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夜のニュースでは、高校生が死亡したニュースは報道されていなかった。携帯電話でネットニュースもチェックしてみたけれど、そちらにも載っていなかった。ルリがテレビを消そうとリモコンに手を伸ばしたとき、手元の携帯電話が鳴った。ナナだった。
「元気?」
そう訊いてくる声は元気そうだった。
「疲れたよ」
「あんなことをするからよ。自業自得ね」
「お前のせいだろう」
ルリは不機嫌な顔をする。
警察に通報しようとしたとき、ナナが口を挟んできた。
「あんまり落ち着き払って通報したら、怪しまれるかもよ」
「そうかもしれないな・・・。どうしたら良い?」
「死体を目の前にして、どうしたら良いのか分からずにおろおろとパニックを起こしている女子高生を演じてみて」
で、それを演じた。
演じたまでは良かった。
しかし、通報をすればそのまま帰ってよいものではない。警察が来るまで待っているように言われた。
最初に来た警官はパトカーではなく、自転車に乗っていた。
「ありゃま」と中年の警官は死体があることを知っているはずなのに死体を見て驚いたような声をあげ、その後に「救急車は呼んだ?」と訊いてきた。
ルリが首を横に振ると無線で救急車の手配を頼んだ。しばらくすると幾つものサイレン音と共に車両に乗った警官が続々と現れた。私服の男の指示であっという間に空き地と、空き地に続く道が封鎖された。
ルリとナナは私服警官に覆面パトカーに乗せられ、警察署に連れて行かれた。
その一連の慌しさは、死体を見つけたときのショックよりもめまぐるしいものであった。
別々の取調室に入れられる直前にナナはこっそりと呟き、ルリがすっかり忘れていたことを思い出させてくれた。
「今のカッチンはパニックを起こしている女子高生だからね」
おかげで辻褄合わせはできたが、死体を見てパニックを起こしている女子高生を演じながら、人生初めての事情聴取を受けるのは、ルリにかなりの疲労をもたらした。
「だってあの時は警察に連れて行かれるなんて思ってなかったんだもん、ごめんね」
「別に怒ってないよ」
パニック女子高生を演じていたためもあるが、事情聴取は思っていたよりも長いものになった。それでもルリが開放されたとき、ナナはまだ聴取を受けていた。待たずに帰っても良いとの伝言付きでだ。
「そっちは十分楽しんだみたいだな」
「事情聴取なんてこの先受けることがあるかどうか分からないもの。あっさりと終わらせてはもったいないわ。でも、ああも簡単に少女Aになるとは思わなかったわ。ただの第一発見者のつもりだったのに」
「いらんことをしていると、少女Aじゃすまなくなるぞ」
「分かる?」
「分かるよ」
電話の向こうからもれ聞こえてくる音で、ナナが屋外にいることが分かる。
「現場に行っているんだろ」
「えぇそう、犯人は現場に戻るって言うしね。出てきてよ」
「イヤだ」
「何で?服を着るのがめんどくさい?」
「疲れているからもう出かけたくない」
ルリはそう言って近くにあったワンピースを頭から被った。ルリは自宅では基本的に全裸で過ごしている。
「もう服着たし」
「出てこないなら着なくてもいいじゃない」
「あんたと電話をしていると、そのでかい目でじろじろ見られているような気がしてイヤなの」
「変なの」
「そうかもな」ルリだって、全裸で過ごすことがマイノリティであることぐらい知っている。
「服を着たならついでに出てきてよ。それとも私を一人にして良いわけ?犯人はまだ捕まってないのよ。無能な警察に泳がされているのよ。現場に戻ってきた犯人が第一発見者の私を見つけて無傷で帰すと思っているの?唯一無二の親友が心配じゃないの?」
「心配しているから早く帰ってくれ」
「もう現場に着いちゃったんだけどね。けっこう人がいるわ。話が漏れているのかしら」
「それはそうだろう。あれだけ警官が集まって道路封鎖をしていたんだ。しかも死んだのは、あの下平悠治だ」
