させ、刀を構えて飛び降りた。
『魔角斬刀』。俺の持ってる武器の中で一番切れ味の鋭い刀だ。
一人目の魔王の角から作った刀で、魔力を通して使うと斬れないものは無いのではないかと思えるほど、鋭い切れ味を見せてくれる。実際、今までこの刀で斬れなかったものは無い。
『魔角斬刀』の一振りでリヴァイアサンの首を斬り捨てる。
死体を素早く回収し、空を蹴って空中走破で聖龍の背に戻った。
「凄いのじゃー! 我が主は強すぎなのじゃー!」
「うるさい。さっさと浜へ戻れ」
「か、かしこまりなのじゃー!」
浜に戻り、アイカの為にシーサーペントを焼いてやった。
さすがにアイカにも素材にも合う規格の鍋やフライパンなど持ってない。
だからまずは土魔法で大きな一枚岩を作った。
太陽熱でジリジリというのもいいが岩が熱くなるまで時間が掛かる。
なので岩を火魔法で熱し、解体したシーサーペントの切り身を乗せた。所謂石焼だな。
切り身と言っても長さ一〇メートルの頭を斬り落としたやつを三枚におろしただけのものだ。九メートル以上ある。こいつはシャークダラーのように特殊な解体じゃなく切るだけだから楽でいい。魔石もまぁまぁだったな、
その切り身に塩だけを均一にふり、焼くだけ。だが、焼くだけでも塩加減で相当美味くなる。
焼き加減や塩加減は【料理】スキルが絶妙な仕上がりを教えてくれる。三枚におろした切り方も【料理】スキルが閃かせる通りの手順で下処理済だ。美味く無いわけがない。
「うまっ! うまっ! 美味なのじゃー!」
当然こうなる。
俺も、少し食ったが、最近食った中ではオークキングステーキと同じぐらい美味い仕上がりだった。
海鮮が久し振りというのもあるだろうが、間違いなく美味かった。
次はいよいよリヴァイアサンだ。
これはアイカにはやらない、俺だけで食う分だ。
料理が出来上がる頃にはシーサーペントを食べ終えたアイカがこちらにやって来た。
「我が主ぃ、今度は何を作っておるのじゃ? 物凄く良い匂いがしておるのじゃが」
「リヴァイアサンのあぶりだ」
リヴァイアサンの肉をある程度の塊で切り、表面を火魔法で炙ったあと、食べやすいサイズにカットして特製ソースをかける。
トッピングはいらない。肉だけでも十分美味いのだが、醤油ベースに酢を加えて柑橘系と胡椒を加えた俺のオリジナルポン酢がまたよく合うのだ。
因みに酒を作った時に酢や味醂も確保している。どれも料理を美味く作るために、必要に駆られて作ったのだ。
ただ、酒は飲むのではなく、料理酒として作ったのであまり飲んだことは無い。飲むなら龍泉酒に限る。
「妾も、妾もそれいるのじゃー!」
「やらん」
「な! なぜじゃ、なぜなのじゃー! 妾にも分けてたも!」
「ダメだ」
「そんな事を言わずに一口だけでいいのじゃ。一口だけ食させてたもー!」
「いやだ」
「ケチー! 我が主はケチなのじゃー!」
「ほぉ~、俺がケチか」
「そうじゃ! ケチなのじゃー!」
「では聞くが、さっきお前が食ったシーサーペントは誰が料理した」
「うぐっ、我が主じゃ」
「そのシーサーペントは誰が狩った」
「んぐっ、それも我が主じゃ」
「お前は小食で、シャークダラー一体で十分だと聞いたが、シーサーペントはシャークダラーより随分大きいと思うが、どうなんだ」
「むぐっ、そ、その通りなのじゃ。人間の料理がこれほど美味いとは思わなんだのじゃ」
「それに、お前の一口と言うのは、これ一切れで足りるのか?」
「はぐっ、足りぬ……」
「まさか、俺の分を全部よこせと言ってるのではないだろうな」
「……」
「どうなんだ」
「申し訳なかったのじゃー! 妾が悪かったのじゃー! もう許してたもー」
ふむ、人外相手だとこれだけスムーズに話ができるのに、なぜ人間相手になると上手く行かないのだろうか。
リヴァイアサンの炙りを堪能したあと、涎の止まらないアイカの為にもう一体シーサーペントを今度は炙り風にして作ってやった。特性オリジナルポン酢はかけなかったが、それでも「さっきよりも美味なのじゃー!」と喜んでいたからいいだろ。
「では、俺は帰るぞ。お前もそれを食ったら帰るんだぞ」
「うまうまモグモグうまうま…ん? 我が主よ、何か言ったかえ?」
「俺は帰るからな。お前も適当に帰れよ」
「な! ま、待つのじゃ。どうやって帰るのじゃ、まさか走って帰るのかえ?」
「いや、転移魔法だ。行った事の無い場所には行けないが、帰る分には問題ない」
「なー! それなら妾も帰るのじゃ! 妾も転移魔法で一緒に帰るのじゃ!」
「お前はまだ食ってるだろ。あとは特に用も無いからそれを食ったらお前も帰れよ」
「お前ではなくアイカなのじゃ。いや、そうではない。いやいや、そうではあるのじゃが、今はそんな話をしているのではなかったのじゃ。妾は我が主の下僕なのじゃ、下僕は主と一緒にいるものなのじゃ……って、もういないのじゃー!」
浜辺に一人取り残され、絶叫するシラアイカであった。
「……我が主は淡白なのじゃ……はっ! 我が主はどこへ帰ったのじゃ? 居場所を聞いておらんのじゃー!」




