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02 プロローグ②

 

「アーノルド、地下の奴はまだ生きていたか」

「ああ、昨夜は生きてたぜ。一応、あんたに貰った魔石を置いてきてやったが、あんまり効果ねぇんじゃねーか? ありゃ、まだ死なねーよ」

「そうか……」


 あの者、なぜ食事も摂らずに生きておれるのか分からんが、実際生きておるのだから不思議なものだ。

 しかも、この町の領主である儂の血を引く息子だというのが尚解せん。

 三男のアーノルドはあの通り貴族にしておくには下品すぎてどうにもならん。が、あの地下の四男の世話係にはちょうどいいだろう。


 なぜ、この時期に黒髪黒目で生まれて来たのか。忌み児がなぜ我が家から生まれ出て来たのか。

 黒目黒髪は勇者の証。だが、今代には既に勇者様がおられる。二人目の黒髪黒目は悪魔の子の証。なぜ、それが我がザッツェランド家に生まれて来たのが。

本当に領主の儂の血を引いている子とも信じ難い。儂の家系には勇者も忌み児も生まれた事など一度も無い。妻の家系も調べたがやはり無かった。

 あと考えられるのは…儂以外の男の子供……いやいや、それは考えまい。既に妻はこの世にいないのだから。


 だが、儂の手に余るには違いないのだ。しかし、それを誰に言えるというのだ。

 国王様に報告するのか? そんな事をすれば、代々守ってきたザッツェランド家はお取り潰しになってしまう。できん、それだけはできん。

 このまま自然に死んでくれる事を願うしかあるまい。


だが、あの子は殺そうとしても殺せない。傷は付けられるのだが致命傷を与えようとすると、何かに守られているかのように殺せないのだ。

 いくら忌み児だと言っても我が子を何度も殺せるものか!


 一度目はあの子が八つの頃に執事にやらせた。

 それまでも、命令は出そうとしていたのだが、妻の抵抗が激しくできなかったのだ。

 しかし、あの子が八つの時、妻も亡くなりようやく命令が下せたのだ。


 命令を受けた執事は、大粒の涙を流しながら剣を振り下ろした。

 すると、剣が折れ、その折れた剣先が執事の額を貫いた。その報告を受けた時、あの子はやはり悪魔の子では無いかと戦慄が走ったものだ。


 二度目はスラムのゴロツキにやらせた。こいつも結果は同じだった。

 この時は、我が目でしっかりと見た。剣は儂がキッチリと確認し、それを持たせ振るわせたのだが、剣が折れ、その剣先はゴロツキの胸に突き刺さった。


 もう、儂の手には負えんと思い、三度目は暗殺者を雇ったが、こいつは剣を持って近付いた時に雷のようなものに撃たれ焼死した。雷のようなものと表現したのは屋敷の中だったからだ。屋敷の中に雷など落ちぬ。

 魔法が使われた事も疑ったが、それは有り得ないのだ。使われる筈が無いのだ。あの牢には『詠唱妨害』の陣が組まれている。詠唱をせずに魔法を発動するなど勇者様や賢者様でも無理なのだから。

ならば、あれは何だったというのだ。雷のようなものとしか言いようがないものだった。


 すべて命令を下したのは儂だ。自分の子を殺す命令を下すのだ。

 もうこれ以上は儂の心が耐え切れん。

 妻の遺言を破ってまでも命令を下したのに殺しきれなかった。

……もう儂の心は折れている。

 長男のアーサーに家督を譲って引退も考えたが、あの子がいるうちはアーサーに面倒を掛けられん。あの子は儂が責任を持って殺してやらなければアーサーが儂と同じ道を辿るであろう。


 仕方なく食事を抜かせ、魔石を与えて中毒死させようとしてるのだが、それもうまく行っておらんようだ。

 魔石は外部から魔力を中和させ取り込めば力となるが、直に体内に入れると中毒を起こすのだ。

 食事を与えなくともあの子は死なない。もう五年は食事を与えていないだろう。

 魔石を与え始めて既に三年は経つと思う。


 それでもあの子は死なないのだ。悪魔でもここまでされれば死ぬのではないのか。何があの子を守っているのだ。神か悪魔か……

 もう儂は疲れた。だが、あの四男のアスラムが死ぬのを見届けるまでは死ぬ事ができぬ。儂こそ悪魔に魂を売った男なのやもしれぬな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺は魔王を倒した。

 これでようやく元の世界に帰れる。

 それだけを考え必死に努力し、耐え、頑張り続けた。

 仲間などいなかった。召喚されたのは俺一人だけだったのだ。大きな城に召喚され、すぐに首輪を付けられた。有無を言わさず付けられたその首輪の正体は奴隷の首輪だった。


 召喚後に訳も分からず呆けている俺に付けられた首輪の聖で、奴隷の如く扱われ、必死で頑張りようやく魔王を倒したというのに、まだ魔王がいるという。

 北の魔王と南の魔王。

 結局、二人の魔王を倒すのに一〇〇年以上掛かった。


 俺は召喚されてから年を取ってない。召喚された者は年を取らないそうだ。だが、その俺を召喚した奴らはもういない。

生きるため、元の世界に戻るために必死に頑張り、剣の扱いも覚えた、槍の扱いも覚えた、盾も弓も体術も。魔法も覚えた。だが、魔王討伐を終えた時には、俺を縛り付けてた奴らは誰もいなかった。


