空気の読める王女様
学院の制服とマントに身を包み、俺は教室へとやってきた。
「地球から来ましたナギ・クオンです」
そこで、フィーナ先生による説明の後、クラスメイトに向けて自己紹介を行った。
「この世界について、魔法について、わからないことがたくさんある身ですが、これから皆さんとともに、少しずつ学んでいきたいと思います。よろしくお願いします」
あらかじめ決めていた挨拶の言葉を、つらつらと述べていく。
そして、最後に軽く礼をして、隣にいるフィーナ先生のほうを向いた。
これからは、彼女は俺の担任教師だ。
年下なんじゃないかと見まがう容姿をしているが、これからは先生として羨ませてもらおう。
「はい、よくできました! それではみなさん、ナギくんと仲良くしてあげてくださいねー!」
小学生みたいな扱いだな……。
むしろ、こっちがあなたを小学生扱いしたいくらいなんだが。
「……ん? シアさん、どうかしましたか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
先生が1人の生徒に声をかけた。
まあ、彼女については、俺も自己紹介の途中で、なんとなく気にはなっていた。
どことなく挙動不審。
かつ、変だと思って視線を送ると、慌てて俯いたりしていた。
「おいおい、まだ寝ぼけてんのか?」
「今日は寝坊してきたっていうのに、まだ寝足りないの?」
「はう……」
クラスメイトにからかわれ、シアと呼ばれる少女は赤面しながら体を縮こませている。
こうして見ると、無害そうに思えるな。
しかし、俺は覚えているぞ。
彼女は朝、学院敷地内に入った俺を、後ろからつけていた。
もしかしたら、俺を狙っている、どこかの組織の人間かもしれない。
念のため、用心しておこう。
……それにしても、彼女は俺たちより若干幼く見えるな。
小学生か中学生くらいにしか見えない。
ここには同年代の人しかいないと思っていたんだが。
飛び級かなにかだろうか。
いや、フィーナ先生のような例もあるから、見た目だけでは判断できないな。
「こらこらー、シアさんをいじめちゃダメですよー。シアさんも、特待生なんですから寝坊しないようにしましょうね」
「は、はい……」
しかも特待生なのか。
特待生がクラスEにいるとは。
わけがわからない。
「こっほん……では、ナギくんに質問のある子は挙手!」
……質問タイムだと?
それは聞いていないぞ、先生。
「はい、では、フランツくん!」
手を挙げた生徒がいたか……。
まあ、仕方がない。
当たり障りのない質問がくることを期待しよう。
「クオン君は地球出身とのことですが、ちゃんと魔法は使えるのですか? 地球の人は、魔力を持たないと聞きますが……」
……微妙に答えにくい質問がきた。
「魔法はそこそこ使えます」
どうするか一瞬悩んだが、ここは無難な回答をして、やりすごそう。
「それでは、魔力はどの程度持っているんですか?」
「…………」
……今度は答えにくいことをズバリと聞かれたな。
そもそも、質問は1人1回じゃないのか。
なぜ、同じ人物が連続して質問をする。
「あー……ナギくんは魔力を持っていません。そこは、他の地球の方と同じです」
回答を渋っていると、代わりにフィーナ先生が答えだした。
すると、今まで静かにしていたクラスメイトが、途端にざわつき始める。
それは、あまり言うべきではなかっただろう。
なぜなら、そんなことを言った場合、次にくる質問は……。
「魔力を持たない……? それでは、いったいどうやって魔法を行使するのですか?」
やはり、そうきたか。
さて、どうする。
ここで自分の手の内をバラすというのが、最も簡単な解決方法だが……。
やはり、これには回答しない方向でいこう。
「その質問には答えられません。申し訳ありませんが、これで質問の時間を締め切らせていただきます」
そう言いつつ、フィーナ先生に視線を送る。
すると、彼女は慌てた様子で口を開いた。
「そ、それでは、ナギくんは空いてる席に自由に座ってください」
どうやら、ここには指定席がないようだ。
建物は西洋風で、広い教室の中に数人で使える横長の机が置かれている。
後ろに行けば行くほど高い位置になるよう、段差が設けられている。
昔、大学物の映画で見たことがある構造だ。
空いてる席は……一番前の席と、一番後ろの隅っこか。
