異世界留学
とある1人の魔法使いが、異世界『スフィア』と俺たちの世界『地球』を繋げた。
そして、その手法が書かれた論文を残し、世間から姿を消した。
なぜ、その人物はそんなことをしたのか。
真相を知らない誰もが疑問に思ったそうだ。
また、人によっては恐怖したり、胸を高鳴らせたりもしたという。
世界の裂け目であり、異世界への出入り口となっている、通称『裂界』。
これを通じ、スフィアと交流できるようになったのだから、様々な反応があって当然といったところだ。
また、スフィアと接することで、俺たちの世界は大きく変わったらしい。
特に、『魔法』の概念が持ち込まれたのは大きかったと聞く。
裂界を初めとした、魔法という分野。
それについては、多くの科学者が研究を進めている。
東京都にある裂界よりかなり小さいものらしいが、今では魔道機械で小裂界などという代物を作り出すまでになっているようだ。
最初の裂界ができてから、まだ15年ほどしか経っていないというのに。
この世界は、今後ますます異世界との境界線を曖昧にしていくのだろう。
まあ、その辺については、どうでもいいことだ。
世界の境界が曖昧になろうと、俺の知ったことではない。
いつだって重要なのは、世界になにが起こるかではなく、俺自身になにが起こるかだろう。
そう思いつつ、俺は職員室前で過去を振り返った。
◇
新年が明けてから、しばらく経った、ある日。
俺にとって重要な出来事が起こった。
スフィアと繋がった東京都。
そこに存在する地下ダンジョンの1つである、通称『新宿ダンジョン』の最深部にて。
俺は、1人の少女と出会った。
「驚きました……政府の方からお話は伺っていましたが、まさか、本当にこんなイレギュラーな子がいたなんて……ここに潜ってみて正解でした!」
俺から来たのではない。
彼女のほうから来たのだ。
危険なものが山ほどある新宿ダンジョン。
そんな場所の最深部に、彼女は無傷でやってきたのだ。
これには俺も、驚きを隠せない。
見た目は小学生くらいにしか見えないのだが、どういうことなんだ。
「あっ、自己紹介がまだでしたね。わたしの名前はフィーナ・アトラント。スフィアにいる精霊族という種族の末裔で、今は教師をしてたりします」
フィーナと名乗る少女は、ペコリと頭を下げてきた。
スフィアからの観光客か。
ずいぶんと日本語が達者だな。
スフィア語で話してくれても構わなかったのだが。
「それで、あなたのお名前は?」
「……九音凪」
「ナギくんですね。覚えました! といっても、すでにあなたのお名前はリサーチ済みでしたけどね!」
「…………」
……先ほど、自分は教師だと言ったな。
彼女は俺より年上だったりするのだろうか。
まあ、このダンジョンを踏破したのだから、只者ではないことは確かだ。
「どうしました? なにか、わたしに聞きたそうな顔をしてますけど?」
「……あなたは、どんな用があって、こんなところまで来たのでしょうか?」
ひとまず、俺は彼女の目的を探ることにした。
スフィアの住民。
ということは、少なくとも俺の敵ではないのだろう。
なら、話くらいは聞いてもいい。
「用件は簡潔明瞭です! ナギくん! あなた、学校に行きたくはありませんか!」
「……学校?」
「正確には学院ですが、どうでしょうか!」
「…………」
……彼女は、なにがしたいのだろう。
俺がその質問に答えることに、どんな意味があるというのか。
「学校は……そうですね。行けるものなら行きたいと思っています」
孤児院暮らしであるものの、俺も小6までは普通に学校へ通っていた。
が、今となっては、そんな普通は得られない。
今の俺が外に出ても、モルモット扱いか使い捨ての駒にされるのがオチだ。
普通の生活には戻れないだろう。
「でしたら、あなたに良い提案があります!」
「提案?」
過去を振り返って、ナーバスになりかけていた。
そんな俺に、フィーナは明るい声をかけ、近づいてくる。
「ナギくん! 王立ブレンフォード魔法学院に入学してみませんか!」
「ブレンフォード……魔法学院……?」
聞きなれない名前が出てきた。
彼女は今、魔法学院と言ったのか。
だとしたら、それは……スフィアにある学院か。
異世界の学校に行くよう勧められるなんて。
人生というのは、なにが起こるか、わからないものだ。
「あなたには魔法士としての才能があります! なので、わたしがあなたを学院に推薦します!」
「……俺の『力』が、わかるのですか?」
「え? はい、まあ、なんとなくですけどね。精霊族は魔法に対する感受性が高いですし、わたしはその中でも、特にハイスペックですから!」
自分でハイスペックと言うのか。
自画自賛も極まれりだ。
しかし……なるほど。
彼女には俺の『力』がわかるのか。
