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居場所

作者: 狗巻誠

君は、たくさんのものを持っているよ。

「よくここまでリハビリを頑張りましたね。もう日常生活はおろか、体育もほとんど問題はないですよ。」

「じゃあ、バスケは続けられるんですか?」

「それは……。」

言いようのない怒りと絶望が、勇輝を包んでいた。

交差点の曲がり角でに無免許運転の乗用車に撥ねられた。足に大怪我を負ったが、本人の回復力とリハビリの積み重ねで、体育の授業も問題ないほどに回復した。周りはみんなその結果に喜んでいた。当の本人である勇輝以外は。

 小さな頃からずっと勇輝はバスケをしていた。高校ではその才能を買われ、強豪校へ推薦で入学し、そんな高校のチームの中ですら、勇輝は輝いていた。その実力は、一年にしてインターハイの選抜に選ばれるほどだった。

 通常の運動程度なら構わないが、激しい運動の場合は、医師との相談が必須。全国一を狙うチームの中では、それは選手生命が終わったことを意味していた。

 次の日の朝、勇輝は顧問に退部届けを提出した。

「勇輝……。そうかぁ、あかんか。」

「はい。」

「そうか……。分かった。これからしっかり勉強せないかんけんな」

 「はい。今までありがとうございました。」

 推薦入学だったこともあり、マネージャーとして残されることも覚悟したが、意外なほどあっさり受理された。自分が部にとってその程度だったのかと、呆然とした。

 その日からは、一日が異常に長く感じられた。そもそも、部活をしながらでも、そんなに勉強に困っているほうでもなかった。ただただ時間が余って仕方がなかった。

 大学のために勉強と言われても、バスケのことだけを考えて、今までの進路を決めてきた自分にとって、新しい目標なんてそう簡単に決まるわけがなかった。

 ――今まで俺は何が好きで、何が嫌いだった?将来どんな風に生きたかったんだ?

 急に自分自身が何者なのか分からなくなった気分だった。自分を今まで創ってきたものが全て取り上げられて、何もない砂漠で、地図もないまま放り込まれたような、そんなどうしようもない感覚に襲われる。

 毎日が暇だった。自分だけが時間を浪費している気分で、それを否定したくて開いた電話帳には殆ど名前が入っていない。今までここを埋めていたバスケ関係の人間は全て消したからだ。

 ――バスケがなかったら、本当に空っぽじゃねぇか俺。

 段々と、勇輝は元々自分が何も持っていなかったような気さえした。カラカラに乾いた砂漠に植物が育たないように、自分のようなつまらない人間には何も出来ることはないのではないか。たまたま見えたバスケと言う蜃気楼を目指して走っていたのに、それすら消えた今は、自分が何をしているのかすら分からない。

 数少ない名前の中に、目に留まる名前があった。中学を卒業してから、あまり連絡を取ることもなくなった幼馴染。懐かしさでつい電話を掛ける。

「もしもし?珍しいね、勇君から掛けてくるなんて。」

「え、あぁ何となくな。お前、今なにしてんの?」

「何って……、まぁ、花の女子高生をエンジョイしてますけど?」

「それは何よりだな。ところでさ、今度暇な日とかないか?やたら長いレポートの課題出されてさ。お前得意だろ。」

 とっさに理由を誤魔化して会う約束を取り付けようとする自分に驚いた。レポートの課題はあるがそんなに困ってはいない。何より、俺は課題等を人に頼ったことはない。不自然ではなかっただろうか?鼓動が早くなる。