なら、一番前に座ろう。
そう思い、俺は一番前の空いている席に腰を下ろした。
「うわっ……やっちゃったよ……」
「どうする……? 一応、注意しとく……?」
ヒソヒソ声が耳に入ってきた。
なにか問題でもあるというのだろうか。
まあいい。
とりあえず、隣にいるクラスメイトに軽く挨拶をしておこう。
「九音凪だ。これからよろしく」
一番前の机のど真ん中に座る、金髪の少女に声をかけた。
「……よろしく」
すると、少女はそっけない態度で返事をした。
初めて会った人相手なら、こんなものか。
だが、できることなら、なるべく早くクラスに馴染みたいものだな。
…………というか……この子は。
「……でかいな」
「っ!?」
少女は突然、自分の胸を両腕で隠すような姿勢を取り出した。
そして、キッと睨むような視線を俺へ向けてくる。
違う、そっちじゃない。
まあ、確かにそっちも平均以上の物を持っているようだが。
今の感想は、そっちについてではない。
俺が驚いたのは、彼女の――
「……おい、貴様」
――背後から声をかけられた。
俺は振り返る。
「今、アリシア様に、ふしだらな目を向けたな! そうなんだろう!!!」
「…………」
すると……そこには、抜き身の剣をこちらへ向ける男子生徒たちがいた。
「アリシア様をふしだらな目で見たなと聞いている!」
「どうなんだ! さっさと答えろ!」
アリシア様というのは、この金髪の少女の名前か。
わざわざ『様』をつけるということは、彼女がそれなりに高い身分である、ということなのだろう。
「ふしだらな目なんて向けていない」
ひとまず、俺は否定してみる。
しかし、男子生徒たちが剣を収める気配はない。
「とぼけるな! 俺は聞いたぞ! 貴様がアリシア様を見ながら『でかい』と言ったのを!」
「これはもう……そういうことに決まっているだろう!」
「アリシア様に向かって、なんたる非礼! いくら留学初日で、物の分別がつかないといえど、して良いことと悪いことがある!」
そういうことって、どういうことだ。
あまり直接的な単語は出したくない、ということなんだろうか。
「誤解だ。確かに俺はそれっぽいことを言ったが、それは別の事柄についてだ」
「別の事柄とは、なんのことだ! アリシア様を見て、む……あの特定の部位以外、どこにでかいと思う要素があると言う!」
「それは……」
……ああ、俺以外の人間には見えないんだったな。
困った。
どう言いつくろうべきか。
素直に、自分にはなにが見えているか説明するか?
いや、こんなことで手の内をさらすような真似をするのも馬鹿らしい。
「そうだな……白状しよう。俺は彼女の胸部に目がいき、つい口を滑らせてしまった」
というわけで、降参の意を込め、両手を挙げることにした。
「「「…………」」」
クラス内に静寂が訪れた。
なんだこの空気は。
「き……き、貴様! やっぱりそんな目でアリシア様を見ていたんだな!」
「これを見過ごすわけにはいかない! お前には制裁を受けてもらう!」
「なに?」
制裁だと?
つまり、俺と戦うつもりか。
であれば、こちらもそれなりの応戦をしないといけなくなる。
困った。
こんなことになるのなら、肯定も否定もせず、黙っていればよかったか。
「ま、待ってください! こんなところで争われたら、先生困っちゃいます!」
俺以外にも困っている人がいたようだ。
だが、男子生徒はこちらを睨み続けている。
さて、どうする?
クラスメイトと事を起こすのは、できることなら控えたいところなんだが――
「やめなさい!」
――俺と男子生徒たちが睨み合う中、アリシアという少女が怒鳴った。
「あなたたちは、どうしていつも騒動を起こしたがるの!」
「あ、アリシア様……」
「こ、これはアリシア様のためであって……私たちは――」
「私、今までで一度でもあなたたちに助けを求めた!? 求めてないでしょう!」
「うぐ……」
今回のような騒動は、アリシアにとって迷惑のようだな。
彼女がどのような身分なのか。
それは知らない。
とはいえだ。
こんなことでいちいち騒ぎ立てられていたのでは、誰であろうと、たまったものではないだろう。
「で、ですが……このままでは異世界からの留学生に、ブレンフォード王国の威厳が保たれません……」
「だからといって、あなたたちが騒いでいいわけでもないでしょう!」
……ブレンフォード王国の威厳?
