私は私
彼女が扉を開いた。
その先には、何も無かった。
「本当に真っ白ね。
何も無いじゃない」
見渡す限りの頭がおかしくなりそうな白。
そういえばあの部屋には窓が無かったな。
後ろを振り返るとそこもまた完全な白で、部屋の残り香すら無かった。
「貴方が作るの。
でもその前に名前を作らなきゃ。
ねぇ、私はどんな名前?」
他にやることも思いつかないので、彼女の名前を考える。
彼女は明るい。
ぱっと見ただけでそれがわかる。
けれど、どこか掴みどころが無い。
ふわふわとしていて、その実態はまるでわからない。
私はゆっくりと息を吐いた。
彼女の髪の毛が、私の息で揺れる。
「決めた。
ヒナ。
鳥のヒナみたいだから」
違う。
私が決めたわけではない。
鴻巣陽菜の親達が決めた名前だ。
にんまりとヒナが笑う。
作ったという感じでは無い。
彼女は私が一番嫌いな人間の名前を付けられて笑っていた。
「そっか!
私はヒナ、ヒナは私」
そうだ。
鴻巣陽菜はこんな女の子だった。
いつもふりふりの付いた服を着た、優しくて明るくて、そして頭の悪い完璧な女の子。
そうだったことにさせてほしい。
「じゃあ、私があなたの名前付けてあげる」
ヒナにあいつの姿が被る。
『ふふ、与那城さんに渾名付けてあげる。
んー、どんなのが良いかな』
勘弁してほしい。
「いらない。
私はミズキ。
それ以外の誰でもない」
「そう?
でも、何かミズキじゃおかしいよ。
だって水って透明だよ?」
私は早くこの夢が終わって欲しいと願い始めた。
「うーん。
わかった。
ミズキはミズキだよ。
でもなんだかそれって寂しいよ」
「………」
少しずつ表情までもが、あいつに似通ってきている気がする。
……たまらない。
ゾクゾクする。
「ねぇ。
私が作るんだよね。
この世界」
なんとなくこの夢での私の役割は把握している。
私は絵描きだ。
この真っ白な世界をキャンバスにして、どんなものでも作り出すことができる。
「そうだよ」
どんなに残虐なものでも、どれだけ不可思議なものでも作りだすことができる。
私は十字架をイメージした。
次に釘と金槌。
「ヒナ、こっちに来て」
これは夢だ。
何をしたって、誰をどんな目に遭わせたって、何一つ問題は起こりえない。
ゾクゾクする。
私はヒナを抱き上げる。
「ふふ、くすぐったいよ、ミズキ」
良い匂い。
お日様の匂いだ。
ヒナを抱き上げて十字架の前に運ぶ。
私は金槌と釘を手に取った。
震える。
「いいよ。
して?」
ハッとして顔をあげる。
ヒナはやっぱり笑顔だった。
「違う。
それじゃあいつとは別人じゃない。
泣いてよ。
泣き喚けよ。
許してって、泣いて泣いて……それで近づいてきた私を殴って、縛りつけて……。
死にたくなるくらい嫌な気分にさせられなきゃ、それはあいつじゃない」
「ヒナはヒナだよ。
ミズキもミズキでしょ?」
そうだ。
私は私で、目の前のこの子は確かにあいつに少し似ているかもしれないけれど、確かにヒナだってヒナなのだ。
そうだ。
これはこれ、それはそれだ。
夢の中でまで現実に縛られたくない。
向こうのことは全部忘れよう。
私はミズキだ。
与那城瑞希では無い。
………いや、違う。
私は世界だ。
世界は私で私は世界なのだ。
世界が世界である時点で、世界は発展を続けなければならない。
何のためになんて考えている暇は無い。
作らなきゃ。
作らなきゃ。
作らなきゃ作らなきゃ作らなきゃ。
「……ズ…ミズキ!」
待て。
私は誰だ?
私はミズキだ。
世界なんかじゃない。
そんな大層なものでは無くて、唯の夢の中の登場人物に過ぎない。
「そう。
私はミズキ」
「そうだよ! 駄目だよ!
ミズキは世界なんかじゃない。
世界になっちゃだめ!」
ヒナが必死に怒ったような表情を作っている。
本気で怒ることはきっとどれだけ頑張っても出来ないんだろう。
膨らませた頬が愛おしかったので、私はヒナの頭を撫でた。
「わかってる。
ちゃんと意識はしっかり保つ。
そうしないとこの夢もすぐに終わってしまう。
そうでしょ?」
「そう!
気をつけてよね!」
真っ白な世界に、いつの間にか見覚えのある建物が作られていた。
学校だ。
でも、蔦がはびこっていたりガラスが割れていたりで、私が記憶しているものよりも大分傷んでいる。
きっと私の意識が世界に呑まれている間に作ったものだろう。
いい加減白は見飽きたので、私達は校門をくぐる。




