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魔女の家

魔女の家(郷)

作者: 廿楽 亜久

小さな村だから、それだけの理由では収まらない。

「魔女の子だわ」

囁く言葉は、もはや隠す気など全く無いに等しい。井戸の周りに座っていた母親たちは、そそくさと井戸から離れていってしまった。

誰もいなくなった井戸から水を組み上げ、持ってきた桶に注ぐ。水面に映る、俺の髪の色は濃いブラウン色。

「シルヴァ」

名前を呼ばれ、振り返ればそこには同じく桶を持った幼馴染のゼクスが立っていた。

「相変わらずシケた顔してんな」

「元々こういう顔だよ」

「怒るなって」

笑いながら、同じように桶に水を汲み出すゼクスは、魔女の子だと言われる俺にも他の友達と変わらない態度で接してくれる唯一の友達だ。

だが、俺は聞いてしまっていた。

『お前、魔女の子に声かけんのやめたほうがいいぜ?』

『そうだよ。あの魔女みたいに殺されちゃうよ』

『あいつは、魔女の子供でも、あいつと違って魔女じゃないだろ?赤髪じゃないしさ』

結局、俺の髪の色が濃いブラウンでなければ、友達としてすら見てくれなかったのだ。だが、それでもよかった。

ただ一人の友達だから。


「ただいまー」

家に帰れば、不作だというのにカゴいっぱいのきのみを摘んできたサーニャが嬉しそうな笑顔で収穫したそれを自慢げに見せてきた。

「おかえり!お兄ちゃん!すごいでしょ!これ」

「すごいな…よく見つけたな」

サーニャの髪は鮮やかなオレンジ色で、死んでしまった母そっくりの髪の色をしていた。赤毛は魔女。ただそれだけなら、そういうものだと耐える道もあっただろう。だが、サーニャは

「ナイトが見つけてくれたんだ~」

こうして時折、おかしなことを口にする。

そのナイトは不作であろうと、サーニャにきのみがある場所を教えて飢えをしのげるようにしてくれるという。それ以外にも、何か不幸が起こる前にやってきては、それを予知するという。おかげで、差別は一層ひどいものとなっていた。だが、やめろといったところで、サーニャがやめることはない。だから、俺は無視するしかなかった。ただ勘がいいだけだと。


静かな羽音に目を覚ませば、光るその蝶に手を伸ばした。蝶は、指に止まるとゆっくりと大きく羽ばたき、そして光るリン粉となって消えた。

「…」

女はしばらくその体制でいたが、やがてゆっくりと起き上がった。


サーニャはその黒い影が蠢いたのを見て、首をかしげるのとほぼ同時に頭に石がぶつかった。

「出てけ!魔女の子が!!」

「消えちまえ!」

村の子供だった。サーニャが出かけるといつもこうして石を投げてくる。額にぶつかるが、サーニャはじっと影の動きを見ていた。影は、男の子たちに近づくと覆い尽くした。すると、彼らは明後日の方向を見て突然叫び出した。

「狼だ!!狼が出た!!!」

「こっちくんな!!」

「うわぁああ!!」

我先に何かから逃げ出す彼らに、大人たちはただ呆然とするしかなかった。それもそのはずだ。彼らの指す方向には何もないのだから。そして、何かに気がついたようにサーニャの方を見ると