なぜ気付かなかったかというと、奴隷の首輪だけはどうしても外れなかったからだ。

 なぜか解呪系の魔法だけ覚えられなかったのだ。そういう効果も奴隷の首輪にあったようだ。


 二人目の魔王を倒したのは、俺を呼び出した国が滅びた後だった。

 魔王を倒し帰って来たが、誰も俺が魔王討伐をやってる事すら知らなかった。魔王がいた事すら知られてなかった。


 魔王を倒すとその場で元の世界に還れると思っていたが、俺は還れなかった。だから、嫌な選択だったが召喚された城まで帰ってくるしかなかったのだが、そこに俺の知ってる町は無かった。

 そして、その時、首輪に手を当てると、首輪は脆く崩れ去って行った。


 その後、元の世界に還れる方法を調べまくった。もう俺を縛り付けるものは無い。後は元の世界に還るだけだ。

呼び出された召喚の間から還れる事が分かったのは、魔王を倒してから二〇年も経った後だった。

 その頃には、俺を知る者がいない町を転々とし、それなりに上位の冒険者をしながら還る方法を探し続けた。

年を取らないこの身体では一つの町に長居ができない。正体を知られるとまた奴隷に逆戻りになると思ったから、効率は悪かったがそうせざるを得なかった。


 還れる方法を調べ上げ、政権の変わった城に忍び込み、地下にあったため無事だった召喚の間をようやく見つけ、帰還魔法を使った時には既に元の世界に還れる程の魂の力が俺に残っていなかった。

 それでも、この世界よりはマシだと別の世界に旅立ったが、そこで一人の子供に出会った。なぜか非常に気になる存在だった。別に行くあての無い俺は、気になるその子の傍から離れられなくなって行った。

 その子は黒髪に黒目で、俺の小さな頃によく似ていた。年は七~八歳か? いや、もう少し下かもしれない。


 俺には既に肉体は無い。名前もとうに忘れてしまった。

 帰還魔法で魂なのか精神なのかよく分からない状態になり、異世界を渡れる存在となっていた。

 その俺によく似た男の子を見ていると、どうやら最悪の環境にいる事が分かった。

 何度か声を掛けてみたが反応が無い事から、この世界の者とは意思疎通がはかれないようだった。


 しばらく進展を見守っていると、彼にいつも優しくしていた執事が彼に向かって剣を振るったではないか。

 俺は子供を守るため、咄嗟にカウンター魔法を出してしまった。

 執事の振るった剣は、俺の魔法に弾かれ、剣先が折れると、そのまま執事の額を貫いた。

 なぜか、俺の放つ魔法だけは、この世界と関わりが持てるようだ。俺の使う魔法は生命力を使う、そのあたりに関係がありそうだ。


 その時、俺は決めた。力のある限り、この子を守ろうと。

 何の目的も無い俺にはちょうどいい口実だった。後付けでも何でも理由付けしたかったのだ。


 次に来たのは汚い男だった。性格がでは無い、もう何年も風呂に入ってないと思うぐらい見た目が汚いのだ。

 その汚い男も剣を彼に振るってきた。俺は迷わずカウンター魔法で迎撃した。

 結果は執事の時と同じ。剣が折れ、剣先が胸を貫き汚い男は死んだ。


 また来た。今度は暗殺者のような奴だった。明らかに彼を狙っているのが分かる。

 あえて待つ必要も無い、こいつが来た意図は分かっている。またこの子を殺しに来たのだ。

俺は暗殺者のような男に向けて雷魔法を放ち、その男は即死した。


 それからは、兵糧攻めが始まった。彼に食事を持って来ないのだ。俺は回復魔法で彼を助け続けた。何年か続いた後には食事の代わりに魔石を出すようになった。

 力が減ってきている俺には僥倖だった。魔石はどんどん減っていく俺の力の回復に役立ったのだ。

 なぜ、魔石が出されるのかは分からなかったが、俺にとっては好都合。もう、彼の傍から離れる力も残っていなかったのだから。


 そして、最期の時を迎えた。

 俺は最後の力を振り絞り、彼に話しかけた。

 普通なら俺の声など聞こえない。異世界の、しかも魂なのか精神なのか分からない存在の俺の声など、この世界の奴に届くはずが無い。だが、俺の声は彼に届いたのだ。


 俺の魂は喜びに震えた。もし、彼と融合できるなら、俺はまだ彼を助けられると。

 しかし、彼は断わった。彼には生への執着が感じられなかった。

 だが、俺に残された時間はもう無い。


 強引に彼との融合を決めたが、彼が俺を受け入れなければ、俺はこのまま消えるだけだろう。そして俺の庇護が無くなる彼もまた死んでしまうだろう。

 何か、彼が生を繋ぐよう導いてやらなければ。何か…そう、彼が生きたいと思える何かを見つけてやらなければ。



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