13 第11話 王都入門。そしてギルドへ
姉弟がオークステーキを販売に行った翌朝、レオフラフィは森へと巣立って行った。
「お前の今の能力なら余裕でこの森の主になれる。あとはその覚えた回復魔法を有意義に役立てろ」と、励ましの言葉を付けて送り出してやった。
従魔契約はそのままだし、必要とあれば呼び出すので巣立つとは違うかもしれないが、今後一緒に行動する機会はほぼ無いだろう。
魔法はあまり使い慣れてないようで、宿題の回復魔法の習得に徹夜をしたみたいだが、何とか使えるようになったので、獣魔契約はそのまま続行となった。
「さぁ、行くわよ!」
「うん! アスラムも遅れないでよ」
「誰に言ってる」
「……腹立たしいぐらい通常運転ね。王都に入るから緊張してるのかと思ったけど、大丈夫そうね」
「僕は緊張してるよ」
「実は私も。だって、ザッツェランドから出た事なんて無いんだもん」
「そうだね、僕たち生まれも育ちもザッツェランドだしね」
三人で走りながら話している。
結構なスピードで走ってるが、こいつらもレベルが上がったからこのぐらいだと余裕がありそうだな。
しかし、二人はアスラムの親父の町から出た事がなかったのか。
アスラムの父親は二度ほど見たが、いずれもアスラムを殺しに来た男の後ろから覗いてたな。いい印象の無い男だ。
アスラムとして町を出てから今日で八日か。今から行く王都に手配を掛けてなければいいのだがな。
王都の入門行列まではすぐに着いた。まだ朝早いからか、そんなに行列は長くない。三〇分も待てば入門できそうだ。何事も無ければ、だがな。
特に長引く事も無く、予想通り行列に並んでから三〇分程度で順番がやって来た。
まずは姉ミャールが冒険者カードを出し、パスした。
続いて弟タックも同様にパスした。
そしてパスした二人が俺の事を説明してくれた。
「この人は私達の連れです。でも、入門証が無いので仮入門証の発行をお願いします」
意外にもミャールが説明してくれた。てっきりこういうのはタックに任せるのかと思ってたから少し驚いた。
ミャールの問いかけに門兵が答えた。
「なんだ紛失か」
「いえ、新規です。この人は元々山奥に住んでて、世間知らずの田舎者なんです」
その設定はいるのか?
「では、詰所の中で手続きをする。お前達は連れなんだったら連れて行ってやれるか」
「はい、大丈夫です」
門兵も少しでも手間を省きたいのか、自分で連れて行こうとはしなかった。ま、すぐ横だし、担当官はまた別にいるのだろうし、分かるものがいればそれでいいのだろう。
見た目としても、ミャールが一七〇センチぐらいになってるし、タックは一九〇センチを超えている。俺は少し肉が付いて来たとはいえ、まだヒョロい一五〇センチ程度だから、二人が保護者的に見えたのも大きいかもしれん。フードを被った状態だが、顔は見せたから子供だろうとは思われてるだろう。年は三人とも同じぐらいなのだがな。
姉弟に詰所に案内され、受付に着いた。
待ちは無く、すぐにミャールが受付担当官に声を掛けた。
「すいません、仮入門書の発行をお願いします」
結構、慣れた感じで話し掛けていた。
「ようこそ、王都ヴァルハラードへ。発行は三人ですか?」
男の受付で兵士の服装をしていた。さっきの門兵は軽鎧を着ていたが、この人は軍服だけだな。事務仕事に鎧は邪魔なだけだしな。
「いえ、この人だけです。入門料はいくらですか?」
「少し待ってください。まずは審査をしますので、金額はそれからです。こちらの方も獣人ですか?」
姉弟が獣人だから俺も獣人だろ思われたのだろう。
「いえ、この人は人族です」
「そうでしたか。では、この用紙に記入してください。記入が終わったら犯罪歴を確認しますので声を掛けてください」
そう言って、一枚の紙を渡された。
質の悪い紙で、インクで書くと字が滲みそうだった。
