口は入り口
死んだらその先はどうなるんだろう?
最近の私はそんなことばかり考えている。
天国地獄、輪廻転生、般若心経……他にも色々。
メメントモリだなんて素敵な響きの言葉もあるくらいで、それだけ色々な人がこれまで死について考えきた。
だから、私も異常ではない。
異常では無い筈だ。
「帰ったよ、ママ」
和室の戸を閉めて、畳の上に正座する。
少し痛い。
顔を上げると、ママの写真と目が合った。
線香にマッチで火を点ける。
煙が目に入った。
痛い。
「そっちはどう?」
……馬鹿らしくなって、私は灰の中へ適当に線香を刺した。
指の先が、線香の先端に触れる。
凄く痛い。
リビングに入ると、嫌な臭いが鼻についた。
臭いの元は、一週間くらい前に作ったチャーハンのようだ。
いつもと比べたら、珍しくまともな出来に仕上がったので、パパに自慢しようと思ってラップを掛けて置いたんだ。
でも、自慢する相手がどこかにいってしまっては、ただただ腐っていくだけだ。
「みんなどこ行っちゃったんだろう」
馬鹿らしくなって、私は皿ごとチャーハンをゴミ袋の中に放り込んだ。
ドアを開ける。
もう一週間以上着ていないズタズタに引き裂かれた学校の制服が、まるで誰かに見せ付けるかのように壁に掛けられていた。
もう服と呼べるかどうかも怪しい深い藍色のそれは、おかしなことに、まるで芸術品のように神秘的に見えた。
私の頭がおかしいだけだ。
わかってる。
死んだらその先はどうなるんだろう?
最近の私はそんなことばかり考えている。
……というのは嘘だ。
本当は、ただ死にたいだけだ。
死んで、何もかもリセットして、もう一度最初からやり直せる可能性に賭けてみたいだけだ。
でも、そんなことを考えるのは異常だし、実際にこの国では人の自殺を助ける事は犯罪だ。
異常だ。
でも、異常ってなんなんだろう?
正常ってどこからどこまでが正常なんだろう?
もう異常でもいいじゃないか。
異常で何が悪い。
異常者に自由を。
自殺志願者に死ぬ権利を。
パパは完璧な人だ。
何事にもしっかりと準備をする。
私の机には薬がいっぱいに詰められたビンが転がっている。
パパが残していったものだ。
きっと、いつもの実験に使うものなんだろう。
私の部屋を掃除するついでに置いて行って、そのまま忘れていってしまったんだ。
きっと、きっとそうだ。
薬の効能はよく知らない。
私にはパパがしていることを理解できるだけの脳が入っていない。
ただ、一度に沢山飲むと、あまり体に良くないということだけはなんとなくわかる。
ビンを手にとって、ベッドの上に倒れこんだ。
ぶかぶかのシャツがはだける。
ビンの蓋を回すと思ったよりも軽い力で外れて、中身が少し零れた。
ビンの淵に口をつける。
口の中が薬で一杯になると、噛み砕いて胃のへ流し込み、また次の薬を口の中へ運ぶ。
だんだん口を動かすのが面倒になってきて、目を開けているのも面倒になって、息をするのも面倒になって、考えるのも面倒になって、脈を打つのも面倒になって……。
私は意あgr識とさよjdとじならを行いkし、また及びでtypすますをしたました。
「ねえ、起きて。
始まっちゃうよ?」
痛む頭を片手で抑えて、もう片方の手を地面について私は起き上がった。
淡いピンク色の壁紙。
かわいいクマの縫いぐるみ。
程ほどに品の良いティーセットに、ひらひらとした装飾のついたカーテン。
そして同じ位ヒラヒラとした服を着た女の子。
どれも欲しかった、そして最後まで手に入れられなかったものだ。
「だ………れ?」
どうやら、声帯は無事らしい。
ヒラヒラの彼女が首を傾げる。
「今作られたから、よくわかんないや」
非現実的な言葉で、私の目が覚める。
そうか、これは夢だ。
私は失敗したんだ。
気がついた途端に、彼女のことがハッキリと見えるようになる。
淡いオレンジ色の髪と、それより少し暗い色の瞳。
そのくりっとした目を見るだけで、なんとなく彼女が明るい子なんだということがわかる。
まるでアニメのキャラクターみたいだ。
「ねぇ、始まっちゃうよ?
いいの?」
彼女が身を乗り出して問いかけてくる。
少しドキッとしてしまった。
悔しい。
「始まるってなにが?」
「何かだよ!
何かがはじまるの!」
「何それ?」
「何でもいいの。
なんでもいい何かが始まるんだよ!
それってすごく……」
彼女は顔全体に笑顔を広げる。
すごい。
こんなの見たこと無い。
欠片も嘘の混じっていない本当の笑顔だ。
「楽しいことだよ!」
言葉の意味はわからない。
知能の欠片も感じ取れない。
けれど、けれど何か、凄く深いところで私達はわかり合える。
そんな気がした。