12 第10話 姉弟の屋台
夕食中に、今日のオーク肉販売について姉弟が話してくれた。
王都の入門のための列は毎日長蛇の列となる。待ち時間としては早い時で一時間、長い時には半日待たされる時もある。毎日の事なのに、改善はされないようだ。
待ちの列は塀沿いに二列になって待つ。塀側が商人などの荷物が多い人達が並び、その外側に一般の人が並ぶ。
入門審査がスムーズに行けば、こんなに待たされる事は無いのだが、毎日トラブルがある。それは一般では身分証明書に関する場合に多い。
この世界の身分証明書には犯罪履歴が自動的に記入される。それは重犯罪だけなのだが、記入されている犯罪履歴が自分では確認できないためだ。
それ以外の、名前、年齢、種族、職業、は自分で確認できるが、それ以外は特殊な魔道具を使用しないと確認できない。
発行されるのは各町の役所で市民カードが発行される。が、小さな村などには役所が無く、待ちの役所で発行するか、各種ギルドのいずれかに登録し、ギルドカードを発行してもらい、それを身分証明書として使うのが通例となっている。そのため身分を証明するカードを持っている者は多く、仮入門証で入門する者は意外と少ないのだ。
各種ギルドで発行される登録カードにも市民証と同じく犯罪履歴の項目があり、これもまた自分では確認できない。
確認もできない、誰も記入しないものがどうやって記入されるかというと、魔石が無い者に攻撃をした時に犯罪履歴が記入されるのだ。
魔物は魔石を体内に持っていて、人間は体内に魔石を持たない。そして、魔石を持たない者に対して攻撃をした場合、犯罪履歴に記入されるのだ。それは喧嘩でも同じように記入される。物理攻撃でも、魔法攻撃でも、毒を仕込んだり罠を仕組んだりしても犯罪履歴に記入される。例外としては犯罪幇助がある。こればかりは自動で記入される事は無い。
他に例外としては、窃盗や密入、違法奴隷売買の買う側など記入されないものは、手動で担当の係官が記入するのだ。
それで、長蛇の列の原因が、この自動記入にある。
ただの喧嘩でも記入されるのだ、それを入門審査で確認されれば事情聴取が詰所で行なわれる。そして、犯罪に関わりないしと認められれば、その場で担当係官が魔道具を使って履歴を消去する手筈になっている。もちろん有罪ならそのまま連行されて牢獄に繋がれる。
その無罪でも事情聴取される者が多いため、入門審査が長引き長蛇の列を作ってしまうのだ。
「このへんでいいわよね」
「そうだね、僕は焼くだけだからどこでもいいんだけど、あまり後ろの方じゃ無い方がいいよね」
入門の為にならぶ長蛇の列にやって来て、計画通りオーク肉ステーキの販売の場所を決めた姉弟。
門から二キロほど離れた場所を拠点とすると決めた。
弟タックは列を作っている塀とは逆の向かい側の街道脇に収納バッグからテーブルを出した。ここなら街道には出ていないので、通行にも邪魔になら無いという判断だった。
テーブルには魔道コンロとフライパンなどの調理器具を出して並べた。いずれもアスラムから料理アーツがMaxになったお祝いに譲り受けたものだ。
魔道コンロにフライパンを乗せ、横にはまな板と食材になるオーク肉の塊と包丁。あとは調味料各種を取り出し準備完了。
味は得意の一種類だけ。塩コショウとガーリックに香草を入れたものだけだ。ソースも使わない、基本は肉の素材だけでの勝負だ。
肉の素材も自信がある。あのアスラムが、ミンチに回さず食材と認めたオーク肉の塊なのだ。自身が無いわけがない。
そうしてオークステーキを焼き始めると、出来上がりを持って姉ミャールが行列に向かい宣伝を始めた。
「オーク肉~、一枚で銀貨一枚でーす! いかがですか~。最高に美味しいですよ~……ジュル」
ミャールはすぐに戻って来た。
「あれ? 忘れ物?」
「……いいえ。タック、これは罠よ」
「え!? 何があったの?」
「あまりにも美味しそうで売りたくないの」
「えー?」
「だからね、タック。食べてもいい?」
「何言ってんだよ姉ちゃん! さっき食べてきたばかりじゃないか! ちゃんと売ってきてくれよ!」
「無理よ! こんなに美味しそうなもの、なんで人に売らなきゃいけないのよ! 絶対、私が食べるの!」
「はぁぁぁぁ、余分にはあるから食べていいよ」
「ホント!?」
「でも、それを食べたら、ちゃんと売りに行ってくれよ!」
「当たり前じゃな~い。タックありがとうね」
