24 第22話 海へ
「では、最初の命令だ」
「はいー!」
「その酒をよこせ」
「はい! …え? 酒かえ? 肝や目玉では無いのかえ?」
「そんなものは十分持ってる、そこに湧いてるのは酒だろ」
「も、持ってるのかえ? い、いえ、はい! 酒程度でよいのならいくらでもあるのじゃ。どれだけ所望されるのじゃ?」
「そうだな、一樽もあればいい。それだけあれば一年はもつ」
どうせ、飲むのは俺だけだ。一樽で二〇〇リットル以上あるんだ、十分もつだろう。無くなったら、また貰いにくればいいだけだ。
「貴方様は我が主となるのじゃ。一樽などと、しみったれた事を言うでない。全部持って行くのじゃ」
「いいのか」
「構わんのじゃ。酒ならば妾の【龍術】でいくらでも作れるのじゃ」
「作れるのは知っているが、量までは知らなかったな。どのぐらい作れるんだ」
「先程言うた樽なら十樽なら一晩で作れるのじゃ」
「十樽か。微妙な量だな。龍なら一晩でそれ以上飲むだろ」
「それはそうじゃが、ここには千樽分以上の蓄えがあるのじゃ。遠慮せずに好きなだけ持って行くのじゃ」
どれだけ寝てたか知らないが、【龍術】など使わずとも、龍なら同じ場所で寝続けるだけで龍泉酒ができる。それで溜まった量なのだろう。
「その湧いてる酒は相当深くまで続いてるのだな。見た目は水溜りにしか見えないのに」
直径三メートル程度の水溜りなのだ。まさか、そこに千樽分以上あるとは思わなかった。
「山の中を伝って龍脈まで続いておるからの。じゃから、妾の作る龍泉酒は他の龍の作る酒より美味いのじゃ」
龍の酒作りには龍脈も関わってるのか。これだけ自慢するのだ、期待させてもらおう。
しかし、龍脈か。
こっちが龍脈で龍の山、森は魔素が濃いから魔物が多い。うまく住み分けが出来てるのか。だから森に龍がいなかったのだな。
「樽は持ってるか?」
「すまんが無いのじゃ」
「ふむ、龍が持ってるはずもないか。ならば、これに入れよう」
水筒タイプの収納バッグを出した。これは作るのに苦労した作品だ。直接飲むこともできるようにするのに調整が難しかったのだ。普通、収納バッグは逆さに向けても『解放』と念じなければ何も出てこないからな。
傾けると水が出るようにする調整が出来てしまえば、口からも飲めるし、コップに注げるようにもなった。傾け具合の微調整はすぐにできたし、普段は蓋をしておくから傾けても零れないしな。
出来上がった時はつい嬉しくて、調子に乗って大量に作ってしまったのはご愛嬌だ。この内の百樽分入るやつを龍泉酒専用にしよう。もっと入るものもあるが、そこまでは必要とは思えないからな。
「良いものをお持ちなのじゃな。じゃが、その前に、顔を見せてくれぬかの」
ずっとフードを被ってるが、顔は見えている。ただ、髪は隠してるので、その事を言ってるのだろう。
龍の前では別に隠すことも無い。フードとインナーキャップを脱いで顔を見せてやった。
「おお! やはり。今代の勇者様であったか。称号には無かったが、その黒眼を見てもしやと思ったが、やはりそうじゃったか」
俺の黒髪を見て勇者認定したのか。勇者はやはり黒髪黒目なのか? ならば、アスラムはなぜ監禁されていたのだろう。逆だと思うのだが。
「俺は勇者では無いが、黒髪黒目は勇者なのか」
「妾の知ってる勇者様は、皆そうであったのじゃ」
「そうか」
「妾の眠ってる間に、変わってしまったのかのぅ」
千樽分以上の酒ができるまで寝ていたのだ。時代も変わってるかもな。
いや、そうでもないか。一日十樽できるのなら一年にも満たないな。
「お前は何年ぐらい眠ってたのだ」
「さて、何年かのぅ。外の変わり様が分からぬと、どれだけ寝たか分からぬのぅ」
確かにそうだな。だが、それが分からぬぐらい寝ていたのだな。
「では、海に連れて行ってくれ。海産物が食べたいんだ」
「おお! 海の魔物じゃな! 妾の酒にもよく合うのじゃ」
意見が合うとすぐに出発した。特に用意も無いし、酒だけ頂くと早速出発した。
聖龍の背に乗り、龍の山から離陸した。
乗り心地は、まぁ悪くない。風も受けないし静かなもんだ。離陸の時も殆んど羽ばたかなかったから翼の揚力で飛んでいるわけでは無さそうだ。
魔力の流れを感じるから、魔法で飛んでいるのだろう。乗ってても風を受けないのはその関係か、別の魔法が作用しているのかもしれない。
俺も色んな方法で飛べるのだが、ここまで綺麗な飛び方では無い。
重力魔法で重力操作で飛ぶか、空間魔法で足場を作って飛ぶか、風魔法で飛ぶかになるのだが、一番楽なのは足の裏に空気の塊を溜めて足場にする力技だ。風魔法と空間魔法の合わせ技で、戦闘の時にはよく使う技だ。
だが、龍が飛ぶように優雅ではない。ただ走ってるだけだ。
この際だから、龍の魔力の流れを研究して、俺も飛べるように頑張ってみるか。
そう思って、龍の魔力の流れに集中していると、聖龍から声が掛かった。
「我が主、ひとつ妾の願いを聞いてたも」
この流れはあれか……
「……名前か」
「さすがは我が主。下僕の気持ちまで分かってくださるとは。下僕になった甲斐がありますのぅ」
またか……そんなに名前が欲しいなら、自分で付ければいいだろ。だいたい何年生きて来たんだ、他に名付ける奴はいなかったのか。
