11 第09話 馬車を牽く魔物
蜘蛛の子を散らすとはよく言ったものだ。森に入る者はいなかったが、全員がバラバラに逃げた。
おかしい、常識通りのはずだ。仕方が無い、強制収用だ。これ以上時間を掛けると姉弟が帰ってくる。
「おい、あの左側の奴から追いかけろ。追いついたら俺が収容するから、こちらから順に追いかけろ」
「ガウガウ」
魔獅子は返事? をすると、すぐに追いかけ始めた。
おぅ、これは来るな。車輪も木だからクッションが悪すぎる。
重力魔法で馬車を少し浮かせると荷台の上は静かになった。相乗効果で魔獅子の速度も上がった。車輪の抵抗が無くなったのだから、牽くのも楽になっただろう。
すぐに一人目に追いつき、俺が馬車の荷台から引っ張り上げる。首根っこを掴んでぶっこ抜きだ。
「ほい!」
ドン
「いや――――……ふえ?」
「次々乗せるから、なるべく後ろに座れ」
「へっ? ……は、はいーっ!」
魔獅子が速いので次々と追いつき、俺が次々と引っ張り上げた。所用時間十分。無駄に時間を食ってしまった。
全員を収容すると、安全だと理解できたのか、女性たちは大人しく荷台に乗っていた。
そんな彼女達に、時間が掛かるからこの魔物が牽く馬車で移動する事を説明すると、全員が無言でコクコクと肯いていた。
「無駄に時間を食わせやがって。これで奴らに文句を言われたらお前達のせいだからな」
(((お前のせいだよ!!)))
女性陣の心が一つになった瞬間だった。
魔獅子は速かった。俺程ではないがこれだけの人数が乗った馬車を牽いても時速四〇キロは出てるのではないだろうか。
荷馬車は俺が重力魔法で浮かせれるから、牽いててもそう重さは感じないはずだ。
乗ってる俺達もバウンドしなくて快適に移動ができている。
同乗の女性陣も何か言いたそうだが、大人しく乗っている。
時折「このまま飛び降りると楽になれるかな」などと呟いているようだが、俺の耳までは届かなかった。
何を言ってるか分からない呟きに、快適な移動でお礼でも言いたいのだろうと敢えて聞かないことにした。ま、聞かずともそれぐらいは分かってるがな。
本来なら二時間以上は覚悟していたが、三〇分と掛からず元の場所まで辿り着いた。
到着前に報酬の話を女性陣とした。
討伐部位だったゴブリンの耳は俺が全て頂く事になった。それ以上は今は何も持ってないので王都まで連れて行ってくれればお礼は支払うと言ってくれたが、それは断った。別にお金には興味が無い。俺は町で住もうとも思ってないからだ。
それよりも欲しい報酬がある。それを聞いてもらわないと助けた意味が無い。
「討伐部位については有り難く頂こう。その上で、俺からの要求は一つだけだ。今から帰ってくる姉弟に、俺は常識人だったと伝えるだけでいい」
!!!!!!
全員、声も出せないほど驚いて目を丸くする女性陣。背筋もピンと立ってしまっている。
「ダメか?」
全員がブンブン首を振る。声は出てない。
「いいのか?」
全員でコクコク肯く。やはり声は出てない。
「そうか、ありがとう。それさえ言ってくれれば帰ってくれていい。王都はあそこに見えてる」
全員で目を細めるが王都が見えたという声は上がらない。
「それとも全員でこの馬車で送ってやろうか」
ブンブンブンブンと全員が首を振る。さっきからアスラムの声しか聞こえない。
「そんなに遠慮しなくてもいいのだが。俺もそれぐらいの常識は持ってるつもりだ」
全員が勘弁してくださいと土下座をしてしまった。もちろん声は出ていない。
「そんなに何度もお礼を言わなくてもいいんだぞ」
土下座を丁寧なお礼と思い、満足気なアスラムだった。
「お、帰って来たな。みんな頼むぞ」
コクコクと肯く女性陣。もう声を出す事を忘れてしまったようだ。
「アスラムー」
「アスラムー、ただいまー」
馬車の荷台は王都の方に向いてるから姉弟が帰って来るのが良く見える。
「はぁはぁ、やったよ、私! さすがリーダー!」
「はぁはぁ、何言ってんだよ。僕が焼いたオーク肉が美味しいと評判になったからじゃないか」
「いいえ、リーダー作戦のおかげよ!」
どうやら姉弟のオーク焼肉屋さんは上手く行ったみたいだ。
「そうか。報告の前に、まずはこっちの話を聞け」