「魔女の子がまた何かやったのか」

「あれほど魔女の子に関わるなっていっただろ!」

「でも…」

「でもじゃない!」

「分かったね?」

「…はい」

大人しく頷いたが、これで収まればとっくに収まっている。要は、全く反省しないのだ。


翌日のことだ。サーニャが食料調達のために出かけた時だ。森の中で、大人の目がない中で襲ったのだ。しかも、今度はずっと年上の子供まで混ざっている。

「お前がいるから、不作が続くんだ」

「魔女め…」

その手に握られるソレを見たサーニャは、小さく悲鳴を上げた。


井戸でゼクスと話している時間は、シルヴァにとって数少ない癒やしの時間だった。だが、その日ばかりは癒しだけではなかった。

「ぇ…ゼクスの家に?」

「あぁ。親父たちも、シルヴァならって許してくれたんだよ。だから、あいつのことは諦めないか?お前だって、不気味だと思ってんだろ?」

「…諦めるって、どういうこと?」

予想はついていた。そうでないといいという願いも込めて、聞き返したが、返ってきた答えはシルヴァの想像と一緒だった。

「だから、お前の母さんと同じだよ」

魔女は災いを招くと、数年前に行われた魔女狩り。狙われたのは、シルヴァの母親だった。まだ子供ということで、シルヴァとサーニャは見逃されたが、災いを持ち込んだ父親もろとも殺された。

「あいつは、もうだめだ。昨日も、ずっと前からそうだ!あいつを襲おうとしたやつは、みんなおかしな幻覚を見る!」

ゼクスはシルヴァの肩をつかむと

「あいつは、魔女なんだよ」

時間が止まったような気がした。誰もがそう思っていようとも、口に出すのは魔女の“子”。だが、ゼクスははっきりとサーニャが魔女だと断言した。薄々感じていてもそれは認めたくないことだった。ゼクスはじっとシルヴァの言葉を待ち、そして、ようやく紡がれた言葉は

「ちょっと、待ってくれないか…?魔女、でも、俺の…」

妹だから。その言葉は声にはならなかったが、ゼクスは眉間にしわを寄せ、だがそれでも

「わかった…明日には、お前も返事くれるだろ?」

それは確信をもった問いかけだった。シルヴァもその問いかけに頷き、家に帰った。


ドアを開けて、いつもの鮮やかなオレンジが部屋の中を走り回ってるのかと思えば、今日は違った。鮮やかなオレンジと灰色の髪を持った男が、楽しげに会話をしている。

「あ、おかえり。お兄ちゃん」

「おかえり。シルヴァ君」

全く状況についていけず、ドアを開けたまま固まっていれば、二人は首をかしげていた。

「どうしたの?」

「あ、いや…えっと…」

「お邪魔してます。俺は、ディルナ・クルトス」

「ディルナ…さん?」

「ディルでいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れてる」

ディルは優しげに微笑むと、立ち上がってしっかりと頭を下げた。サーニャも笑顔でシルヴァとディルを交互に見ていた。

「えっと…ディルさん。なんのご用でしょうか?最近、不作で売るものもないのですが」

ディルは考える仕草をすると、答えたのはサーニャだった。

「ディルさん、魔法使いなんだって!」

「…サーニャ。魔法なんて、この世にはないんだよ」

普段は流すのだが、今回は客人が巻き込まれてしまっている。シルヴァは自慢気なサーニャを優しく諭すように言うが、逆効果だったようだ。

「そんなことないもん!ね!ディルさん」

「あぁ。そうだけど…そっか。君は」

「すみません。妹が迷惑かけたみたいで…」

頭を下げるシルヴァにディルは眉を下げるが、サーニャは椅子から立ち上がると

「嘘じゃないもん!お兄ちゃん、いっつも私の話聞いてくれないけど、本当に魔法はあるもん!ナイトはいるよ!!」

「サーニャ…わかったから、他の人に迷惑は」

「わかってないよ!ディルさんは分かってくれてるもん!!」

「いい加減にしろ!!」

怒鳴ればサーニャは体を震わせた後、涙をその目に溜めながら家から飛び出してしまった。

「…すみません。あいつがいろいろ」

「少し話を聞いてもいいかな?」

「なんのですか?」

「二人の話」

シルヴァは少し考えたあと、サーニャを探しながらでいいならと答えたのだった。

「俺たちの母さんは、サーニャみたいな髪の色で、魔女だってみんなに言われてて…俺もサーニャも魔女の子だってずっと言われてたんです。でも、サーニャは時々変なこと言うし、ナイトとかいう奴が助けてくれるとか言い出して…おかしいですよ。だから…あいつはもう魔女なんですよね。母さんと同じ」