少しばかり、彼女の魔法に対抗したのがバレたのだろうか。
というより、俺の力について『政府の方』とやらに聞いたから、こんなところに来たのだろう。
「魔力をまったく感じないところが唯一のネックですが……あなたの力は、それを補って余りあると、わたしは思いますよ」
「……どうやら、適当なことを言っているわけでもなさそうですね」
「わたしは適当なことなんて言いませんよ!」
どうやら、彼女は俺が魔力を持っていないことも理解しているようだ。
そのうえで、俺に才能があると言ってくる、か。
事情を知らない人が聞いたら、意味不明と思うに違いない。
俺は、自分に魔法士の才能があるとは思っていない。
どんな状況下でも魔法を行使できる者こそが、魔法士と呼ばれるべきだろう。
そういった意味では、俺はできそこないだ。
だが、魔法を使った戦いの場ならば――俺は誰にも負けない。
それだけは、自信を持って言える。
「……ですが、俺は金銭の類をほとんど持っていません。入学金や授業料は払えないかと」
なんにせよ。
いくら俺の力を認めてくれたとしてもだ。
先立つものがなければ、どうしようもない。
俺が学校へ行くことなど、最初から無理だったのだ。
残念だな。
金銭面さえクリアできれば、俺も首を縦に触れたんだが――
「心配いりません! 入学金や授業料はもちろんのこと、寮費なども学院が負担しますから! 生活費を稼ぐためのお仕事も紹介しますよ!」
「その話、詳しく聞きましょう」
――なんとかなった。
◇
そんなことがあってから、早くも3ヵ月以上が経過した。
少し前までは地下ダンジョンに引きこもっていた。
だが、これからはブレンフォード魔法学院の生徒として生活することとなる。
書類上、俺は地球側からの交換留学生という立場なのだとか。
詳しい話を聞いた限りでは、どうやら、スフィア側からも地球側へ留学生を送っていたりするらしい。
異文化交流ならぬ、異世界交流だ。
日本もとんでもない政策を立ち上げたものだな。
「いやー、助かりましたよ。ナギくんが留学の話を受けてくれて」
そんなことを考えつつ、俺は学院内にある職員室にて、フィーナ先生の話を聞いていた。
「日本政府と交換留学制度の話が持ち上がったとき、我が魔法学院も最低1人は留学生を受け入れることになったんですが……地球人の方は魔法が使えないじゃないですか? だから困ってたんですが……ナギくんに出会えて、本当に良かったです」
今回の留学話は、互いの世界をよく知るために設けられたものらしい。
なので、地球側から見たときに一番気になる分野”魔法”に精通したこの学院も、留学生を取らなくてはならなくなった。
だが、ブレンフォード魔法学院は、なかなか留学生を受け入れられないでいた。
その理由は、地球の人間は通常、魔法が使えない……というより、魔法を使うための魔力を持たないからだ。
けれど、フィーナ先生は俺のようなイレギュラーを発見した。
地球の人間であり、魔力を持たないながらも、特定の条件下でなら魔法を使うことができる。
そんなイレギュラーを、だ。
「でも、ナギくんがクラスEに入るのは予想外でした。それによって、わたしが担任教師になれましたので結果オーライとも言えますが、ナギくんの力は――」
「先生、以前申し上げました通り、俺のことは、あまり大きな声で話さないでほしいのですが」
「おっと……ごめんなさい、つい声が大きくなっちゃいました……」
いくら留学してきたといえど、俺はそれほど特別扱いされないようだ。
成績優秀者が集まるのはクラスA。
そして、俺が席を置くクラスEは、最低ランクのクラスであるらしい。
もともと、俺はこの世界の常識に疎いから、学力試験も不利だった。
それに加え、魔力測定がダントツの最下位になることは確定していた。
Eクラスになるのも仕方がないだろう。
「それより、これからクラスのみんなに俺をどう紹介するかでも考えてください」
「はーい。わかりました!」
……こんな反応をされると、どっちが生徒なのか、わからないな。
「あっ、そろそろ1限目が終わる頃合いですね」
なんだ。
もうそんな時間か。
今日はどうも、朝早くから調合実習なる授業があったらしい。
そのため、クラスメイトへの紹介は、落ち着いて話せる2限目からとなった。
俺だけ入学時期が遅れたせいで、新入生というよりも転校生のような扱いを受けている。
これは、入学までの手続きに、思いのほか時間がかかったせいだ。
まあ、異世界間の交換留学は、最近始めた取り組みだから、ある程度は仕方がないのだろう。
「それでは行きますか、ナギくん」
「はい」
そうしたやり取りを行った後、俺たちはクラスEの教室へと向かった。
さて、俺と同じクラスになるのは、どんな人たちになるのやらだ。