墨を細い棒状にしたものに布を巻きつけてあるものがあった。どうやら鉛筆代わりに使うものみたいだ。
実際、書いてみると意外と書けた。偶に先を尖らせないといけないが、名前や年齢を書くぐらいには十分使えた。
名前はアスラムだけを書き、年齢欄に十五と書いた以外は何も書かずに受付の兵士に渡した。
受付の兵士は用紙を受け取ると、直径十センチぐらいの水晶玉を出してきて、手を置くように促された。
俺は念のため【鑑定遮断】と【鑑定偽装】を使い、レベルを25に設定し、スキルは全部消しておいた。見せてるものは四属性の火・水・風・土の魔法だけにしてある。
HPなどのステータスも300平均ぐらいにしている。
ここで見られるかは分からないが、念のために設定しておいた。
名前もアスラム・ヴァン・ザッツェランドではなく、アスラムだけにしてあった。
受付兵士は俺の渡した用紙を片手に持ち、水晶に目を凝らした。こちらからは見えないが、向こう側では何か見えてるんだろう。
水晶玉の確認が終わると、もう一度用紙を確認し、こちらを向いて結果を教えてくれた。
「はい、犯罪履歴は綺麗なものだったよ。問題なし。等級の一番低い銀貨一枚支払ってください」
と、俺が渡した用紙を返してくれた。返す前に、何か押してたようだが。
「はい」
と、ミャールが銀貨を差し出した。
「支払いは奥でお願いします」
ちっ、お役所仕事め。と心の中で悪態をついたが、ミャールとタックも同じ事を考えていたようだ。ちょっと文句を言いたそうな悪い顔になっていた。
指示通り、入り口から遠い支払い窓口に行き、銀貨一枚を支払うと、仮入門カードを発行してくれた。
用紙を渡す時に珍しい顔をされたが、さっき言われた一番低い等級の印でも確認したのだろう。通常は見えなくしてあったが、俺の目には『人』と『五』の印が見えた。
用紙には『人族』『五等級』という意味が隠し文字で書いてあった。これが獣人なら『獣』で等級も上がって入門料も上がるのだろう。他に何があるのか知らないがな。
「このカードは、今日から一週間有効です。一週間を過ぎればこのカードでは王都に滞在できなくなりますのでご注意ください」
「はい、大丈夫です。この人にはギルドに登録させますので」
「そうでしたか。ではそのカードが不要になりましたら登録したギルドに渡してください」
「はい」
こうして、無事に仮入門証の発行を終え、王都に入る事ができた。
「意外とできるんだな、大したもんだ」
王都に入って開口一番にミャールに尋ねた。
「え? さっきの受付けの話?」
「うむ」
「当たり前じゃない! だって私はリーダーなんだから」
「昨夜は練習に付き合わされたからね。あれぐらいやってもらわないと」
練習したのか。たしか昨夜はレオフレフィの魔法習得に付き合うとか言ってたが、そこで練習をしたんだな。ロープレってやつだったか。
なるほど、たしかに練習の甲斐もあって上手くできたと感心してしまうな。俺には無いスキルだ。
「それはバラさなくてもいいじゃない!」
「姉ちゃんだけアスラムから褒められるのって悔しいからね」
「もう!」
また姉弟喧嘩が始まりそうなので、先に行き先を聞いた。
「やはり冒険者ギルドに行くのか?」
「え? あ、行き先ね。本当はそうしたいんだけど、昨日の件で商業ギルドに行きたいの。先に商業ギルドに寄ってもいいかな」
「ああ、構わん」
「ゴメンね、アスラム。じゃあ、僕が場所を聞いてくるよ」
そう言うと、近くの店に走って行くタック。残ったミャールはキョロキョロと周りを見るのが忙しそうだ。
「そんなに王都が珍しいのか? 田舎者みたいだぞ」
「ちょっ! 失礼ね。何か美味しいものが売ってないか確認してただけよ」
「美味しいものって、さっき食ったばっかりじゃないか。まだ一時間も経ってないと思うぞ」
「調査よ、調査。事前に調査しておかないと、後で迷うでしょ」