今度はすんなりとそれを受け入れてしまったそれ。サーニャはもう魔女なのだと。

「それで母さんは、3年前に魔女狩りに会いました。教会から人が来て、父さんと一緒に…」

「そっか…ごめんね。そんなこと思い出させて」

「いえ…確かに、今思い出せば母さんも変わってたんです」

気が付けば何もない空間に話しかけていたら、笑い出したり、それこそサーニャと同じようにどこからか不作の森からきのみを大量に収穫してきたり、いつの間にか消えればいつの間にか帰ってきたり、変わっていた。

その話を聞きながら、ディルは何かを考えている様子だったが、シルヴァはこちらに向かって慌てた様子で走ってくるゼクスに手を振っていた。

「あれ?旅人か?」

ゼクスがディルのことを聞いて、ようやくこの男の素性が全く分かっていないことに気がつき、言葉が詰まる。

「あ…えっと」

「あぁ。ディルナだ」

「ディルナか。あ、宿なら、あの家だからさ」

「ありがとう。助かるよ」

「それで、シルヴァ。大丈夫か?」

「何が?」

「あいつだよ」

「…あぁ。今探してるんだ」

一瞬、“あいつ”が誰を指すのかわからなくなったが、すぐに見当が付いた。ゼクスはディルを見たが、ディルが気にしないでくれと手を振れば、シルヴァにだけ聞こえるように顔を近づけて小声で話す。

「あいつ、本格的に魔女みたいだぜ」

「え?どうしてそんなこと…」

「実は、森であいつを襲った奴がいたんだって」

「!」

「でも、フードを被った奴が来て、そいつがナイフに触れたらナイフが粉々になったんだってよ」

「…でも、それならその人が魔女ってだけで、サーニャは別に」

「でも、その後、君を探してたって言ったらしいぜ?もう、仲間ってことだろ」

「!!」

シルヴァはディルを見たが、ディルは村を見ているだけで気にした様子もない。ゼクスは、目を険しくすると

「シルヴァ。お前は、俺の親友だ。だから、これ以上あいつの所為で傷つくのは見たくない。わかってくれよ!」

「…あぁ。ありがとう。ゼクス」

その言葉に、ゼクスは笑顔を見せたが、シルヴァは微笑んだだけだ。

「それでも、俺はサーニャを探すよ」

「どうして!」

「家族だから。でも、ありがとう。俺のこと、親友って呼んでくれて」

シルヴァは森の方へ歩き出すと、ディルもついていく。一人取り残されたゼクスは、つかもうとしていた腕を降ろし、悔しそうに呟いた。

「本当にもう…間に合わなくなる…!」

その言葉は、誰にも聞かれることなく風にかき消されていった。


シルヴァは森の入口で足を止めると、ディルの方に向き直ると

「アンタは、本当に魔法使いなのか?」

「最初から、サーニャちゃんがそう言ってただろ?」

当たり前のようにそう答えるディルは、子供の前だからと会話を合わせたわけではないらしい。だが、睨むシルヴァについ苦笑いになる。

「見たもの以外信じられないか?」

「当たり前だろ。魔法なんて、そんなのあるわけない」

「でも、現に君のお母さんは魔女狩りにあったんだろ」

「それは、あいつらの勝手だ」

「…それでいいのか?自分の母親が殺されたのに、その原因を否定して、村の奴らのせいにしても」

「仕方ないだろ!だったら、魔法を信じろっていうのか!?」

怒鳴るシルヴァに、ディルはため息をつくと落ちていた小石を持ち上げると

「それは、悪魔の証明だ」

「え?」

「君が魔法がないっていうなら、この世界全てを事柄に魔法がないことを証明しないといけない。でも、俺はこうして魔法を一つ君に見せるだけで、魔法があることを証明できる」

小石はゼクスが言っていたように、砂になって消えていった。そこに種も仕掛けも何もなかった。ただ突然石が砂になった。それを、魔法以外に説明する方法を、シルヴァは持っていなかった。

