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模擬決闘

「はぅー……本当に戦うおつもりですかー……?」


 武術訓練場にやってきた。

 しかし、フィーナ先生は相変わらず、俺たちに勝負をさせたくないようだ。


「くどいですよ、先生」

「俺たち全員、この留学生の力を見ない限り、クラスメイトとして認められないと思います」


 アリシアの代わりに、クラスメイトたちは強気な返答をした。


 なるほど。

 認められない、か。


 なぜ、魔法学院に魔力を持たない人間が入学できたのか。

 それがわからないことには、気持ち的に納得がいかないだろう。


 技量や才能の差こそあれ。

 この学院には、魔法が使える者のみが通うことを許されているのだから、当然だ。


 もしかしたら、俺は裏口入学のようなものを疑われているかもしれない。

 であれば、クラスメイトたちがつっかかってくるのも、心情としては理解できる。


 ――かといって、俺がその心情をくみ取る義理もない。

 いつも通り、いかせてもらう。


「……はぁ、わかりました……模擬決闘を許可します」


 フィーナ先生は大きくため息を吐き、渋々といった様子で決闘を承諾した。


「ただし、私が立会人を務めますし、勝負は学院で定められている模擬決闘のルール内でお願いします」


 そうして、フィーナ先生は俺たちに、決闘で使う武器はなにがいいかと訊ねてきた。

 もちろん、武器は木製で、殺傷能力も相当低い物になるらしい。


 なら、俺はオーソドックスな片手剣を使わせてもらおう。

 これなら、俺も腕に覚えがある。


 それと、指輪はどうするか。

 いや……それは考えるまでもないな。

 このままでいこう。


 模擬決闘の勝利条件は、相手を降参させること、相手を気絶させること、あらかじめ定められたフィールド上から相手を押し出すこと。

 この3つのうち、どれかを満たすことに決まった。


 本物の決闘でも、基本はこのルールが適用されているらしい。


「ナギ・クオン。準備はいいかしら?」

「俺のほうは、いつでも構わない」


 アリシアは俺と違い、長い杖を持っていた。

 純粋な魔法士タイプであれば、こちらとしては助かるな。


 ただ、力を使わないで済むなら、そのほうがいい。

 ひとまず、魔法ナシの勝負を仕掛けてみよう。


「アリシア様! 魔力のない者が魔法学院にいる資格などないことを、その留学生に教えてやってください!」

「我々はアリシア様を応援します!」


 クラスメイトが野次を飛ばしてくる。

 が、アリシアはそれに取り合わず、フィーナ先生に涼しい顔を向けた。


「先生、合図を」

「は、はい……お2人とも、これが模擬決闘であることをくれぐれも忘れずに…………模擬決闘開始!」


 フィーナ先生が決闘開始の合図を出した。


「!?」


 その瞬間、俺はアリシアに向かって全力疾走する。


 彼女との距離は、およそ10メートル。

 ものの数秒で詰められる。


 さあ、驚いている暇なんてないぞ、アリシア・ブレンフォード。

 魔法は速攻で出せるものを使うんだな。


「くっ! 炎よ! 私に纏え!」


 アリシアが叫ぶ。

 すると、彼女から魔法が発生する気配を感じた。

 それと同時に、俺の左目に――彼女の編んだ魔法式が映し出される。


 炎で自らの周囲を覆う、カウンター寄りの防御魔法か。

 なるほど。

 良い魔法を使ってくる。


 また、炎魔法は基本の基本だ。

 扱いやすさ、発動させやすさは、あらゆる魔法のなかでもトップクラスと言っていい。


 俺の動きに対応し、瞬時に発動させられる炎のカウンター魔法を選択してくるとは。

 彼女の判断力は、どうやら悪くなさそうだ。


 魔法式の規模は中魔法クラスか。

 それにしては、注ぎ込む魔力が多いような――


「…………!」


 ――魔力の揺らぎが大きい。

 もしかして、彼女は魔法の制御が上手くないのか?


