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プロローグ

 銀髪の少女、シア・ノーツ。

 彼女は朝から冷や汗をかいていた。

 貴族の生徒たちに取り囲まれ、怒声を浴びせられていたからである。


 王立ブレンフォード魔法学院。

 そんな名の学院に2週間ほど前から通い始めるようになったシアは、その日、朝寝坊をして遅刻寸前だった。


 本日の朝に受ける授業は、いつもより早くから行われる。

 それを知っていたのに、予習のために夜更かしをして、その結果、遅刻しそうになっている。


 シアは自分の馬鹿さ加減に頭を悩ませるつつも、寮でもらったジャム付きのパンを食べながら、すぐ近くにある学院へと走った。


 その途中。

 あろうことか、彼女は障害物がなにもない場所でけつまずいた。

 さらには、食べかけのパンを宙へ高く放り投げてしまう。


 そして……なんの不運か、前を歩いていた貴族生徒の羽織(はお)るマントに、パンがベチャッと当たってしまったのだった。


「ニィル様のマントにジャムを塗りたくるなんて……貴様! ずいぶんなことをしてくれたな!」

「いったいどこの家の者だ! 名を名乗れ!」


 マントを汚された生徒の取り巻きが、シアに詰め寄って怒鳴りつける。


(なんでこうなっちゃったんだろう……しかも、相手は先輩みたいですし……)