突然目の前で起きたそれにシルヴァは、目を見開いていた。

「知り合いの受け売りなんだけどな…ねぇ、魔法を少しは信じてくれた?」

すでに信じたくないという願いだった。シルヴァは何も言わず立ち尽くしていれば、ディルも察したのかそれ以上何も言わなかった。


サーニャは森の奥で泣いていた。その声を頼りに、シルヴァとディルがやってくれば、一瞬笑顔になったがすぐに頬をふくらませた。

「どうせお兄ちゃんは信じてくれないもん」

「あぁ。よかった。連れてかれなかったか」

「「?」」

首をかしげる二人になんでもないと言えば、ディルはサーニャの前に座り、頭を撫でた。

「こんなところにいたら、危ないから帰ろう?」

「…うん」

素直に頷いたサーニャは立ち上がると、シルヴァを見るがシルヴァは視線を逸らせた。

「こんなところにいたのですね」

その声の方を見れば、そこには黒い服を身にまとった男が立っていた。それは、シルヴァとサーニャは嫌というほど覚えていた。

「なんで、アンタが…!!!」

「私はただ魔女が現れたと、退治してほしいと頼まれただけですよ」

柔和に微笑むが、その目は確かに獲物を狩る獣の目をしていた。その目は、ディルではなく、サーニャに向いていた。ディルがサーニャを背に隠せば、少しだけ驚いた様子でディルを見た。

「貴方は?」

「…旅の者だ。見たところ、祓魔師か?」

「はい。これでも、神父でもあるのですよ」

「へぇ、どこの教会だ?」

「センチュリス教会です」

「あぁ…あそこか。知ってるよ。使えない奴ばかり集まっていると、知り合いが嘆いていた」

その言葉に、一瞬だが笑みが消えたがすぐに微笑むと

「使えないとは、ひどいですね。これでも、魔女狩りの依頼はくるのですよ。さぁ、彼女を渡していただけますか?その子は魔女なのですから、我々が処理しましょう」

「待って!!誰がそんなこと…!」

「村から正式に依頼がきたのですよ」

そこでようやく朝からゼクスの様子がおかしい理由が分かった。

「知ってたのか…」

だから、諦めろなんて、明日には返事が聞けるとそう言っていたのだ。

「さぁ、彼女を…」

神父の目には、何か黒い影が写った。それは、徐々に大きくなると口を開けて飛びかかる。

「!!」

狼だった。その牙を腕を噛ませて防ぐが、違和感があった。確かに、この森には狼も住む。だが、この森には黒い狼はいない。見覚えのあるその狼は、幼いときに襲われた狼だ。

「これが、ナイトメアというものですか」

文献で読んだその正体。本来、寝ている時にだけ悪夢を見せるという魔族だが、力の強いものであれば、夢の世界に引きずり込み自らのトラウマに引き合わせるという。神父は笑うと、サーニャを見た。

「小さいながらも、魔女は魔女…危険ですね」

ビクリと体を震わせたサーニャの前に腕が現れる。それはディルのもので、神父は笑みを絶やさないまま

「貴方も物好きですね。彼女を庇うということがどういう意味か…わかってますよね?」

神父は銀のナイフを取り出すと、空いた手で十字を切る。その様子に昔の様子が重なる。母が儀式の様に殺された時のことを。あの時も、同じように手を十字に切り、祈りを捧げた後、その銀のナイフで心臓を突き刺したのだ。

神父のナイフが振りかざされた瞬間、


それは突然砕け散った


全員が驚き、何が起きたのか理解できなかった。そして、ディル一人がそのカラクリに気がつき振り返った。

「たかが二人を連れてくるだけに、どれだけかけているのかと思えば…これは珍客だな」

凛とした声の主は、神秘的な真紅の髪を持つ女だった。

「祓魔師か。貴様らならば、私の連れに手を出せばどうなるか…分かっていると思ったのだがな」

女はじっと神父を見ると、訝しげに見たあと

「お前…ろくな魔力持っていないな。それでは、悪魔退治など到底無理…あぁ。センリュリスか?」

「なぜそれを…」

「どうやらセンチュリスは、どうしようもないらしい」

あからさまにため息をついた女に、神父はすでに笑みなど残ってはいなかった。怒りのままに、もうひと振りのナイフを取り出した。だが、神父のナイフはまた砕けてしまった。もう誰もが理解した。女が先程のことを引き起こしたのだ。シルヴァは女を見上げると女もシルヴァを見ていた。そして、上から下までしっかりと見ると

