譚之壱 紅葉旅館より その伍
「ちょっとまってくれ陽、全部って、あの事もなのかぁ?」半ば、あきらめながらも一縷の望みを込めて僕は彼を見た。
しかし、奴らはまるで僕がそんなことをなぜ聞くのかといった顔で「うんっ!」と声を見事に唱和させて言いやがった。
一瞬、目の前が真っ暗になったがそれでも何とか気を取り直そうと努力している僕に、他の二つの声がさらに僕を深みへと誘う
「気にすることないよ、まーさん」
「そうそう、元気だしなって 人面疽にとっ憑かれるなんて人生において貴重な体験じゃない、自慢してもいいんだよっ、それにこの町じゃあそんな事は日常茶飯事の一つよ」それでも何とか立ち直った僕が、どーやら彼女達が僕のことを”まーさん”と呼ぶことに決めたらしいと気づいたときには、事態の重大さに気づいた蘇奈が、その顔を真っ青にして、「なぁっ!? よくあることだぁっ? 本当かよ そりゃあっ!?、なら 俺は帰るっ!あんなみっともなくって食費もかかるものにとっ憑かれるなんて いややわぁっ!」と叫んで席を立ち上がりかける。が、童女達と陽に押し止められ、
「うんっ、この間もねぇ三町目の三浦のじいちゃんがねぇとっ憑かれたんだけどねぇ、最っ初の頃こそ文句ばーっか言ってたんだけど、後でねぇ いい話し相手が出来たって喜んでいたよっ、そんでそのうちになんかじいちゃんが話しまくるんでつい最近 向こうのほうが根負けちゃってさ今はもういないんだっていって、落ちこんでいたんだよねぇ」
「せっかく、町内腹踊り大会で優勝した矢先だったのにねぇ…、だからお兄ちゃんも あんまり心配しなくていいんだよ」などとちゃちゃをいれる。
『どーでもいいが、人面疽はそんな可愛いもんじゃないぞ』
「こらぁっ! 陽っ、いいかげん人の服を離さんかいっ!!貴様まあぁっ、親友の危機をなんと心得る!」
「嫌だな、お前がいなくなったら僕の身代わりに惜しげもなく差し出せる奴がいなくなるじゃないか。それにな、僕は貴様に悪友と言われている。その期待を裏切っちゃ悪いじゃないか」
「こういうときは裏切っていーんだよっ!!」
その青瀬の冗談とも本気ともつかないセリフにさらに一弘がさらに蒼白になる。
この陽の一見冗談なのか本気なのか見当のつかない質の悪い冗談はいつも僕と一弘を悩ませてくれる」
「なにいいっ! 聞き捨てならんぞそのセリフっ! ええいっ そういうやつにはこの俺様自ら発明してくれた”身代わり君Mark2”をくれてやるから、離せいっ、ええい離せというにっ!!」
「いらん、第一案山子だろうが、あれは」
「それに、そういうなら一弘、お前が陽に身代わりにされる前に使ったらどうなんだ?」
「拓うっ、何故そんなことを言うんだぁぁっ、あれは持ち歩くのが大変なんだぞおっ、非力な俺じゃあだめなんだぁぁっ!!」
『いや、そういう問題か?』暴れまくる一弘を横目に僕はそっと心の中で呟いた。
◇ちなみにこれは全くの余談ではあるのだが、身代わり君Mark2の完成予想図 ―機械仕掛けのもう一人の一弘を蘇奈が小脇きに抱えている絵―は、”自由”という題名で後世の彼の代表作となる。◇