「……どうしても欲しいのか」
「もちろんなのじゃ!」
「……ポチ」
「……」
「タマ」
「……」
「コロ」
「……」
「シロ」
「……我が主は、ジョークまで魔王級じゃのぅ。では、これでアイドリングはおしまいじゃ、早速名付けてたも」
全部、纏めて無い事にしやがった。シロなんて良かっただろ、お前も白い龍なんだから。
若干、青味掛かってるから真っ白とは言えないか。
こういう色の事を何と言うんだったか……
「白藍か」
「おお! それは良い名じゃ! シラアイカ…実に良い名じゃ」
「いや、“か”は……」
「我が主はネーミングセンスも勇者級じゃのぅ。愛称はアイカでよいぞ」
……本人が喜んでいるのだからいいか。もう俺の手は離れた、後は本人次第だ。
聖龍は速かった。さすが龍の山の親玉と言ったところか。さっき山で倒した中級クラスの龍では、こうは行かなかっただろう。
アイカもどっちに海があるか覚えてないようなので、目立たない砂漠越えで頼んだ。
ザッツェランドの更に向こうには国境があるというし、他のどっちに向かっても人目に付きそうだったからだ。
砂漠が一時間続いた後、少し小高くなっている丘のような砂地を越えると、海が見えた。
俺の運は悪いが、アイカの運は良い。俺の運の悪さを補って余りある幸運を見せてくれたようだ。
俺の勘違いならいいのだが、これは砂漠では無く、広大な砂浜? いやいや、広大過ぎるだろう。ここは砂地という事もあって走ってもいつもの速度は出せないが、それでもその俺の全速力と同じぐらいスピードで飛んで来たのだぞ? 普通に歩けば、恐らく一ヶ月でも辿り着かないはずだ。
そんな広大な砂浜など……無いと思いたい。
しかし、ここは魔法やステータスがある異世界だ。あっても不思議ではないな。
まぁ、今はそんな砂漠の事より海だ。海の幸だ。塩も少し減ってきてるからついでに作って帰ろう。
まずは、魔力操作の応用で、水魔法と混同させて『水流操作』で大量の海水を宙に浮かせる。一緒に獲れた魚もいるので、雷魔法であの世に行ってもらう。
容量の多い収納バッグでは、樹以外の生物を入れるようには作れなかったのだ。
少容量ならできたのだが、せいぜい十人程度が入れるものしか作れなかったのだ。
【亜空間収納】はもちろん前者だ、樹以外の生物は入れられない。なので、海産物は殺さないと収納できないのだ。
ここは人の手が入ってないのか、海産物が豊富なようだ。大量だな。
魚を収納したら、後は塩を作る。『水流操作』で回転させながら、火魔法を加え蒸発させていく。
海水が減ってきたら異物が出だすので、除去していく。そのまま海に戻すだけだが、それも『水流操作』でやるので簡単だ。
最後に残るのが塩だが、この時ににがりも出来る。これも豆腐を作るのに必要だから取っておく。俺には【料理】スキルがあるから作ってしまえるのだ。
【料理】スキルとは便利なもので、素材を見るだけでレシピが何百通りも思い浮かぶのだ。素材が一つ増えるごとにレシピも変わる。
手順通り調理するだけで、最高に美味い料理に仕上がるのだ。
しかも、包丁捌きも上手くなるし、どの部分に包丁を入れればいいかも瞬時に分かる。焼き加減や煮込み加減も一番美味い瞬間が分かるのだ。
料理アーツは【料理】スキルの劣化版だが、天と地ほどの差があるのだ。
美味い料理は正義。醤油も味噌もまだあるが、そろそろ大豆を仕入れて作っておきたい。
味噌を作るにも醤油を作るにも大豆は必要だからな。
作るのには【料理】スキルが大活躍だ。大豆を前にして作りたいものを思い浮かべるだけでレシピが浮かんでくるのだ。その手順通り作れば、味噌でも醤油でも最高級のものが出来上がるのだ。
いつもは野生の大豆を探すのだが、王都で買えるのなら買ってもいいか。いや、森にあるだろうから、レオフラフィかレディに探させよう。
さて、せっかく魚を獲ったのだし、焼いて試食するか……
「何見てるんだ」
「妾の分はまだなのかえ?」
「なんでお前の分まで俺が面倒を見るんだ」
「妾は生ばかりじゃからのぅ。人間は料理するのじゃろ? ならば妾も食したいぞえ」
「お前のデカさで食われたら、俺の分が残らない。勝手にブレスで焼いて食え」
「そう邪険にするでない。妾は小食な方じゃ。シャークダラー一匹あれば十分じゃ」
なっ、シャークダラーなんて五メートル級じゃないか。それを一食で食うのか。素材は確かにあるが、それを俺に料理させる気か。
ここまで運んで来てくれたのはプラスだが、大食漢はマイナスだな。酒をくれたのはプラスだが、食材と料理を俺に丸投げはマイナスか。トータルゼロなら、こいついらなくないか。
「わ、わ、我が主よ。自分で食す分は獲って来るぞえ。簡単でよいから料理をお願いするのじゃ」
俺のアイカを見る視線で何かを察したのだろう、食材は獲って来るとアイカが言い出した。
「まぁ、簡単な料理ぐらいならやってやらんでもない。自分が有能である事を俺に示せたらな」
「かしこまりなのじゃ」
返事をするとシラアイカは一目散に沖へと向かい飛んで行った。逃げたようにも見えたが、俺にいいところを見せるために率先して行ったのだな、感心感心。
美味い食材を獲って来てくれるよう期待するか。