「いや、別に欲しいものは無いが」
「私はあるの。あなたと一緒にしないでよね」
「そうか」
「そうよ!」
ま、服屋ぐらいは見てみたいとは思ったが、後は別に、だな。一応武具関係と魔道具関係ぐらいは少し見てみるか。
服はデザインがよく変わるからな。武具については期待はしてないが、魔道具には俺の知らないものがあるかもしれんからな。
王都というぐらいだし、そういう店もあるだろ。
「お待たせー! 場所が分かったよ。冒険者ギルドも商業ギルドの近くみたいだ。先に商業ギルドでいいんだよね?」
「ああ」
「だったら、こっちだよ」
タックの案内で商業ギルドに着いた。門から歩く事三〇分。意外と遠かった。
「遠い、というより広いわね、王都って」
「うん、流石に王都だね。ザッツェランドとは比べ物にならないよ」
確かに広いと思う。未だ、王城が遠くに見えるからな。あの王城がこの町の中心だとしたら、向こう側も同じぐらい広いのだろうか。確かに【地図】ではそうなってるのだが、体感してみると相当広いな。町の中と外ではこんなに印象が違うのだな。
しかも、塀はこの王都の町を全て囲んでいるというのだから大したものだな。俺なら塀を作るのに三日は掛かりそうだ。
姉弟が用があるという商業ギルドに入ると、綺麗に磨かれた石張りの広間があって、奥には受付が並んでいた。
受付けは五つあり、一番右は登録受付となっていた。
中に入って三人で立ち止まり周囲を確認する。
一九〇センチオーバーのネコ系獣人♂のタック、一七〇センチのネコ系獣人♀のミャール、一五〇センチも無いフードを被ったままの俺。三人とも革装備のままだ。
周りからは、どう見られているのだろうか。場違いな気がする。
「じゃあ、僕が行って来るね」
俺の心配などお構い無しに、タックが一人で受付けに向かって行った。中々の強心臓だな。
「おい、ここはタックだけでいいのか」
「ここはリーダーには向かない場所なの。タックに任せればいいのよ」
確か、こいつは算術が苦手だったか。それなら行きたくもないか。
タックを待つ間、俺とミャールは壁際に移動した。
「俺はここで登録してもいいんじゃないか? 別に冒険者には拘ってないぞ」
「何言ってんの! 私が拘ってんの! やっとパーティ登録できるんだから、アスラムは大人しく待ってなさい」
あー、なんかそういう話もしてたな。パーティとして登録ができるのが三人以上だったか。俺は証明できるものさえあればどこでもいいんだがな。
「それにアスラムは商売しないでしょ? だったらここで登録する必要はないじゃない」
「ここって商売だけか? 物を売ったりもできるんじゃないのか?」
「売る…ねぇ。どうなんでしょ。でも、売れるからって何を売るのよ。ここで魔物は売れないと思うわよ?」
「そうだな、何が売れるんだ? 宝石か? だったらダイヤ、サファイア、ルビー、ブラックパール、トパーズ、エメラルド、オパール、アクアマリン辺りなら沢山持ってるぞ。あと、鉱石ならミスリルやアダマンタイト、金、銀、銅、オリハルコン、キメラダイト、アレキサンダーライト、プラチナなんかもあるし、素材の方がよければ虹蜘蛛の糸に世界樹の種なんてのもあるぞ。もちろん葉や樹液もな。皮なら各種ドラゴン系の……」
「アスラム…」
「あん?」
「黙りなさい」
「どうした?」
「いいから黙って」
「ああ…わかった」
俺が持ってる物の一部をミャールに教えてやってると、いつの間にか周囲がシーンと静まり返っていた。
どうやら注目を集めていたようだ。周囲からの視線が俺に向いていた。
「なーに言ってんのかしらー、確かにそーゆーのがあればいいわよねー」
棒読みで白々しく大声で話すミャール。
「いや、持ってるぞ」
「あなたは黙ってなさい!」
小声で叱られた。
「少ーし、外の空気でも吸いに行きましょーかー」