 ……魔法式自体は問題ないな。

 問題なのは、注ぎ込む魔力の量が多すぎることだ。


 ……いや、多すぎるなんてものじゃない。



 これは…………マズイ。



「え? あ、ちょっ……」


 そう思った直後、アリシアが途端に狼狽(うろた)えだした。


 当然だ。

 魔力の流し過ぎで、魔法の制御を失っているのだから。


 このまま魔法が発動すれば……炎が彼女を襲ってしまう。

 それは、ここに集まった人の中で、おそらくは俺だけ(・・・)が確信を持って予測できる事柄だった。


 ……仕方がない。



 ――――ディスペル・マジック。



「……え?」


 アリシアの周囲から、魔法の気配が消滅する。


 そして、呆然と佇むアリシアの喉元に向けて――俺は木剣の切っ先を突きつけた。


「これで、俺の勝ちってことでいいな?」

「う……」


 なにが起こったのかわからない、といった様子だ。

 それでもアリシアは、模擬決闘をしていることを思い出したらしい。

 歯を食いしばるような仕草をして、俺を睨みつける。


「それとも、これだとまだ勝敗はつかないか?」

「…………い、いいえ……この勝負は……私の負けよ」

「そうか、ならよかった」


 これで負けを認めてくれないようなら、俺も少し困るところだった。


 クラスメイトの女子生徒を痛めつけるような真似はしたくない。

 だから、怪我を負わせずに模擬決闘を制することができたのは、俺としては及第点だ。


「今、アリシア様は魔法を発動させようとしたんだよな……?」

「そうっぽかったけど……」

「ふ、不発とか?」

「それにしたって、なにも起こらないというのはおかしいだろう。今のはアリシア様の演技だよ」

「演技って……なにもせず、留学生の剣を喉元に当てられたのに?」

「そ、それは……」


 周囲のクラスメイトがざわめく。

 みんな、この状況に納得がいっていないといった雰囲気だ。


「……ねえ、あなた……今、なにをしたの?」


 それはアリシアも同感のようだ。

 いや、むしろ彼女は、他のクラスメイトよりも不思議に感じていることだろう。


 確かにあのとき、アリシアの魔法は発動しかかっていた。

 しかし、結局それは発動することなく、さらには、周りへ影響を及ぼすことなく綺麗に消滅した。


 通常、魔法は発動に成功するにせよ、失敗するにせよ、なにかしらの変化が起こるものだ。

 なのに、今回はなにも変化がなかった。


 今の状況は、魔法を発動させようとしたアリシア本人にとって、謎の多い結果となったはずだ。


「別に、なにも」


 ――だが、俺がその謎に答えるとは限らない。

 ここで詳しく説明をしても、自分の首を絞めるだけだ。


 しかし……彼女の今後のため、これだけは言っておかなければならない。

 今のままでは、あまりにも危険すぎる。


 それに、彼女は俺のためを思って、こんな茶番をしてくれたんだ。

 手取り足取り魔法を教えるわけにはいかないが、多少の助言くらいはしてもいいだろう。


「……魔法を使うときは、その馬鹿でかい魔力を、もう少し上手く運用できるようになってからにしてくれ。見ていて少し、ハラハラしたぞ」

「!!」


 俺の(ささや)くような忠告を受け、アリシアの目が大きく開いた。


 アリシアが使おうとしていた魔法は、暴走状態になりかけていた。

 それは、事前に編まれた魔法式に見合わない量の魔力を強引に注ぎ込んだことが原因だ。


 あのまま魔法が発動していたら、アリシアは今頃、全身火傷を負っていたかもしれない。

 それくらいに危険な魔法だった。


 まったく。

 アリシアも魔法士の端くれだろうに。

 いったいどうして、こんなことになったのやらだ。


 それに、後でフィーナ先生にも事情を聞きに行こう。

 こんな危ない子が決闘をするだなんてことは、教師として無理矢理にでも止めるべきだった。

 決闘を受けた俺が言うことでもないかもしれないが。


 まあいい。

 とりあえず今は、このアリシアというクラスメイトについてだ。


 そう思い、俺はいくつかの助言をしようと、口を開く。