「お前も相当、魔法の才能はないな。それでもサシャの息子か?」

母の名だった。

「ママのこと、知ってるの?」

サーニャが不思議そうに首を傾げれば、女はシルヴァの時と同じように上から下までしっかり見たあと、他に視線を向けまた戻した。

「あぁ。知ってる」

「実は、俺とサシャはエリザの弟子で…」

ディルが苦笑いでそういえば、サーニャはエリザと呼ばれた真紅の髪を持った女を驚いた顔で見つめたあと、嬉しそうに笑った。

「お姉ちゃんも魔法使いなんだね!」

「魔女だ」

はっきりと否定したエリザに、ディルは困ったようにため息をついたが、サーニャの横の空間に目を向けると、頷いた。そして、サーニャは驚いたように二人を見ていた。シルヴァには何が起きているのか全くわからなかった。だが、後ろで神父が青い顔で何かを唱えてるのを見て、反射的にサーニャを背に隠した。

「銀のナイフに、聖書…次は楔に、ニンニクか?」

エリザに襟を引っ張られ、尻餅をつけばサーニャが慌てて支えた。

「大丈夫?」

「う、うん」

「祓魔師。はっきり言うが、貴様如きが魔女を殺すなど、天と地がひっくり返ったとしてもありえない」

「なっ…!?」

驚く神父の後ろの森から、騒がしい声が近づいてきた。それは、村の人たちだった。どうやら、神父がサーニャを殺したかを確認しにきたらしい。その中には、ゼクスの姿もあった。

村長たちはサーニャ、青い顔をしている神父、そして一番異様なエリザの姿を見ると、どうにか状況を理解しようと周りを見るが誰一人として、理解できた人はいなかった。

「神父様。何故、まだ魔女が…」

「もうずいぶんと目を付けられていたようだな。…主に、お前のせいだろうが」

また何もない場所を見て話すエリザに、2人以外はそのサーニャと同じ空気を感じ誰かが呼んだ。

「魔女だ」

その呼び名にエリザは口端を上げると

「そうさ。わかる奴もいるじゃないか」

妖艶な笑みはまさしく人を惑わす魔女のそれだった。

「人間如きが魔女を殺そうなどとは片腹痛い。だが、私は鬼でも悪魔でもない。友人の頼みを聞きに来ただけだ。それ以外に興味などない。だが、もし私の邪魔をするのならば…どうなるか、それを語らせるほど愚かではないであろう?」

村長は冷や汗を流しながら頷いた。

「シルヴァとサーニャを私によこせ」

「「!!」」

2人がエリザを見れば、ディルがここに来た理由が、この状況を想定していた二人の母の頼みで引き取りにくるためだったと教えてくれた。

「こちらからも頼みがある」

「対等に交渉をする気とはな…まぁ、良い。なんだ?」

「その魔女をこの村に近づけないことを約束してくれ」

「魔女ほど賢明なものであるなら、わざわざこのような村にはくるはずもない」

「…わかった。二人は好きにしろ」

村長はサーニャを睨んだ後、踵を返した。ほかの者も同じだった。たった一人を除いて。

「シルヴァ!」

「ゼクス…」

「お前は、いかないよな?魔女のところなんて…」

ゼクスはシルヴァに近づき聞くが、シルヴァは視線を反らせた。魔法の存在を知ってしまい、サーニャが会ったばかりの魔女に連れて行かれそうになっている。だが、それは母からの頼み事で。村に帰ったところで、今までの生活が続くだけだ。