「ちぇ、ホントちゃんとやってくれよな」
「タック、おかわり~」
「え? もう?」
結局、ミャールは十枚のオークステーキを完食した。
しかし、それが功を奏したのか、客が集まって来たのだ。何枚も焼かれるステーキの肉の匂い。肉の匂いにガーリックと香草の匂いが混じり、美味しそうな匂いが辺りに漂う。
匂いの元を発見すれば、焼いている隣で、それはもう美味しそうに食べるミャールがいる。
ゴクリと生唾を飲みこむ音が連呼する。
「兄ちゃん、それ一枚いくらだい?」
勇気あるお客さん第一号がやって来た。中年の人族だった。
「は、はい、銀貨一枚です」
「おお! その厚みでその値段なら安いな! いや、店を構えてないからそんなもんか。よし、一枚くれ」
「は、はい! ありがとうございます」
「それはここで食えるのかい?」
「あ、は、はい! 大丈夫です。すぐに用意させますから!」
その場で食べるか持ち帰りにするかは全く想定していない二人だったので、「ここで食えるのか」の一言にタックは慌ててしまった。
「姉ちゃん! すぐにテーブルと椅子を用意して!」
「無理ー。今、私ものすごーく忙しいから」
「忙しいって食ってるだけじゃん! ホントにもう」
タックが収納バッグから更にテーブルと椅子を出し、客を案内し座ってもらった頃には肉が焦げていた。
「しまったー! すぐに焼きなおさなきゃ」
「タック、焦がしちゃったの~? それは売り物にはならないわよね。だったら私がたべちゃおーっと」
焦げたステーキをさっと自分の更に奪い取るミャール。
これも実はファインプレーだった。焦げた匂いというのは食欲を減退させる。ミャールが焦げた肉をさっと取る事によって、焦げた匂いが広がるのを防げたのだ。
焦げた原因がミャールの怠慢なので差し引きプラマイゼロなのだが。
「確かにお客さんには出せないけどさぁ。姉ちゃんも働いてくれよ!」
「あ、またお客さんが来たみたいよ。話してる暇があったらさっさと焼きなさーい」
「あ、ホントだ! これは早く焼かないと」
そう言ってタックは焼き直しの肉をフライパンに乗せると、魔道コンロとフライパンを更に二セット出した。
それからは笑えるほど売れた。客に切れ目が無く、次々とオークステーキが売れていくのだ。テーブルは四人掛けが二組しかないのに、待ちきれずに地面に座って食べる人が出る始末だ。
テイクアウトの場合は、皿を持ち出すことになるので、銀貨二枚に設定変更をした。皿を返してくれたら銀貨一枚返金する事にし、その担当はミャールがしている。
流石にミャールも、この忙しさを見て怠けられるほど強心臓ではない。焼けたオークステーキを運んだり、会計をしたり、皿洗いをしたりと、焼く以外の方が仕事が多いぐらいだった。そんな中、金額設定のオークステーキ一枚で銀貨一枚が何よりの救いだった。これならミャールでも間違う事が無かったからだ。
タックにしても焼くだけではない。オーク肉は塊なので、一人前に切り分けなくてはならない。
その解体ショー的な切り分け作業にも見物人が集まり、オークステーキは更に売れていった。
昼前には見回りの兵士が来て、許可は貰っているのか。と聞かれたが、許可など貰ってなどいない二人はお慌てだ。捕まるのか、牢獄行きか。と慌てたが、兵士が袖の下をちらつかせたので、事なきを得た。
姉弟には袖の下など分からなかったのだが、兵士が要領を得ない姉弟に痺れを切らし、オーク肉で手を打ったのだ。
次の見張りにも差し出すようにと捨て台詞を残し、見張りの兵士は去って行った。
問題はもう一つあった。すぐにどうこう言うのではないのだが、一人の商人が残して行った言葉だ。
「屋台を出すにも商業ギルドに登録しないと罰せられますよ。今日は知らなかったようなので、近日中にどこかの町、もちろんこの王都でも構わないのですが、商業ギルドに行って登録をし、今日の売り上げを申告すれば大丈夫だと思いますがね。このステーキが美味しかったので、ご忠告させて頂きました。問題なく登録できれば一度商談させてください」
と、姉弟には理解できない謎の言葉を残して行った。
理解できるキーワードは商業ギルドと罰。罰は困るので商業ギルドに行こうと誓う姉弟だったが、申告の意味が分からない。
だが、行かずに罰せられるのも困るので、商業ギルドには必ず行こうと決めた二人だった。
三時頃には皿が無くなりかけ閉店準備を始めたのだが、自前の皿を持ってくると食べられると分かると、閉店できなくなってしまった。