下平悠治は二人の学校の有名人であるだけではなく、この界隈での有名人でもあった。野球部の絶対的なエースとして君臨する彼は、その右腕一本で弱小公立高校を夏の大会の準決勝にまで連れて行った。大学の野球部からは引く手あまたであり、もしかしたらプロ野球のドラフト会議にかけられるのではないかと噂がたつぐらいの有名人である。
しかも、長身に甘いマスクまで持っている。プレイボーイとしてもかなりの浮名を馳せていた。
それだけの有名人が不慮の死を遂げれば、その事実を隠し通すのは難しい。
「誰に殺されたんだと思う?」
「殺されたと決まったわけじゃないだろう。事故かもしれない」
二人が見たのは頭から血を流して倒れている姿であった。銃やナイフなどの凶器になりそうなものは辺りに転がっていなかった。頭の近くに血まみれの石が頭をのぞかせていたから、転んで頭を打っただけなのかもしれない。
「なに言ってんの。プロに声をかけられるような人間が、何もない空き地で転んで頭を打って死ぬわけないでしょ」
「でも、転ばせて殺すのも難しいぞ。犯人は格闘技をやっているか、それとも複数人だったか」
「油断する相手だったのかもしれないわ。親しい知人か、目下のものか。動機はやっぱり恨み?悪い噂もいっぱいあったもんね」
「そうだな」
下平悠治は整った顔立ちをしていた。美形で野球部のエース、もてないわけはない。校内では常に女子生徒の取り巻きを連れて歩いていた。しかし特定の彼女は持ったことがなく、捨てられたと泣いている女の子も多いとの噂だった。
「お前は声をかけられたことはなかったのか?」
籠目高校で、もてる男子の筆頭が下平悠治であるならば、女子の筆頭は枇々野那奈である。特定の相手を作っていないナナを狙う男は数知れない。下平と違うのは、誰にもなびくことなく、告白されても丁寧に断っているところだ。女子達とグループを作ることもなく、基本的にはいつもナナと一緒にいる。
「遊びにぐらいは誘われたわ。でも、あの手の男は強引には誘ってこないからね」
「なんでだ?」
「振られるのが嫌だからよ。現状で満ち足りていれば、無理にリスクを負って私を手に入れようとすることはないわ。そういう男は、逆に振るのは好きだけどね。振られた、捨てられた女の子の恨み?それともその女の子を好きだった男の恨み。なんだか対象が絞られてきたんじゃない?」
「それは喜ばしいことだ。ところで一つ確認しておきたいがお前はちゃんと帰っている途中なんだろうな。現場に少しでも近づけないかとうろうろしていたりしないだろうな」
「カッチンはするどいな。大丈夫だよ、いつもより人は多いし。人型の白い線を見たかったんだけどなかなか近づけなくて、裏から回っているんだけど…キャッ」
短い悲鳴が聞こえた。
その後にくぐもった声、そして激しい音が続いた。携帯電話が落ちたような音…
「ナナ!ナナ!どうしたの!大丈夫?ナナ!」
ルリは電話に叫ぶが、雑音しか返ってこない。やがてその雑音も消えた。
「ナナ!」
「どうしたのカッチン。ナナちゃんになにかあったの?」
騒ぎを聞きつけた母親が駆けつけてくる。ちなみに母親も家では全裸であり、ルリをカッチンと呼ぶ。ナナはルリの母親の真似をしているのだ。
「なんでもない。いつもの奴」
ルリが普段の口調に戻って答えている間に携帯電話が鳴った。母親は笑いながら離れていく。
「電話は無事か?」
ルリはぶっきらぼうに問う。
「ええ、今確認できたわ。少しは私の心配もした?」
「いつだって心配してる」
「よろしい。それでは次の週末にはグリーンガーデンホテルのデザートビュッフェに招待するわ」
ルリは思わず鳴らせない口笛を吹く。
「たまには気の利いたプレゼントをする男もいるということよ」とナナが言う。
「それはプレゼントなのか?」
「もちろん」
それからナナが家に辿り着くまでの間、二人はデザートビュッフェに関して熱く語り合った。