「そうそう、気になってたんだけど、この人達は何? 一体どうしたの?」
「全員女性だね。もしかしてアスラムがモテるって言いたくて連れて来たの?」
「俺から言うより、彼女達から話してもらおう。頼む」
一人の女性に頼むと促した。
促された女性は、スタッと荷台から飛び降り姉弟の前に立つと超早口で姉弟に話し始めた。
「この方は常識がありました! ではさよならー」
言うだけ言って、王都に向かって走って行った。
「「え?」」
二人目の女性も荷台から飛び降りると、姉弟の前で「常識、さよなら」と超早口言葉で話して逃げるように王都に向かって走って行った。まるで自分が常識に別れを告げた言葉だった。
「「え?」」
三人目、四人目と続き、最後の何人かは纏めて同じ行動をして、十三人全員が王都に向かって走って行ってしまった。
誰からも「ありがとう」や「助かりました」という言葉は出なかった。
「「……」」
何が起こったか分からず、呆然とする姉弟。
「どうだ」
「「なにが?」」
ドヤ顔の俺に、訳が分からんと質問する姉弟。
「一体なんだったの?」
「あの人達はどこの人なの?」
「まぁ待て。今から説明してやる」
移動中に見つけて助けてから、ここに来るまでを、事細かく説明してやった。
もちろん常識人だと言えと言った事は言ってない。
「じゃあ、あの人達って攫われそうになってた人達なの?」
「だったらなんでここまでなの? 王都まで連れて行ってあげればいいのに。可哀想じゃない」
「い、いや、それは断られた」
「「なんで!」」
「馬車の乗り心地は最高に良かったはずなんだが……」
「そう! この馬車も気になってたのよ。何でこんなものがあるのよ!」
「これって馬は?」
タックの言葉で馬が気になった二人は牽いてる馬に注目した。魔獅子は寝そべっていたので荷台の影になっていて見えなかったのだ。
森の中なら周辺警戒していて気が張っているのだが、森の外だし、さっきまで女性達がいたので二人とも無警戒で魔獅子の気配に全く気付かなかったのだ。
魔獅子自身も、アスラムに怒られないように気配を断っていたせいもあるのだが。
「キャーッ! なにこの魔物!」
「うわっ! ホントだ! いつからいたの? 全然気付かなかったよ!」
「ねえ! アスラム。この魔物はなに!」
「魔獅子だ」
「そんな事聞いてない! なんでいるのって聞いてるの!」
「テイムしたからだ」
「テイム?」
「姉ちゃん、テイムって自分の従魔にしたって事だよ」
「アスラムそうなの?」
「ああ」
「そのテイムした魔物が牽く馬車であの人達を乗せてきたの?」
「……ああ」
「はぁ~。やっぱり常識をもっと教えなきゃ」
「はぁ~。そうだね、僕もそう思うよ」
……どこが常識じゃないんだ? 快適で速い馬車だぞ?
「さっきの女性達も常識があると……」
「あんなのアスラムに言わされてたんでしょ! バレバレじゃない。せっかくリーダーの私があなたのために稼いでたってのに、あなたは何やってるのよ!」
「どっちかが一緒にいないとダメみたいだね」
凄くダメージが入るんだが、お前達はいつの間にそんなに強くなったんだ。
「で?」
「なんだ?」
「この魔物はどうするのよ」
「馬車を牽かせるには便利だと思うぞ。速いし」
「どこの世界にこんな凶暴な魔物に牽かせる馬車があるのよ! 速いしじゃないわよ!」
「まぁまぁ姉ちゃん。でも、アスラム、この魔物は町には連れて行けないよ」
「なに!」
「当たり前じゃない! こんな魔物を連れて行ったら、すぐに軍隊が出てくるわよ! まったく常識知らずにも程があるわよ」
「そうか……だったら殺すか」
「ガウ!?」
ビクっとなるレオフラフィ。その目は驚きで大きく見開いている。
「「……」」
アスラムの言葉に意表をつかれ、押し黙ってしまった姉弟。
「いい経験値になると思うぞ」
「ガウガウガウガウ!」
首を大きく何度も振り、全力で否定するレオフラフィ。
「そんなの可哀想でしょ! 従魔にしたんなら最後まで責任持ちなさい!」
「ニャ~ン」
フォローしてくれたミャールに擦り寄るレオフラフィ。
「そ、そうか……」
「でも、こんなの飼えないよ。姉ちゃんどうする?」