「あなた……もしかして、魔力が見えるの(・・・・・・・)?」


 ――が、アリシアが発した質問の内容を聞き、その口は閉ざされた。


 ……今の忠告は余計だったか。

 彼女にいらない情報を与えてしまった。

 下手に情けをかけると、こういうことが起こることもあるという、良い教訓だな。


 そうだ。

 俺には――魔力が見える。

 普通なら見ることのできない魔力を、魔力で編まれた魔法式を、俺だけは視認することができる。


 厳密には、俺の赤い左目だけが魔力を見られる。

 かつて、新宿ダンジョンを支配していた魔法使いから受け継いだ、おそらくは世界でただ1つの代物だ。



 また、俺が見たアリシアの魔力は……でかいなどという表現では言い尽くせないほどのものだった。

 正直、教室で彼女の隣に座ってよく確認するまで、この魔力が誰から発せられているのか、判断するのも難しかったくらいだった。



 なにしろ、彼女の魔力は――教室全体を覆っていたのだからな。

 他の魔法士の魔力は、体に纏わりつくのが見える程度だというのに。

 彼女のは、他と比べると、あまりに規格外すぎる。


「それは、君の思い過ごしなんじゃないか?」


 とりあえず、俺はとぼけてみせた。


 別に、この程度のことは知られても問題ない。

 かといって、ここで自分の力について喋るつもりなどない。


 忠告はする。

 けれど、質問には答えない。

 俺が彼女に情けをかけるのは、ここまでだ。


「いいえ。あなたの言動、それに、今の決闘でやったことを考えると、そうとしか…………あっ」


 と、そこでアリシアが、なにかを察したように口元へ手を当てた。


「もしかして……あなたが教室で口にしたのって……魔力のこと……?」

「…………」


 ……女性の勘とは恐ろしいものだな。

 いや、ただ単純に、この子の勘が良いだけか?


「ねえ、答えて。あなたがやったんでしょう? 決闘中、私の魔法をかき消したのは」

「…………」

「私の魔力を見て危ないと思ったから、そうしたんでしょう? それに、教室で『でかい』って言ったのは、ワタシの魔力についてなんでしょう?」


 驚いたな。

 俺が決闘中にしたことや、俺が教室で彼女を見て、なにを思ったか。

 それらをすべて当てられるだなんて。

 正直、これは予想外だった。


 まあ、なんにせよ、この話はこれで終わりだ。

 ここで答え合わせに付き合う気などない。


「先生、もういいでしょう。そろそろ授業のほうをお願いします」


 今の話は、ざわつくクラスメイトたちには聞こえていなかっただろう。

 しかし、いずれアリシアの口から、今回の一件についての憶測が出回るかもしれない。


 だがまあ、それは諦めよう。

 ここで無理に口止めをするのも、アリシアの憶測に真実味を持たせるだけだ。


 魔力を視認できること。

 人の魔法を発動前に打ち消せること。

 どちらも、いずれバレることだとは思っていた。


 魔法を学ぶという、特殊な学院生活を送る中。

 これらを隠しきることは不可能に近い。

 だから、これは想定範囲内のことである。



 そうだ。

 この程度の秘密はバレても問題などなく、考えようによっては――むしろ好都合だ。



「はい! それではみなさん! 授業を開始しますよー!」


 俺たちの模擬決闘が穏便に終わったことが嬉しかったのか。

 フィーナ先生は明るい調子で生徒に声をかけ始めた。


「ま、待って! ナギ・クオン! あなたはまだ、私の質問に答えてない――」

「そのフルネーム呼び、やめてくれないか。クオンかナギのどっちかにしてくれ。それと、君からの質問に答えるつもりは一切ない」

「な、ナギ! 待ってったら…………もう! なによ!!」


 話を無理やり終わりにして、フィーナ先生のところへ行く。

 そんな俺に対してか、アリシアは怒るような調子で、不満の声を大きく漏らしていた。

この物語を面白い、あるいは面白くなりそうだと思いましたら、応援していただけますと嬉しく思います!

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