17 第15話 作戦開始
依頼にはランクがあり、冒険者ランクに見合ったランクの依頼を受けるのが通例だ。冒険者ギルドが定めたルールでもある。
高難度の依頼は達成料が高いし、低難度の依頼は達成料も低い。だが、高難度はそれだけ危険度も高くなる。この世界の危険は怪我では済まない、命を失う危険の事を指すのだ。
誰しも達成料が高い方を選びたい。ルールが無ければ、弱い低ランクの冒険者まで高ランク依頼を受けて、そして死んでしまう。
そうならないように身の丈に合った依頼を受けさせるためにできたルールだ。
だから、いつまでも低ランクの依頼を受けている者は高ランク冒険者にはなれない。強さを証明できないからだ。達成数ではなく、いかに強さを証明できたかが、冒険者のランクとなって示される。
例外としては薬草採取などの、いつも不足がちになる素材の依頼と、指名依頼だ。
指名依頼を受けるには、最低Cランクの強さが必要になるが、Cランクでも指名を受ければAランク相当の依頼でも受けられる。
あとは例外として、運良く高ランクの魔物を倒してしまった時。これが非常に困るのだ。
低ランクの冒険者が高ランクの魔物を運良く倒す時には、ほとんどと言っていいぐらい証人がいない。
だが、事実の場合が多いのだ。
そして、討伐証明をするために審査を受けるが、まず証明ができずに素材を売って終わりとなるケースがほとんどだ。それはそうだろう、元々が低ランク冒険者なのだ。高ランク冒険者ギルドと戦っても負けるし、高ランクの魔物を討伐に行っても死んでしまうか大怪我をするだけだ。偶々運良くマグレで勝っただけなのだから。
身の丈に合わないランクアップなどされない方が本当はいいのだ。
だが、人は欲深いものだ。どうしても事実を証明してランクアップされたい。本当に魔物を倒しているのだから信じて欲しい。ランクアップして高難度の依頼を熟す自分を夢見る。
そして夢破れ散って行くのだ。
受付姉さんは、そういう冒険者を何人も見て来た。だからと言って、止めても結局は行ってしまう。もう何度も同じ事を繰り返している。
そして、今日も一人の冒険者を引き止めていた。
「あなたは今日、冒険者になったのよね?」
「ああ」
「悪い事は言わないわ、辞めておきなさい」
「そうか」
「あら、聞きわけがいいのね。それに、さっきの動き、本当にレベル25なのかしら」
「何を疑ってるのかは知らんが、俺がレベル25だと言った覚えは無い。そっちが教えてくれただけだ。それに、俺は討伐証明が何か聞いてるだけだ。依頼を受けるとは言ってない」
「でも、聞けば行くんでしょ?」
「それはこちらの勝手だ」
「確かに『魔の森の主討伐』はAランク依頼だからBランクになったあなた達なら受けられる依頼だけど、命を粗末にするもんじゃないわよ」
「だから討伐証明を聞いてるだけだ。まさか主の正体が分かってないわけでもあるまい」
「……ええ、樹の魔物だとは分かってるけど、それだけよ」
「それで構わん。樹の魔物の討伐証明とはなんだ。まさか樹を丸ごと取ってこいとは言わんだろ」
「……本当に受けないのね?」
「言う必要は無い」
「いや、あるわよ! 冒険者ギルドの依頼なんだから」
「そうか。なら受けない」
「だったら教えてあげ…」
「偶然、倒されてた主を見つけるかもしれん。その時に素材を拾うかもしれんからな」
「……」
「なんだ」
「あなた、バカ?」
うぐっ、また少し回復した? なぜだ……
「ふぅ…討伐証明を言うだけよ。依頼書は持って来ても受付ないわよ」
「だから聞きに来ただけだと言っている」
「……まぁいいわ。一番いいのは魔物そのものを持って帰って来る事。でも、樹を丸ごと一本は中々難しいし、戦いで燃やしてしまえば何も残らないわよね。その時は、魔石を持ち帰るか、証明できる部位でもいいわ。あとは、何処で倒したかを報告すれば、後で調査を行ない討伐が証明されれば依頼達成となるの」
「そうか、わかった」
「え? どこ行くの?」
「もう、用は済んだ」
聞きたい事は聞けた。ここにもう用は無い。既に受付から三メートルは離れていたので、振り返って質問に答えた。
「だったら、お礼ぐらい言って行きなさい!」
「そうか? ありがとう」
「……生きて帰って来なさいよ」
寂しげにボソッと呟く受付姉さん。
「ん? 何か言ったか」
「いいえ! 依頼失敗はランクダウンに罰金って言ったのよ!」
アスラムは受付に背を向け、姉弟との合流のため歩き出した。
聞きたかった情報も聞けたので、さっさと行動に移る。
