10 第08話 救出劇
俺は、姉弟が稼いでる間、大人しく留守番しているはずもなく、気になる点があったので確かめるために移動している。
行きは走らなければならないが、帰りは【地図】の能力にある【地点登録】があるので一度行った地点は転移魔法で戻って来れるから時間はそう掛からない。アスラムの屋敷にも戻ろうと思えばいつでも一瞬にして戻れるのだ。
で、俺が何処へ向かってるかと言うと、北の山脈だ。
アスラムの屋敷のあった町は領主の名前でもあるザッツェランドという名前の町で、現在地点より西にある。姉弟と通り抜けて来た森は、王都とザッツェランドを分断するように存在していた。
位置的には森を中心にすると、西にザッツェランド、東に王都、北に山脈があり、南には平原が続いていて町もたくさん存在する。ただ、森が南に長く延びているため、南の平原に辿り着くには馬で三週間は飛ばさないと到着できない。ザッツェランドから王都に向かう一番安全なルートだが、最低でも一ヶ月半以上は掛かるルートだ。
これが、俺の【地図】スキルで確認できた範囲だが、【周辺探索】を合わせた時に気になる反応が山脈に確認できた。
龍がいたのだ。
この反応からすると眠ってるようだが、見逃す手は無い。龍は食っても美味いが、経験値的にも美味い。だったら見逃す手は無いだろう。俺は喜び勇んで山脈へと足を向けた。
恐らく今のアスラムのステータスなら、二時間も掛からず辿り着けるだろう。
山脈に向かい始めてから十分程経った頃、森の浅い部分から人が大勢いる気配を感じた。
このまま走り抜けてもスピードがあるため誰だか判別されないかもしれないが、今はまだ追っ手の事もあるので目立たない方が得策だろうと速度を緩めた。俺は姉弟が言うほど非常識では無い、いや正しい常識を持っていると思っている。
だから今も時速四〇キロ程にスピードは緩めたのだが、どうやら大勢の気配は野盗っぽいので粛清してやろうと観察しているのだ。
【隠密】を使い気配を断った。そして森に入り集団に近付いた。
どうやら乱戦中のようだ。
汚い格好のおっさん達が二〇人程だろうか、それに連れられる綺麗な女性達が一〇人強。そして、その女性達を奪おうとしてるのか、ただ襲ってるだけなのか分からないが、ゴブリンが三〇匹。その遠巻きに狼の魔物と猿の魔物が控えている。
状況を見る限り、人間達に未来は無いな。
戦闘が始まってすぐという感じではない。既に倒れているおっさんもいれば、ゴブリンも多数転がっている。連れ去られようとしている女性も何人か見受けられる。
これはすぐに手を出した方がよさそうだ。だが、折角手を出すのだ、何か見返りが欲しいものだな。
……そうだ、いい事を思いついた。うむ、これはいいかもしれん。
考えが纏まった所で行動を開始した。
まずは純粋な物資の報酬として狼と猿の魔物の魔石を回収だな。
【十指爆】
【十指爆】
【十指爆】
【十指爆】
【十指爆】
【十指爆】
【十指爆】
指先に十個の小さな炎が現れるとすぐに魔物に向かって放たれる。間髪入れずに七連射した。少し過剰気味だが、確実に倒す方が重要だ。
ふむ、黒狼と森狒々はこれでいい。魔石を回収しながら女性を連れ去ろうとしてるゴブリンを倒しておくか。
【五指風穿孔】
【五指風穿孔】
指先に渦巻く小さな風の球が浮かび上がるとすぐに指先から離れて行く。二連射もやれば十分だな。
ふむ、これでいいだろう。女性も腰が抜けて動けないようだし、後で回収しよう。周りには他に魔物もいないようだし、魔石の回収を先にしてもよさそうだ。
魔石の回収はすぐに終わり、先にゴブリンの後方に位置取った。腰を抜かしてる女性に危険は無さそうだし、後でいいだろう。
