譚の七 闘酔者 その壱 蠱毒
蠱毒 ーShe is Killing Junkyー
世に蠱毒という名の邪法あり
数多の餓えた毒もつ生命を壺に封ず
その飢えをもって相食ませ
一つのモノに生命の意志を凝集さす
呪とはすなわち、力を持った意志、
方向性を持つ意志の塊
呪術とはその力を他に向ける術
*
それは、透明な刃だった。
彼女の側を一陣の疾風が過ぎゆく度に、彼女の身体から鮮血が、花弁のように舞い落ちる。その刃に遅滞も迷いもなく。ただ一つの工程のように彼女の命を削り取ってゆく。
左右から彼女を中心とした対角線を結ぶ刃を、左右から挟みこむような軌跡を、ほんのわずかの時間の歪みを持って突き出される、その透明な疾風を、彼女は、よくかわしていたといえる。すでに彼女の身体から血の流れていない所はどこにも無い。
しかし、いや、それ故に彼女は笑っていた。愛おしむかのように、慈しむかのように自分の身体の痛みを彼女は認識する。それは別にたいした事ではない、それは、たとえるなら行為の始まりをつげる接吻のようなものだ。アノ時のような期待と高揚が自分の中に芽生えるのを彼女は感じる。これは悪い癖だ。
少なくとも戦う者に許されたクセではない。可能な限り速やかに対象を排除する。それこそが狩人だ。しかし、と思う。これは儀式なのだ、私達には、不可欠な儀式、いつもの刻、時間にすれば数瞬、しかし戦う者達にとっては生死が分か断れる数瞬、彼女は思い出す。自分が何者であるのかを、
*
はじめに思い出すのは飢餓の中の光景、そして戦いの光景、いやそれは戦いと言い表すのもおこがましいような争い、いや、「醜」の坩堝。その闇の中で、身体中を這い回る自分以外に対する嫌悪感と怒りにまかせて、自分以外のものを手当たり次第に殺し、そして喰らった。
形を成している者などそこにはなかった。自分の中の満たされぬなにか、それを埋めるために喰らいに喰らったが、動く者無く、独りになっても渇望は消えなかった。
次の記憶は、光、外界に餌を嗅ぎつけ、その慾に、身体の個々の細胞の意志が一つに集約され、歓喜とともに跳躍する。
その光景はいつ見ても酸鼻を極めるものだった。数多の生命がただ一つの塊となって集約された頃、土饅頭の中から一つの影が噴出するかのように飛び出す。
血と腐肉の臭いをその身に纏う装飾として、その身体に潜む幾獣もの意志がただひとつのものを目指す。その塊がその意志の元、一つの型をとろうとし、為せず。
その出来損ないの元に、淫なる笑みを浮かべた女性が一人、己が赤子を抱えるようかのようにそれを抱き止める。
ぞぷりという音がして、彼女の首筋から、その生誕を祝うかのように赤き本流が天を衝く、まるで己に無きものを求めるかのように二人は混じり合う。
喰われながらも女は嗤う、この身体、この知識、この姿、この声、このくびき、その全てを汝に与えよう。
そうして二つは一つとなり、その貌を写した女が一人、血臭を滴らせ、腐肉をその身に纏いそこに在った。
鬼女もかくやといわんばかりの様相を示すソレの朱い赤い唇が微かに動く「蠱毒の邪法この身に完成して御座います」陰々とした声が響きひとつの儀式が終わった。