 1年生である自分とは違い、余裕そうに登校している彼らは上級生か。


 と、そこまでは思考も回った。

 しかし、それ以上はなにも考えられない。

 シアは必死に頭を下げた。


「す、すみません……わ、私……急いでいたもので……」

「名を名乗れと言っているだろう!!」

「ひっ…………し、シア・ノーツです……」

「ノーツ? 帝国寄りの名字だな……」

「少なくとも、ブレンフォード王国の貴族にはいないな」

「貴様、平民か?」

「は、はい……」


 シアは肩身を狭くしながら答えた。


 ブレンフォード魔法学院には、基本、上流階級の子息が入学する。

 が、中には魔法士としての才を認められ、入学金等を免除されて入学してくる一般階級の子どももいる。


 シアもまた、そんな子どもの1人だった。


「ほほう……まさか、平民が僕のマントを汚すとはね……」


 貴族グループのリーダー格であるニィル・ロイス。

 彼は、そこでやっと口を開いた。


「この責任、どうつけてくれるのかな?」

「え、ええっと……その……汚しちゃったマント、私のほうで綺麗に洗濯する……というのでは……」

「洗濯ねえ…………君、それでこの事態が収まるとでも思っているのかな?」

「え……」


 ニィルはため息交じりに首を振る。

 そして、赤子を(さと)すように、優しい口調で説明した。


「君が汚したのは、ただのマントじゃない。ブレンフォード王国の侯爵という地位に就く、ロイス家御用達のマントだ。洗濯をする程度で許されるはずがないだろう?」

「そんな……」


 優しい口調とは裏腹に、話す内容はシアをさらに追い詰めていく。


「で、では……どうすれば許してもらえますか……?」


 シアは目に涙を浮かばせながら訊ねた。


「そうだな……」


 ニィルは震えるシアを下から上まで嘗め回すように観察する。


 数秒後。

 ニヤリと口元を歪め、今度もまた優しい口調で答えた。


「これからしばらくの間、僕たちの遊び相手になってよ。それで今回の件は不問にしてあげるからさ」

「あ、遊び相手……ですか……?」

「そう、遊び相手」


 よくわからないといった様子のシア。

 それに対し、取り巻きの生徒たちはなにかを察したようで、目配せをしながらシアに近づいていく。


「ハッハッハッ、ニィル様はお優しいな。その程度で彼女をお許しになられるとはとは」

「貴様もニィル様に感謝するといい。このマントは特別製で、平民風情がちょっとやそっと働いて弁償できるような代物ではないのだからな」


 取り巻きの生徒たちがシアの肩に触れる。


「…………っ! は、放してください!」


 すると、シアはこの状況に異質なものを感じとり、彼らから離れようと、もがき始めた。


「そんなに怖がらなくてもいい……そうだ、今日はみんなで友好を深めるために、学院を休んで遊ぼうじゃないか」

「いいですねぇ。我々は賛成しますよ」

「や、やめてください! だれか! 助けてください!」


 取り巻きの手を振りほどけない。

 そんなシアは、周囲にいる登校途中の生徒たちへ、助けを求める。


 しかし、彼らは見て見ぬフリをするだけで、その声に応えようとはしなかった。


「ニィルに目をつけられちゃったか……あの子、もう終わりだな」

「シッ、声がでかいぞ……もし聞かれでもしたらどうすんだ」

「そうだな……さっさと学院に行くか……」


 どこかから、小さな話し声がする。

 しかし、ニィルたちに声をかける者はいない。


 それを理解し、シアは表情を絶望色に染め上げた。


「助けてくださいとか、人聞きの悪い……これでも僕は、君に対して友好的に話しかけているつもりなんだよ?」

「!! お、おい、貴様! ニィル様に謝れ!」

「この場で不敬罪を適用してもいいんだぞ! さあ、謝って今の発言を訂正するんだ!」

「ひっ……」


 平民は貴族に逆らうことができない。

 逆らったが最後、家族もろとも処刑されても文句は言えない。

 それくらいは、シアも十分理解していた。


 ただし、『身分の違いを主張することは極力ないよう務めよ』と学則では定められていた。

 学院側は、貴族であろうが平民であろうが、平等に接するよう呼びかけているのである。


 なのに、目の前にいる男たちは、しつこく貴族の立場で命令してくる。

 シアは今まで感じたことがないほどの嫌悪感を抱いた。


「はあ……あまり手荒な真似はしたくないんだが……」


 (らち)が明かないと踏んでか。

 ニィルは(ふところ)から棒状の小さなステッキを取り出す。


 ステッキは、魔法を効率よく発動させるための物。

 それを取り出したということは、つまり――これから魔法が飛んでくる。


(だ、だれか助けて……!)


 そう思ったシアは、心の中で叫び声をあげつつ、ギュッと目を(つぶ)った。


「あまり聞き分けのない子は……こうだ!」


 そして、ニィルはステッキを大きく振って、その先端をシアに向けようとした。



 だが――



「なっ……!!」


 ――ステッキは、すぐ横を通り過ぎようとしていた少年に掴み取られた。


(あ……)


 シアがゆっくりと目を開ける。

 視線の先には、右目が黒、左目が赤で、右手の中指と薬指に指輪をはめた、黒髪の少年が立っていた。


(見たことない人……でも、私を助けに来てくれたんですね……!)


 『助けて』という声に誰も耳を貸さない中、この少年だけは聞いてくれた。

 そう思い、シアは心の底から少年に感謝の念を抱いた。


「道のど真ん中で棒を振り回すな。目に当たったらどうする」

「え」


(なんか違った!? というか、普通に注意してる!?)


 偶然通りがかった少年。

 彼は、ごく当たり前な注意の言葉を口にしていた。


「な、なんだ貴様!」

「俺たちの邪魔をするつもりか!」

「?」


 ニィルの行動を妨害され、取り巻きの生徒たちが怒りだす。

 が、少年は彼らがなぜ怒っているのかよくわからないといった様子で、黙って首を傾げた。


「ふ、ふふふ……どうやら、君は自殺志願者かなにかのようだね……?」

「に、ニィル様……?」


 ステッキの先端を握られ、不愉快そうに口元を歪めたニィルは、少年に向かって手の平を向ける。


「僕はステッキに頼らずとも魔法を使える! ここで僕に会ったことを後悔するんだね!」


 そして、ニィルは自分の得意とする魔法を発動しようと、魔法式を編んだ。


「!?」



 ――その直後、シアは見た。

 ニィルの生首がゴトッと地面に転がり、血しぶきをあげながら胴体が倒れ込む姿を。



「え?」

「あ……」

「キャアアアアアアアアアアアッ!!」


 シアは悲鳴をあげた。

 また、取り巻きの生徒たちは驚愕の表情を浮かべながら、少年のほうを向きなおす。


「……なるほど、俺もまだまだだな」


 取り乱すシアたちに対し、少年はただ一言呟くだけで、悪びれた様子も一切ない。


 なにかがおかしい。

 少年もであるが、自分たちを遠巻きに見ていた周囲の反応も薄い。

 ショッキングな出来事が起きたというのに、自分のように悲鳴をあげる様子がまるでない。


 そう思いながらも、シアは動揺する心を必死に抑える。


「き、貴様! 今なにをした!」

「いや、なにと言われてもな……」

「こんなことをして、許されると思っているのか!」

「……はぁ」


 生徒たちの問い詰めに、少年はめんどくさいとばかりに息を吐く。

 さらに、自分の手の動作を確認するかのように見て、軽くパチンと指を鳴らした。



「……がっ……うぐっ……」

「に、ニィル様!?」



 すると、突然ニィルから声があがった。

 シアたちの視線がそちらに向く。


「い、生き返った……?」

「なんだこれは……いったい、なにが起こったんだ……?」


 首を落とされたはずのニィルは――出血も切り傷もなく、五体満足の状態でそこにいた。


 咳き込むような動作をしているものの、命に別状はない。

 それが十分理解できたシアは、なにがどうなっているのかわからず、目の前にいる少年への関心を深くさせていく。


「ゲホッゲホッ……ぼ、僕にいったい……なにをした……?」

「手の内を易々と他人に喋る気はない」

「なに……!」

「……だが、これだけは言っておく。今後は道端で馬鹿な真似をするな。迷惑だ」

「ぐ……」


 疑問に答えることなく、少年は学院のほうへと歩いていく。

 対するニィルは、歯を食いしばりながらも、それを黙って見過ごした。


「あ、あの……これ、クリーニング代です……それでは、さ、さようなら!」


 少年の後ろにつくようにして、シアもまた走り出す。

 律儀に、マントのクリーニング代をその場に置いて。


 こうして、シアは出会った。

 自分の運命を大きく変えることとなる、その少年と。

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