「……。高校で落ちこぼれたかね勇輝君。全く、仕方がない、今度の日曜にでもこの泣く子も黙る天才少女、裕香様が助けてやろう。」

 芝居がかったその台詞に力が抜ける。良かった、不審には思われていない。安心したまま、時間と場所の約束をして電話を切る。

 話し方の調子は全く変わっていなくて安心した。しかし、やはり暫くあっていなかったせいか、どこか声が大人びた気がした。

 日曜日、待ち合わせ時間ぴったりに、駅前のマックについた。

「ごめん森本。待たせた?」

「いや?さっきついたばっかり。それよりまた背伸びた?」

「まぁな。間違ってもお前が勝つことは無理だからそろそろ諦めろ。」

 久々に会った森本は中学の時から全然変わっていなくて、安心した。

 「とりあえずご飯たべよっか。」

 店内の奥の席を取る。一応口実がレポートなこともあり、バックからレポートを出そうとすると、森本から手で制された。

「それじゃないんでしょ?騙されないよ?」

「え……。」

「そんなことで、わざわざ連絡してるわけないもん。部活で何かあった?」

 誤魔化していたことと、本当の内容まで見抜かれ、スッと体温が下がっていったのを感じた。昔から変なところにだけ聡いところがあった。誤魔化しきれないことを悟り、勇輝は全てを正直に話した。

「そっか……。それで、暇になって私に電話ですか。」

「いや、別に暇つぶしで呼んだわけじゃ……」

「分かってるけどね。てかさ、そんな時間あるならちょっと働いてみない?」

「いや、俺の高校バイト禁止なんだけど」

「違う。お金はもらえないよ。しいて言うなら、良心が確かな報酬かな?」

 謎の言葉の意味は何度聞いてもはぐらかされ、最終的には一方的に来週の集合時間と場所を決められ解散させられた。

 家に帰っても、森本の言葉の意味を考える。良心が確かな報酬である仕事とは?とにかく、来週の日曜日、指定された通りに、森本の家の前に行くしかないと思った。

 それから、同じような生活を送る日々が6日続き、そして日曜日がやってきた。朝7時ちょうどに森本の家の前につく。玄関先で森本は既に待っていた。

「よく来た!では目的地にしゅっぱーつ!」

意気揚々と歩き出す、それについて行きながら尋ねる。

「なぁ、何処に行くんだ?」

「ついてからのお楽しみー。てか、もう着いたけどね。はい、とうちゃーく。」

 森本が止まった場所は、もう何年来ていなかっただろう。自分たちの小学校区の公民館だった。

 グラウンドには、おなじみの各町内の名前の書かれた白いテントが出され、入り口には立て看板で夏祭りとある。

 校区だけ行われるその小さな規模の夏祭りは、主に小さな子供たちに人気で、優輝は行かなくなってからどれぐらいだろうか。小学校まではなんとなく行っていた気がする。中学で部活に入ってからは、そんな暇もなくなった。

 なんとなく懐かしさに浸っていると、森本に袖を引っ張られた。

「ボケッとしない。ほれ、しっかり働いてもらいますよん。」

「へーい。で、何すんの。」

「ん、とりあえずこっちきて。」

 森本は、公民館の館内へと入っていった。

「おーっす。労働力捕獲してきましたー。」

「さすが、裕香ちゃん偉い!」

森本は、誰か大人と話しているかと思えば、すぐに戻ってきた。

「はい!これ着て、スライムのコーナー手伝って!」

 手渡されたのは、背中にしっかりと町内の名前が書かれた赤い法被だった。男子高校生としては、すぐに手を伸ばすには少し抵抗のある……言ってしまえば少しダサさの漂う法被である。

「えっと、これは必須なのか?」

「必須です。マストです。」

「いやでもちょっとこれダ」

「着ればわかる。動いてるうちに、かっこよく見えてくるから。試合用のユニフォームと同じぐらい、神聖に見えてくるから。」

「なにそれ怖い。」

 早く早くと急かされて法被を着る。高校生にもなって、法被を着て地域の祭りに参加するということに、やはり気恥ずかしさを覚えながらも、森本に引きずられるように、たくさん並ぶテントの一つの下に連れ込まれる。

 そこには、スライムの材料でおなじみの紙コップや割り箸、色とりどりの色水や洗濯糊が置いてあった。そして、優輝や森本と同じように法被を着た中学生ぐらいの女子がすでに何人か待っていた。

