譚の七 闘酔者 その四 六方陣
青年は、その背を一つの大木の幹に預けて男を見返していた。樹木の生い茂るこの中でそこは唯一の空隙だった。「『小細工を弄する余地など何処にもない』そう思っているだろう」
男は青年との距離をさきほどよりもわずかばかり多くとる。なぜならばそれは「どのような行動をとるにしてもそこが、貴様の間合いの限界点で、俺の間合いの外、だからだ」
「そして貴様は言う「「強がりはよせ、霊符の反応も無し、小細工も仕掛けられぬこの広々とした空間のどこに貴様の勝ちがあるというのだ」」無言の睨み合いが数瞬、かすかな音がして、青年が口の煙草に火を灯す。そして、一息「戦闘の、戦闘の全ての行程っていうのはな最後の必殺の一撃を敵に打ち込むための布石にすぎない。切り札なら、ある」
そのふてぶてしいまでの態度に男は疑心暗鬼に囚われる。「迷っているな」そこにさらに青瀬の声が楔となって打ち込まれる。
青年は動かない、だから男は動いた、空へと、そこは絶対的な男の支配領域、そこからの攻撃はいかなる小細工も効かぬ。変化、己自身の本性へと還る、その黒き翼を広げ、凶器と化した羽を銃弾のように目標に向かって一斉射、寸前で木の後ろに逃れた男ごと吹き飛ばす。
「「諦めろ、所詮小手先の小細工などこの程度だ」」身体中から血を流し地面に倒れ伏しながら青年は再度、男と言葉を合わせる。「地面に這いつくばり、満身創痍のその状態で、何処に勝機があると言うのだ。貴様との言葉遊びなど、もううんざりだ、永久にその小賢しい口を閉じろっ!!」
心の臓をねらったその一撃は狙いあやまたず青年の心臓を刺し貫いた。いや、はずだった。青年に重なっていた幻影が消える、ほんの数十センチのズレ、しかしその僅かばかりのズレは青年に次の行動を与える余裕と男にわずかばかりの空白を生み出した。「捕まえたぜ、六方陣!!」言葉とともに彼らを包む檻が形成されその中で呪力の乱流が始まる「「−−−−−−っ!!」」