今更準備をするものも無いので、姉弟を連れて町を出た。
「でも、意外だったなぁ」
「何がよ」
「アスラムが率先して依頼を受けるとは思わなかったよ」
「確かにそうね。冒険者には興味ない、とか言ってたわよね」
「そうそう、お金にも興味ないって言ってたよね」
「ホントね。ねぇ、アスラム。なんでこの依頼を受けたの?」
「…知らん。なりゆきだ」
「ホントかなぁ」
危険な依頼を受けてまで魔物を討伐する理由がアスラムにはあった。
本来なら、いい素材があれば魔物を狩ればいいだけだし、町に長居する気も無い。現在の目標は、早く国境を越える事なのだ。態々面倒な依頼を受ける必要は無い。
だが、アスラムにも目的がある。未だ、追っ手が来る気配は無いが、だからこそ今のうちにさっさとこの国から離れたい。アスラムとして生きるために邪魔な要素はなるべく排除しておきたいのだ。
もし、今すぐに追っ手が来たとして、今のアスラムなら排除するなり逃げるなり、どうとでもできるだろう。
だが、その後はどうなるのだ。ずっと追い掛けられるのか。犯罪者となってしまうのか。それだと、永遠にアスラムに平穏は訪れない。
目標は、アスラムを強くして、アスラムに平穏な場所を用意して、アスラムに生きたいと思わせる生き甲斐を見つけてやり、そして代わってやるのだ。そう決めたのだ。
そして、今回の依頼を受けるにあたって、アスラムは一つ目論んでいた。
受付姉さんから聞いた、Aランクなら冒険者カードだけで国境を越えられるという言葉。
現在は運良くランクはBだ。ならば、この依頼を達成すればAランクも有り得るのではないかと。
ダメでも、国境を越える事は難しくは無いだろう。関所以外の場所から国境を越えればいいのだから。
魔物が犇めく森の中だろうと、険しい山だろうと、深い谷だろうと、アスラムなら越えて行くだろう。
だが、正規の方法で国境を越える事がアスラムの幸せに繋がると、信じて疑わない。
そのためにもAランクになるのが最も近道だと判断したのだ。もし、今回の依頼達成でAランクになれなくても、その布石にはなるだろう。
依頼は受領されていない。が、討伐後に依頼を受領してもらい、その後に達成報告をすれば同じ事だ。
アスラムは誰も依頼を受けないと分かっていた。受けても間違いなく失敗するだろうと。
この森の主が、簡単には倒せないとアスラムは知っていたのだから。
まだ森の主がいる場所からは遠い森の入り口。
俺はレオフラフィを呼び出した。
「命令だ。こいつらを連れてオークの群れを倒しまくれ。場所はお前が探し出して連れて行ってやれ」
「ガウガウー!」
「キャー! レオー、相変わらずフワフワだねー!」
「レオが手伝ってくれるんだね。だったら楽勝だね」
レオフラフィの登場に抱きついて喜ぶ姉弟。だが、続く俺の言葉ですぐに暗くなった。
「お前達は、レオフラフィに乗るんじゃないぞ、自分の足で走るんだ。オークの群れを殲滅後はすぐに解体。休憩はオークの群れを二つ殲滅してからだ」
「えー、アスラムー。それって、いつもより厳しくない?」
「ちょ、ちょっとアスラムー! 私達を殺す気? そんなの無理だから!」
少し注文をつけるだけで、すぐに文句を言う奴らだな。
「お前達はまだまだ弱いんだ。自分を鍛えるためにも言われた事をやれ。それに、レオフラフィに手伝うなとは言ってない。こいつもいればオークの群れなどすぐに片付く。しかも、群れはこいつが探してくれるのだ、時間も大してに掛からないだろう」
「そっかぁ、そうだよね。レオ! 期待してるわよ!」
「レオに付いて走るのは大変そうだけど、それなら楽勝かな」
ただし、レオフラフィが倒した後は、解体が大変だと思うがな。全部、ハンバーグ行きだろうからな。
「俺はここから別行動を取る。お前達は派手に暴れろ。それが俺へのサポートになる」
「わかったわ! リーダーとして、メンバーのサポートをするのは当然よね」
「うん、僕も頑張る! そして、ランクを上げてすぐにアスラムに追いついてやる!」
「ああ、期待してるぞ。では行け」
「「はい!」」
「ガオォォォォォ!」
二人と一体は、笑顔で張り切って出発して行った。できるだけ派手にやってくれよ。
今回は本当に姉弟に期待していた。それ程ニンフは面倒な魔物なのだ。
ニンフがというより、森全体が相手になるのが面倒なのだ。だから、なるべく気付かれるのは遅い方がいい。
そう思って、まずは森に入らず外縁を移動し、ニンフに最短距離で辿り着けるルートを目指した。