「裕香せんぱーい!」

「はいはい、今日から新しい戦力、渡辺優輝君が追加されます!私の同級生です。よろしくー!」

「優輝先輩よろしくでーす」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

 適当に一人一人の紹介を済ませ、それぞれが持ち場につく。

「俺はなにすんの?」

「ここで私と一緒にスライム売る。まぁ、見ながら覚えてって。」

「お、おう。」

 しばらくして、祭りの開始時間になると、どんどんと人が入ってくる。小さい規模の割には活気があふれる祭りだ。

「はい、百円になりまーす。何色にする?」

「はい、じゃあ頑張って混ぜてみてね、もし固まらなかったらまたおいでー。」

「赤二つ準備はよ!」

 森本は忙しそうである。スライムはちびっこ人気が絶大らしく、列が先ほどから途絶えない。買いに来る子供の年齢で、森本は声色もしゃべり方もかえて、スライムの作り方や注意を説明しながら、どんどんと売っていく。少しでも戦力になろうと、優輝も見よう見まねで、やってくる小さなお客の相手をした。

 祭り開始から二時間ほどたつと、何とか人の波が落ち着いてきた。少しは休む暇ができるのかと思えば、そうでもなかった。

「裕香ちゃん来てくれたの!ありがとうねー。」

「いえいえ―。」

初老の男性と笑顔で会話をしている森本。男性が立ち去ってから尋ねる。

「どなた?」

「ん、町内会長さん。」

 そのあとも、様々な大人が森本のもとへやってきた。公民館長に、小学校の校長。森本の祖母の友人やPTA役員。そして、やってくる人すべてに笑顔で森本は対応する。

「裕香ちゃん頑張ってるねー。」

「そりゃもちろん!」

「あら、お隣の彼は?」

「あ、今回から手伝いに来てくれてるんです。私の同級生で。優君、こちら市役所の田中さん。」

「あ、渡辺優輝です。よろしくお願いします。」

「こちらこそー。ありがとうね。うれしいわ、男の子が来てくれると力仕事も安心だし。」

そう言って、田中さんは去って行った。少ししか言葉を交わしていないのに、少し心が温かくなった気がした。

 だいぶ慣れて優輝一人でも、ぽつぽつと来るお客の相手ができるようになった時だった。

「ごめん裕香ちゃん。ステージのフォローお願い!」

「了解です!力いりますか?」

「あー、ステージにボード上げるからそれなりにー。」

「はーい。えっとじゃあ、皐月!ごめんスライムお願い!」

「オッケーでーす!」

「よっしゃ、勇君行くよ!男の見せ場が来たよ!」

 ワケが分からないまま、勇輝はグラウンドの奥にあるステージまで連れて行かれる。ステージの舞台袖では、多くの大人たちが忙しなく働いている。森本はそこでなにやら打ち合わせをしているようだ。聞き取りながら必死にメモを取っている。

「よし、勇君。このボードと、並んでる長机3台ステージに上げて!」

「わ、分かった。」

 森本に、この日初めて少し緊張の色が見えた。駆け足でステージに上っていく裕香を追いかけるように、ボードを持ち上げようとするが、さすがに一人では厳しい。勇輝は、誰に助けを求めたらよいのかわからなかった。

「おう、おっちゃんが手伝っちゃるぞ。」

「お、俺も俺も。この机も運ぶんやろ?」

「じゃ、ワシが反対側持っちゃるわ。」

「えっ、あ……ありがとうございます!」

 勇輝たちと同じ、赤い法被をきた男たちが、三人集まってきた。男が四人集まれば、ボードと長机の搬入など容易いものだった。搬入が終わり、ステージの様子を隅から伺うと、なにやら来場者全員参加の抽選会があるようだった。

 そして、森本は大勢の人が、番号の券を握り締め見つめるステージの上で、進行役を務めているようだった。

「何でもやるんだな……すっげー。」

 思わずそう漏らし、ふと周りを見ると、たくさんの荷物を持って大変そうな人がいた。良く見ると、先ほど先ほど森本に話し掛けていた町内会長のようだった。勇輝の身体は自然と動いていた。

「手伝いましょうか?」

「おぉ、ありがとうね。これ今やってる抽選の景品なんだけど、量が多くて……」

「半分持ちますよ。」

そうして、賞の名前の札の付けられた景品を受け取る。お菓子やお酒や壁掛け時計。かなりバラエティに富んだ景品のようだ。

 舞台脇に用意されている机に景品を並べる。すると、突然先ほど森本と打ち合わせをしていた女性に声をかけられた。

「ありがとう、折角だから、このまま当選者に手渡す係りもお願い。」

 返事をする前に、にっこりと笑って立ち去って行った。ステージで進行をする森本の声を聞きながら、札を確認して当選者に次々手渡していく。思った以上に忙しく、終わる頃にはヘトヘトになっていた。