ミャールは棒読みセリフを唱えながら、俺の腕を掴み外に連れ出そうとする。
「俺は別に問題ないが」
「あなたは黙って付いてらっしゃい!」
また小声で叱られた。
ミャールは「おーほほほほー」と、変な笑い声を出しながら、俺の腕を引っ張り外に連れ出した。
人目に付かない場所まで移動すると、早速とばかりにミャールが話し出した。
「はぁ~、アスラム! あなた自重って言う言葉を知らないの!」
「ん? 何かあったか?」
「あんな超高級素材ばかり並べ立てたら、超注目を集めるじゃない! あなた、目立ちたくないんでしょ?」
「目立つ…か。そうだな、今はあまり目立たない方がいいだろう」
追っ手の件もあるしな、目立たない方がいいだろう。ミャールも俺が町に入りたがらないのは黒髪黒目以外にも理由があると感じているのだろう。気を使ってくれていたようだ。
「だったら、目立たないようにしてよ。あんな事言ってたら目立つでしょ!」
「だいぶ控えめに言ったつもりだが」
「……」
「見せてやろうか?」
「!!!!」
これだ。と言って五センチ大のダイヤを出して見せた。もちろん俺が加工してカット済みだ。
「!!!!!!」
「これで中の下だな。な、控えめだろ」
「!!!!!!!!」
「俺は無一文だからな、少しはお金を持っておいた方がいいだろ。これがどのぐらいの価値があるかは知らんが、不足であればもっと大きいのを出すぞ。それとも数を出そうか? 百もあれば……」
「ちょ―――――っと待った! ここで出すなー!」
「ん?」
同程度のダイヤを五個出した所で止められた。
一気に出したらカットの違いが分からないだろうと、一つずつ出していたのだが、ミャールからストップが掛かった。
「アスラム! これ一個でいくらするか分かってるの?」
「知らん。銀貨十枚ぐらいか?」
山に行ったらいくらでも採れるのだ。俺が少し加工した手間賃を入れてもそれぐらいだろ。
野盗のアジトを壊滅させた時に、奴らが溜め込んでいたから、参考にして俺も少し採取していた。素材鉱石を採るついでだったが。
今のアスラムは覚えていないが、その頃はまだ召喚前の日本の記憶もあったので、宝石は価値があることは分かっていた。いつの日か、億万長者になれる日を夢見て、大量に採取した事もあったのだ。
が、召喚後には売る機会が一度も無かったし、アスラムになった今では装飾品というぐらいは覚えているが、どれぐらいの価値があるかも覚えていなかったのだ。
「あんたバカー? このダイヤが銀貨十枚で買えない事ぐらい、鑑定できない私だって知ってるよ! もっと常識を覚えなさい!」
うぐっ、また常識か。この言葉を聞くと、ダメージを食らうようになったのはいつからだ。逆にバカと言われると、少し回復した気がしたのは気のせいか?
今俺は、苦痛と恍惚の混ざるような表情をしている気がする。
そんな俺を見て、勘違いをしたミャールが心配そうに話し掛けてきた。
「いつもはポーカーフェイスのあなたも、そんな顔をする事もあるのね。ごめんなさい、少し言い過ぎたわね」
「い、いや、俺の方こそ悪かった」
珍しく謝ってくるミャールに戸惑い、何が悪いのか分からないまま俺も謝ってしまった。
「仕方が無いわね。確かにアスラムの言う通り、無一文は可哀想よね。その出した分だけなら売ってもいいわ」
「ん? いいのか?」
「ええ。だって、売らないと無一文のままだし、いくらで売れるかも分からないでしょ? 私にだって分からないし。ただし! 私も一緒に付いて行くからね」
「ああ、頼む」
俺は対人スキルが乏しいからな。ミャールに付いて来てもらえると助かる。
簡単に許可してしまったミャールだが、ミャールもアスラムが出したダイヤがいくらで売れるかは分かってない。
高いのは知っているが、金貨より上の硬貨は見た事も無いのだ。実際、彼女は金貨十枚ぐらいだと予想していたのだった。