いったいどういうことだ?
なぜ、ここで王国の名が出てくる?
「……でも、このまま留学生になにもしないでいると、秩序が乱れるのも事実ね」
疑問を感じ、首を傾げる。
すると、アリシアという少女は、マントに付いている学院のエンブレムを外した。
そして、そのエンブレムを――こちらへ向けて投げつけてきた。
「ナギ・クオン。あなたが学院生徒として気品を損なう言動をした罪は……ブレンフォード第4王女である、この私――アリシア・ブレンフォードが償わせるわ」
第4王女。
彼女の口上を聞き、俺はやっと、この事態を理解するに至った。
どうやら俺は……王族を敵に回したようだ。
なぜ、こうなったのか。
……俺の失言が原因か。
「あなた、私と模擬決闘をしなさい。そうすれば、さっき聞いたあの言葉、聞かなかったことにしてあげるわ」
「模擬決闘?」
怒らせてしまった。
ということは理解できた。
が、どうして俺が王族の子と決闘しなければいけないのか。
意味が分からない。
「ちょっ!? アリシアさん! あなた、自分の魔法が危険だっていう自覚はありますよね!?」
「ありますが、野良犬をしつける程度に抑えますから、心配いりませんよ」
「あなたに限っては心配しますよ!?」
フィーナ先生が声を荒げている。
なんだろうか。
このアリシアという少女は、そんなに危ない魔法を使うというのか?
確かに、彼女であれば、大抵の魔法はなんなく行使できるだろうが……。
「ちょうど、次の授業はフィーナ先生が担当の魔法訓練ですし、訓練場で模擬決闘をするなら、それほどお時間も取りません」
「そういう問題でもありませんよ!?」
このお姫様は、その辺もちゃんと考慮していたのか。
まあ、決闘で怪我人が出た場合のことは考えていないようなので、あまり感心するところではないのかもしれないが。
「……それで、この相手にエンブレムを投げる行為が、模擬決闘の合図、と?」
「ええ、そうよ。これは学院内だけじゃなく、スフィア中どこでも通用する決闘の合図でもあるから、よく覚えておくことね」
そうなのか。
俺がエンブレムを投げる立場になることはないだろうが、一応覚えておこう。
「それで、模擬決闘は受けるの? 受けないの? もっとも、あなたにこの勝負を受けないなんて選択肢はないのだけど」
ないのか。
だったら、なぜ受けるか受けないか聞いてきたんだ。
……でも、まあいい。
「いいだろう。決闘をすることで今回の件を不問にしてくれるなら、受けて立つ」
「ナギくんまで!?」
しょうがないだろう。
どうも、アリシアは引き下がらない様子なのだから。
「……魔力を持たない魔法士の実力……見せてもらおうじゃないの」
ああ、見せてあげるよ。
もっとも、君がそれを理解できるかは別としてだが。
◇
「……あなた、ワタシに感謝しなさいよ」
訓練場へと移動する最中。
アリシアはコッソリと俺に近づき、小声でそんなことを言いだした。
なにをどう感謝しろというのか。
彼女は俺に意味不明なことばかり言うな。
「……今の、ワタシが矢面に立たなかったら、あなたの立場がなかったわよ」
「……ああ、そういうことか」
先ほどの場面では、俺は数人の男子生徒から剣を突きつけられていた。
あの状態で普通に授業を続けることは、かなり難しかっただろう。
下手すると、あの場で乱闘騒ぎになるところだった。
だが、騒動の渦中にいるアリシアが決闘をすると言いだし、生徒たちは俺に手を出しづらくなった。
彼女はそうなることを予測していたのか。
そう考えると、彼女は良い人間に思えてくる。
模擬決闘を行うと言い出す、という点を除いてはだが。
「……模擬決闘以外に、もう少し穏便に済ませられる方法はなかったのか?」
「……不躾な目を向けてきたあなたに制裁を加えるっていうのも、ワタシの本音よ」
「……そうか」
なんにせよ、争いは避けられなかったのか。
厳しい世界だな、ここは。