「おつかれぃ!もう二時間ぐらいで終わりだからファイト!」

 森本は、ステージから降りてきて、そのまま軽快な足取りでスライムのコーナーへと戻って行った。

 それから二時間、最後の駆け込みでまたたくさんの子供たちがやってきた。もう、勇輝もお客の対応は慣れたもので、次々に捌いていった。

 祭りが終わり、皆が帰り支度を始める。ふと肩の力を抜こうとしたその時だった。

「さー、撤収!もたもたせずに早く片付けてねー。手が空いた人は、手当たりしだい他の所の加勢に行くこと。終わるまで法被脱ぐな。以上、総員かかれ!」

 森本が祭りを手伝っていた小中学生に声を掛ける、同時にそれぞれがテキパキと片づけを始めた。勇輝も片付けに参加した。

 祭りの後片付けは、予想以上に大変だった。一つの片づけを終えると、また別のところから声をかけられる。法被を着ている勇輝たちは、一目で関係者だとわかるからだろう。

 呼びかけられ、笑顔でハイと返事をしながら駆けて行き、片づけを手伝う。それが終わるとまた呼びかけられ……。そんなことを繰り返しているうちに、だんだん勇輝は、自分が多くの人から必要とされているようで嬉しくなった。そして、最初は冗談だと思っていた森本の言葉どおり、なんだか今着ている法被が特殊部隊の制服のようで、少し誇らしくなった。

「お疲れ様―。法被回収するから脱いでー。」

 森本の下に、どんどんと法被が集まる。勇輝も法被を脱いで、改めてそのダサいはずの法被を見ると、少し輝いて見えた。

 全ての作業が終わると、これから公民館の館内で打ち上げがあるのだと言う。館内の部屋の一つに入ると、そこにはお菓子やらジュースやらが並べられていた。

 さっきまで法被を着ていた小中学生たちは、我先にと席に着き、飲み物を注ぎ分け始めた。全員にいきわたると、森本が乾杯の音頭を取った。

「今回も皆さんお疲れ様でした!次回は東北へのボランティア研修もありますのでどうぞよろしく!それでは、カンパーーイ!」

「カンパーイ!」

 賑やかな打ち上げが始まる。勇輝の席の隣に、森本がそっと入ってきた。

「どう?楽しかった?」

「うん。かなり。森本の言った意味が分かった気がする。」

「それは何より。じゃあここに名前と連絡先書いて。」

 促されるまま、ボールペンで名前と電話番号を書く。それを見て、森本はにやりと笑った。

「よし、加入決定。君もこれで我々の仲間入りだよ!」

「はっ?」

「ここにいる小中学生や私はね、地域の活性化のために活動する、青少年ボランティア団体なのです。」

「はい。」

「そして、君もたった今仲間入りしました。おめでとう!」

 森本のなかなか強引なやり口によって、勇輝は仲間入りを果たすこととなった。もちろん断ることも出来たのだが、勇輝は今日一日の体験を思い出し、笑顔で了承した。

「勇輝先輩、私にもメアドください!」

「あ、僕も。」

「じゃあ、私も連絡用に。」

 そんな調子で、結局その場にいた大人たちも含めて、勇輝の携帯の電話帳には、一気に名前が増えることになった。

 打ち上げがお開きになって、森本と二人で歩いていると、不意に話しかけられた。

「ねぇ勇君。どう、バスケ以外にも出来ることいっぱいあったでしょ?」

「そうだな、俺って意外と色々出来るんだな。」

「そうだよ。今更気付くなんて遅すぎる。」

そういって満足そうに森本は笑った。

 まだ、自分がどう生きていきたいのかまでは分からない、でも、こうして自分をまた必要としてくれる場所があるなら。そこで出来ることを精一杯やっていれば、何か見えるのかも知れない。砂漠は永遠じゃない。ずっと進めばいつか別の場所にたどり着くのだ。

 今までの自分が知らなかった新しい世界が、目の前にどんどんと広がっていくのを感じて、密かに勇輝は心を躍らせた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


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