「そんなのアスラムに任せなさい! 私にだってどうしたらいいかなんて分かんないわよ!」
「だって。アスラム、何とかできる?」
「まぁ、できなくはないな」
「どうするの?」
「この森に放置して必要な時に呼び出す。少し力を与えておけば、この森ぐらいなら主になれるだろう」
「そんな事ができるんだ。アスラムのそういうとこは凄いんだけどなぁ」
「そうね、ホントそういうとこだけは凄いのよね」
そんなに“だけ”を強調しなくてもいいぞ。
「あ、そうだ姉ちゃん。さっきの人達って普通の人達だったよね。王都まで遠いから大変なんじゃない?」
「確かにそうね。タック、あなた護衛に付いて行ってあげなさい。私はこの魔物をどうするか見張ってるから」
「うん、わかったよ。じゃあ行って来る。後は頼んだよ、姉ちゃん」
タックも心配だったのか、そう一言付け加えて女性達を追いかけて行った。
残された俺は、非常に重苦しい雰囲気に苛まれていた。
どこからおかしくなったのだろう。俺は襲われてる女性達を助けただけなのだが……
「それで、この子の名前は?」
「え?」
「この魔物の名前はって聞いてるの!」
この子って…こいつの大きさを見て言ってるのか? タックの何倍あると思ってるんだ。年だって、前の世界の分を足しても俺より年上だぞ?
でも、今は言わない方がよさそうだな。
「名前は無いが……」
「だったら付けてあげなさいよ。名前を付けると愛着がわくから殺すなんて言わなくなるんじゃない?」
「そ、そうか?」
「そうよ」
「そんなもんか。よし、だったら……タマだな」
「却下」
「え? では、デビルレオ?」
「却下。それって種族名じゃないの?」
「そうだが」
「全然却下よ! もっと真面目に考えなさい!」
俺は至って真面目なのだが……
幾つか候補をあげたが、全てミャールに却下された。
「もう分からん。お前が決めろ」
「え~、いいの~。だったらねぇ、この子は森の王者になるのよね。だったらレオは外せないでしょ。この子って毛がふわふわだから…フラフィで……決めた! この子の名前はレオフラフィ! レオフラフィでいいわよね?」
「ガウガウガウガウ~♪」
もうミャールがこいつの主でいいんじゃないか?
「それで、どうやってレオを強くするの?」
「レオ? レオフラフィではなかったのか?」
「愛称よ、愛称。ね、レオ」
「ガウガウ~」
お前ら相性が良さそうだな。
「それでどうやるの?」
「うむ、魔物というのは魔石が大きい方が強い。偶に例外はあるがだいたい強い魔物は大きな魔石を持っている。だから魔石を与えて体内の魔石を大きくしてやるんだ」
「えっ! そんなのできるの? 魔石って食べれるの?」
「普通は食えない。が、俺が食えるようにしてやるんだ。そして、体内の魔石と融合させて魔石を大きくし、こいつを強くしてやるんだ」
「へ~、アスラムって、ホントそういうとこだけは凄いよね~」
だけは余計だ。
「これには付加効果もできる。魔石に魔法属性を付与してやる事でこいつが使えなかった魔法を使えるようにもしてやれるんだ」
魔石の属性をそのまま使う事もできるがな。と追加情報も教えてやった。
「そんな事もできるんだ~」
感心するミャール。その背中で俺から隠れるようにミャールにじゃれるレオフラフィだった。
こいつは、一切俺とは視線を合わせないな。俺がお前の主なのだがな。
どれだけ変わったか分かるように、先に現在のステータスを確認しておこう。
名前 レオフラフィ ♂ 284歳
レベル 88
種族 魔獣(魔獅子)
状態 正常
HP 5534/5534 MP 3003/3003
攻撃力 5656 防御力 3883 速さ 6003
器用 2333 賢さ 4435 運 155
スキル 【察知】【隠蔽】
アーツ
適正魔法 風・闇
ユニークスキル
称号 アスラムの従魔
ふむ、この森だと上位クラスだが、最上位でもないというところだな。
魔物は装備をしないからな、装備での強化が出来ないのが残念だ。そういう点では人間が有利だな。
さて次は強化か。まずは、魔石が吸収できるように【調教師】スキルにある餌を食べやすくする『フィーディング』と、付け加えたい魔法だな。こいつは火・水・土の魔法を持ってないから、まずはそこからだな。