ここからは刀の方がいいか。
ゴブリンを斬ったり突いたりして倒すと共に魔石を収納。『黒丸刀』の能力である『収納』を駆使し、斬る即収納、突く即収納を繰り返し魔石だけを回収した。
ゴブリンの死体は回収しない。食べられないので後で纏めて焼く予定だ。ついでに野盗達も斬り捨てる。
こいつらは大した装備も身に着けてないから、そのままゴブリンと一緒に焼いてやろう。
全てのゴブリンと野盗を倒すまで十分と掛からなかった。
さて、先に女性達を一纏めに集めるか。
「……」
「……」
「……」
「……」
女性達の前に立ったはいいが、こういう時って何と言って声を掛けるものなのだろうか。
フードも被ったままだから、怪しがられているのかもしれない。だが、フードを脱ぐわけにもいかないし……
向こうから話し掛けられるのを待つか…いや、それだとあの姉弟に俺が常識人だと分からせる事ができない。ここはこちらから……
「あの……」
「ひ、ひゃい!」
しまったー……意表を突かれて声が裏返ってしまった。
「あなたは……」
「お、俺か? 俺は常識人だ」
「は? ……」
「……」
「……」
「い、いや、間違えた。先にあっちの人を連れて来るから、そこで待ってろ」
くぅ…対人スキルがほしい……
放置していたゴブリンに連れ去られようとしていた女性を迎えに行くと、一人は足首の捻挫、一人は腰が抜けて立てないようだった。
仕方が無いので、俺が二人を両肩に担いで女性陣が集まっている所まで運んで戻った。
俺が女性二人を担いで戻ると、集まっている女性達は沈黙したまま俺を注視する。
「うぐっ……あ、歩ける者は付いて来い。一旦、森の外まで出る」
これだけ沢山の視線を浴びるのは精神的にダメージを受けるのだな。魔物退治の方がずっと楽だ。
森の外まで出ると、二人を降ろし、念のため【周辺探索】で周囲を確認した。
周辺には何もいないようなので、後ろから付いて来る女性を見るが、誰も付いて来ていない。
【周辺探索】で分かっていた事だが、何か理由があるのだと戻って確認すると、何人かの女性が野盗の武器を取り、ゴブリンの耳を斬っていた。
「何をしている」
女性達が全員俺に振り向いた。
うぐっ、全員が見なくていいんだ。呼ばれた奴だけ向けばいいんだぞ。
「はい、見たところあなたは冒険者ではないかと思い、討伐部位を斬っていました。ゴブリンの耳は討伐部位というのは子供でも知ってる常識です。助けてもらったお礼が少しでもできればと思い斬っています」
ぐぐっ、常識……そうか、常識か。
「そ、そうか…それは助かる。常識だからな、そう常識だからな」
重要な事なので二回言っておこう。
そして、俺もゴブリンの討伐部位である耳を斬ろうと近寄ると、別の事を頼まれた。
「あちらの方達は色々と傷を負っていまして、満足に歩く事も出来ない状態です。出来ましたら、先ほどの方達のように運んで頂けると助かります」
「六人も怪我をしてるのか。思ったより多いな」
「はい、私達も必死の抵抗をしましたので、盗賊に斬られたり殴られたりして怪我を負ったのです。薬草か回復魔法ができる者がいれば良かったのですが……」
この野盗達は盗賊だったのか。場所によって名前を変えるだけで、中身は同じなんだが、言い方は合わせておこう。
収納の中には薬草はあるがそのままでは使えないしな。たぶん持ってるポーション系で大丈夫だとは思うんだが、この世界の人にも合うのかどうか。一度姉弟で試さないと安心して使えないな。あいつら怪我して帰って来ないかな。
いや待てよ、回復魔法か。俺は回復魔法を使えるぞ?
