筍ご飯
熊本地震の犠牲者に心から哀悼の意を表します。
被災された方々が、一日でも早く日常に戻れますように。
地物のタケノコが目に付くようになって暫く経つ。
花見のシーズンは繁忙期で、通勤途中の民家や川べりの桜を横目に見るのが精いっぱい。
アパレル関係の製造業で、年度末と新生活フェアがセットで来れば、仕方がないが。
増税前の駆け込み需要の忙しさよりは、まだましなのだけれど。
結局ソメイヨシノの時期は過ぎてしまい、八重桜でリベンジを誓う四月の終わり。
もうじきまた忙しくなるのに、タケノコの旬まで逃してなるものかと、特売日で混雑するスーパーに飛び込んだ。
手にしたのは、手ごろな値段の春の恵み。
口幸を予感させるずっしりとした重さが、なんとも心地よい。
穂先を斜めに切り落として、縦に切れ目を入れる。
二三枚皮をむいたら先に研いでおいた米のとぎ汁につける
これを丸ごと茹でれば、あく抜きはOK。
米ぬかではなく、とぎ汁を使うのがこだわりといえばこだわりである。
姫皮は、茹でずにそのまま筍ご飯にするつもりで、とっておいた。
「とにかくたけのこご飯。これは決まり。
あとは……若竹煮?土佐煮?」
鷹の爪をアクセントにしたそぼろ餡かけも捨てがたい。
思いつくものは全部作ろう。そう決めていた
とにかく品数を作りたいのだ。
思い返すも腹立たしい昼間のことを思い出して、ぐっと包丁を握りしめる。
会社で何かと構いつけてくる同僚が、人の弁当をしげしげ眺めた挙句に鼻で笑ってくれたのだ。
食べている途中に手をいきなり横からつかみあげて。
お局として威張りたいのならそれでいい。
自分ルールが世界の常識、私が法律と言わんばかりの勝手な言い分もできる限り飲んだ。
自分語り、自分自慢が大好きで、すごいですね、うらやましいです、の相槌を暗に要求してくる(自主規制)。
揉め事が面倒で、向こうを立てるようにしているのに、まだこちらにマウンティング吹っかけてくる姿勢には辟易していた。
化粧と服と、女子力は女の鎧であり楯である。
綻びがあったらそこから突きまわされるのだ。
理屈ではわかっていたのに、実際に鼻で笑われてしまえば、相手にもイラつくのはもちろんのこと、自分のうかつさにも腹が立つ。
こうなったらからには、文句の付けようがない弁当でこちらにケチ付けられる要素を減らしたい。
嗤ってやろうと思ったのに、出来ない、なんて方向に持って行けたら最高だ。
とにかく、今夜は筍ご飯。
お米二合に、出汁醤油2合分を炊飯器に用意して、
短冊にした油揚げと、ニンジンに姫皮部分を投入。
後はスイッチを入れるだけ。
緑の彩はきぬさやにしようか、インゲンがいいか。
菜の花を散らすのもいいかもしれない。
そう考えながら、使った道具を片付ける。
洗い物も終わり、晩酌も終わるころには米の炊ける匂いが漂い始め、
晩春の夜は更けていった。
筍ご飯は、あえて生の姫皮を使いたい派です。
今回も彼女の名前は出せませんでした。