『フィーディング』と『火魔法』を『合成魔法』で合体させて、『付与魔法』で魔石に付与する。それをこいつに飲ませれば……【鑑定】、よし、火魔法が追加されたな。
属性魔法を付けるには、屑のような小さな魔石で構わないが、強くするには大きな魔石でないと効果が薄いからな。
屑魔石でも数をやればいいか。屑魔石が相当余ってるからな。在庫処分という事で、俺も頑張って用意してやるか。
結果。このようになった。
名前 レオフラフィ ♂ 284歳
レベル 88
種族 魔獣(魔獅子ロード)
状態 正常
HP 9770/9770 MP 8732/8732
攻撃力 9988 防御力 7990 速さ 9989
器用 3699 賢さ 6601 運 201
スキル 【察知】【隠蔽】【ブレス】【弾丸撃】
アーツ
適正魔法 火・水・風・土・氷・雷・闇・回復
ユニークスキル
称号 アスラムの従魔
ちょっと頑張りすぎたか? だが、人間を襲わないように言い含めておけば問題ないだろう。
この方法が姉弟にも使えれば楽なんだが、人間は体内に魔石を持ってないからな。
「ちょ、ちょっとアスラム? レオの顔が変わってない?」
「そ、そうか?」
「そうだよ、絶対変わってるよ。なんか模様も変わってるし」
「種族にロードが付いたからな。それが原因かもしれん」
「ロード!? それって上位種になったって事?」
「そ、そうだな。少し頑張りすぎたかもしれん」
「はぁ~。今回はレオだからいいけど、次からは自重しなさいよ」
「いいのか?」
「だって、この子に死なれちゃ可哀想だもん。この森の主にさせるんでしょ? だったら強い方がいいに決まってるじゃない」
「いいのか……よし、ならば」
「この子だけって、今言ったよね!」
「……」
「まったく、これだから……はぁ~」
魔改造は、いい場合と悪い場合があるのだな。覚えておこう。
「では、レオフラフィに命令する。この森の主となり、森を通る人間を保護しろ。死ぬ事は許さん、その為にも回復魔法も付けてやった。まずは回復魔法を覚え次第、森に入り主を目指せ」
「ガウガウー!」
レオフラフィはやる気とばかりに綺麗な姿勢で座り、返事をするのように答える。
耳を垂らし、尻尾もゆっくりだが、大きく左右に振られている。小さくゴロゴロと喉が鳴る音も聞こえてくる。
【一指回復弾】
指先に小さな白い球体が出ると、そのままレオフラフィに向かい、白い球体がレオフラフィを包む。
上手く回復魔法が発動できたようだ。
【回復魔法領域】
今度も先程と同様に、指先に白く小さな球体が出ると、俺を中心に直径十メートルまで球体が大きくなった。
球体の範囲内にいる全員を優しい光が包み込む。エリア型の回復魔法も上手く発動したな。
見本の回復魔法を体験させてやった。
「これが回復魔法だ。まずはこれを覚え、自分が回復できるようになれ」
「ガウー!」
「簡単な魔法だから、リミットは明日の朝までだ」
「ガウ!?」
「できなければ従魔契約解除だ」
「ガウ!!!!」
「わかったな」
「ガウガウガウガウ」
コクコクと肯くレオフラフィ。どうやら意思疎通はできたようだ。
夕食の用意を始めると、ちょうどタックも戻って来て、料理の用意に混ざった。
タックが姉弟の分を作る。俺は俺の分だけ。酷いように思えるかもしれないが、これでいいんだ。
俺がする調理をタックが横で見て覚える。そして自分なりに味をアレンジして腕を上げて行く。
俺は毎食違う料理を作る。タックもそれを真似る。そうしてレシピも増えて行き、熟練度も上がって行く。
決してこいつらの食う量が多くて面倒がってるわけではない。いつまでも一緒にいるのではないのだから、自立できるようにさせてるだけだ。
それに、どうせこいつらは何度もお替りをする。最後はいつもタックがステーキを焼いて締めの料理として何枚もオークステーキを食うのだから、熟練度アップにもなっててちょうどいいのだ。
料理もそうだが、熟練度はやるだけ上がる。やらなければ上がらない。だからドンドン料理をすればいいのだ。料理アーツも更に使い続ける事で料理スキルに変わる場合もあるのだから。