「ほ、ほら!約束しただろ?俺の家に一緒に住もうって!」

まだ返事はしていない、その回答。親友か、家族か。それはきっとこれからの人生を大きく変えるだろう。

「ねぇ、エリザさん。向こうって、私と同じ人いっぱいいる?」

エリザに駆け寄り、笑顔で聞いてくるサーニャの耳にはどうやら今の会話は聞こえていないようだった。よほど、魔法使いがいたことや、母の知り合いがいたことが嬉しかったのだろう。腕をつかみ、純粋なきれいな目を向けるサーニャの腕を握り返しながら

「いっぱいはいない。でも、お前のことを好いてくれる人はいっぱいいるさ」

「そっか!お友達、いっぱいできるね!」

笑顔になるサーニャにつられ、微笑むが、表情を消しシルヴァをみた。

「で、どうするんだ?お前が残るなら、私は止めないが。めんどうだし…」

エリザの言葉にディルがため息をついたが、ディルはシルヴァに向くと

「なぁ、シルヴァ君。これは、俺が言うことでもないと思うんだけどさ。君は、サーニャちゃんのこと、名前で呼ばないで“あいつ”って呼び続ける友達のことをそれでいいと思ってるのか?」

「…」

「サーニャちゃんは確かに魔法使いではあるし、これから魔女ってものになるかもしれない。でも、君の妹でしょ?君のことを慕ってくれてる妹なんだよ?」

「でも…」

「一番人を差別しているのは誰だ」

エリザの言葉に、シルヴァは俯いた。

「お兄ちゃん、こないの?」

サーニャはシルヴァを見上げると

「…じゃあ、私もいかない」

「「「!?」」」

その言葉に、三人は驚くとサーニャはシルヴァの手を取り

「お兄ちゃんと一緒にいたいもん。痛いことされても、お兄ちゃんと一緒がいい」

「サーニャ…」

「エリザさん。ごめんなさい…」

しっかりと頭を下げるサーニャに、変える気がないのがわかると、ため息をついて踵を返した。

「ディル。帰るぞ」

「え…いいのか!?」

「死者より生者の意思を尊重すべきだろ。とんだ無駄足だ」

森の奥へ歩いていく二人をサーニャは手を振って見送るが、そんなサーニャを見てからシルヴァはゼクスを見た。

そして、サーニャの手を掴むと叫んだ。

「エリザさん!!!」

エリザが驚いたように振り返れば、シルヴァの目を見て眉をひそめた。母親そっくりだったのだ。弟子入りさせろと、絶対に引かなかった母親に。

「なんだ」

「時間をください」

「時間?」

「俺は…母さんやサーニャみたいに、魔法ってものは全然わからない…だから、エリザさんのところで、魔法を教えてください!」

ゼクスの手を取って、サーニャや母、魔法使いのことを忘れてしまえば幸せなのかもしれない。

だが、サーニャと同じだ。シルヴァもサーニャのことを大事に思っている。だからこそ、このまま村にサーニャと戻り辛い思いをさせることも、無知で苦しめることもしたくなかった。

そして、その答えを実現する方法は、目の前にあった。

「シルヴァ!?」

ゼクスが慌てて声をかけるが、シルヴァは笑いながら

「俺、魔法の才能は全くないらしいんだ」

「だからって…」

「でも、サーニャの見てる世界がわかったら、俺がどっちの世界で生きていくか…決められる気がするんだ」

「だから、私に魔法を教えろと…」

「はい」

シルヴァをじっと見たあと、ため息混じりに

「打算があるのか…いや、単純な愛か。いいだろう。ちょうどいい退屈しのぎだ。それに、将来有望な少女も手に入ることだし」

サーニャと共にエリザたちの方へ歩き出せば、ゼクスがシルヴァの肩をつかむ。

「シルヴァ!行くな!!」

「ゼクス…ごめん」

「!!」

ゼクスはシルヴァたちが森の奥へと消えていくのを見ているしかなかった。

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