この行列に並んでいる人達は旅をして来ているのだ。一番近い町でも馬車で三日は掛かる。食器ぐらいは全員が持っているのだ。
予定より閉店だ遅くなり、閉店した時には、オーク肉の塊が五体分無くなっていた。
一体でだいたい三〇〇人分は取れるので、単純計算で一五〇〇人分は売り上げた事になる。銀貨一五〇〇枚、金貨にして十五枚だ。
それ以外にも皿も百枚売れてしまったが、元金はゼロ。道具や器具はアスラムが出したものだし、肉は自分達で獲って解体したものだ。売上金がそのまま儲けとなった。
本来の目的はアスラムの入門料を稼ぐ事だった件は、すでに姉弟の中からは無くなっていた。
「ふ~、やっと終わったね」
「もう、こんなに忙しいとは思わなかったわよ。もうやらないからね!」
「僕は楽しかったよ。あんなに沢山の人が、僕が焼いた肉を美味しいって言ってくれるとは思わなかった」
「そ、そうね、確かにそれは言えてるわね」
「それにさ、焼いても焼いても無くなって行くんだよ? これって本当に僕の作ったステーキを美味しいって思ってもらえてるって事だよね? 忙しかったけど、初めてで困る事も多かったけど、やり切ったーって感じがあるんだ」
タックは両手を突き上げ、笑顔でやったーを表現した。
「そうね、私もそうだわ。うん! 私もやり切った!」
ミャールも両手を上げて笑顔になる。
「そうだよね、僕達は頑張ったよね!」
「うん、頑張ったわよ!」
「これでアスラムに褒めてもらえるよね!」
「べ、別にアスラムは関係ないんじゃない? あんな非常識男なんて」
「今回でもアスラムがいなかったら、僕たち何もできなかったんだよ? そのお返しに頑張ったんだけど、やっぱりアスラムに褒めてほしいよ」
「そりゃ、私も恩には感じてるけど、それとこれとは違うでしょ。だいたいアスラムと来たら常識が無さ過ぎるのよ。今日だって、あんな頑丈な皿を作るから、皿だけを売ってくれって来られてどうしようかと思っちゃったわよ」
「確かに、この皿はおかしいよね」
この世界では鉄か木の皿が一般的だ。陶器の皿は無いのだが、今回のアスラムのように土魔法で造形される皿はある。だが、肌触りも悪く脆いので使い捨てとして使われる程度のものだ。それがアスラムの作った皿だと、形も均一で肌触りも良い。見た目も綺麗で頑丈と来れば、金貨一枚でも売ってほしいと現れる者がいてもおかしくない。実際、今日も金貨一枚で売ってくれと来た者があった。
皿一枚で金貨一枚など、姉弟には怖くて売れなかったので、一枚だけという事で、銀貨一枚で売ってあげた小心者の姉弟だった。
「それで、姉ちゃん。銀貨は何枚集まったの?」
「……」
「姉ちゃん?」
「タックも中々嫌味を言うようになったのね。そういう子に育てた覚えは無いわよ!」
「僕も姉ちゃんに育てられた覚えはないけど。どっちかって言ったら、僕が姉ちゃんを育ててる気がするよ」
「お黙り! 私が百以上数えられないのを知ってて言ってんでしょ!」
「今、かなり盛ったよね。姉ちゃんは、十を超えると計算できないじゃん!」
「それは算術の話! 百までは数えられるわよ」
どっちもあまり変わらないとは思うが、話が長くなりそうなので反論しないタックであった。
「だったら百枚以上の銀貨を持ってるって事?」
「そうね」
「凄いじゃん!」
「そうね!」
「もしかして、僕たちって大金持ち?」
「そうかも!」
「「お――――――!!」」
雄叫びを上げて抱き合う姉弟だった。
「それで、何買って食べる?」
「姉ちゃんは食う事ばっかりだな。他に無いの?」
「無いわ」
「それってちょっと寂しくない?」
「だって、装備はアスラムに貰ったものがあるし、他に何に使うのよ」
「そうだね、この装備だって、たぶん凄っごく高いと思うんだ。その分だって稼いで返したいと思ってるんだよ」
「あげるって言ってるんだから、素直に貰っておけばいいのよ」
「そんなわけには行かないよー。明日、王都に入ったら素材を売って……そうだ! 王都に入るんだった!」
「あ……私達って、そのためにステーキを売ってたんだっけ」
「そうだよ姉ちゃん! 銀貨五枚だけでよかったんだよ!」
「「……」」
顔を見合わせ、口をパクパクさせる姉弟だった。
やっと、今回の目的を思い出したようだ。
「帰ろうか、姉ちゃん……」
「そうね、帰りましょ……」