今まで必要無かったから使う機会が無かったが、俺は回復魔法を使えたぞ。
ほとんど使った事が無いから、どうやればよかったんだか……たしか……
【回復魔法領域】
あぁ~とか、はぁ~とか女性陣から声が漏れる。休んでる者だけでなく、ゴブリンを斬って回っている女性からも声が聞こえた。
上手く回復魔法を使えたようだ。ただ、思ったよりMP消費が高い。MP3も消費してしまった。もちろん【超回復】ですぐにMAXになるんだが、エリア型とはいえ一つの魔法でMP3も消費したのは久し振りだ。
だが、もうコツは覚えた。先に運んだ二人にも掛けてやろう。
【二指回復弾】
俺の二本の指から放たれた回復魔法が、先に運んだ二人の女性も回復させた。
「今のはあなたがやったの?」
「何をだ?」
「私の傷が治ったんだけど」
「私も怪我が治りました」
「私も苦しかったのが治まりました」
「私も傷が……」
「私も怪我が……」
女性陣全員が口々に回復した事を報告してくれた。全員、調子が戻ったようだ。
「いや、すまん。試したかっただけだ」
「「「???」」」
女性全員の頭にハテナマークが浮かんだ。先行した二人の女性も急に治ったので、別の意味でハテナマークを浮かべてる事だろう。
後は女性陣が総出で討伐部位を斬ってくれたから、その間に俺は土魔法で大穴を掘り、不要になったゴブリンと盗賊を穴に放り込んでいった。
最後の【一指炎】で焼き尽くしてから土魔法で埋め戻した。
その後は全員で森を出て、今後の行動を決めてもらった。
候補は『ここで待つ』『俺抜きで王都を目指す』『俺と一緒に姉弟との待ち合わせ場所に向かう』だ。
『ここで待つ』は俺がいなければ不安で待てないから却下された。同じ理由で『俺抜きで王都を目指す』も反対多数。
仕方が無いので俺と一緒に姉弟との待ち合わせ場所に向かう事になった。
俺が走って来たのは十分程度。しかし、結構全力に近い速度で走ったため、待ち合わせ場所からは十キロ以上離れている。
休み無しで歩いても二~三時間は掛かりそうだ。
女性が十三人もいるから走らせるとバラけるだろうし、余計に危険が増しそうだ。
荷馬車でもあればなぁ……あっ、たしか収納の中にあったな。だが引く馬がいないか……
俺は召喚魔法は使えない。召喚魔法でも使えれば馬車を引けるやつを召喚できるのにな。
いや、捕まえてくればいいんだ。たしか前の世界では龍をテイムして空飛ぶ馬車を試した事があったよな。今回は馬系でいいんだから楽勝だろ。
一旦休憩にし、料理を出そうとしてハタと止まった。
そう言えば、姉弟が収納バッグは高いと言っていたな。あまり多くの物を出さないように心掛けよう。それが常識というものだな。
小さな収納バッグだと誤魔化しながら全員にコップを渡し、果実汁を振る舞いここで待つように指示した。
俺はすぐに森に入り目的の魔物を探した。
運良く見つかった魔物は魔獅子。別に魔界の魔物ではない、そういう名前の獅子型のまぁまぁ大きいやつだ。体高二.五メートルと馬車を牽くにはちょっと大きめだが、十人以上を引くパワーもいるのだ、これぐらいがいいだろう。
峰打ちで何度かぶっ叩き、HPを減らして「俺の下僕になって従え」と目を睨んで一喝すると、すぐに耳を垂れ、尻尾を丸めて従ってくれた。素直ないい子だ。
さっき学んだ事から荷馬車を皆の前で出すのは収納がバレるからNGだと思い、森の終わりの場所で馬車を出し、魔獅子に輓具を装着し荷馬車を牽かせた。もちろん魔獅子に生活魔法の『クリーン』を掛けて綺麗にする事も忘れてはいない。女性は綺麗好きが多いからな。もちろん、回復魔法もしてやった。
その状態で、休憩中の場所に戻ると一斉に全員が逃げた。
なぜだ?




