譚之陸 狂闘 その弐 黒き疾風
「分断されたか…」言ってなめらかな動作で彼は自分の口元の煙草に火をつける。目前、黒い疾風が彼の喉元に迫り、ヒタ、と止まる。喉元にその鋭い爪先を突きつけられながら彼はふてぶてしくその凶器の持ち主に言う
「殺さないのか?」
「殺して欲しいのか」問われた漆黒の男もそれに不機嫌そうに返す。
「いいや」
「では、なぜ避けようとしなかった」
「ただの人間風情が妖怪に勝てる道理はないからさ」
「ふざけるなっ! そんな答えで俺が納得するとでも思うのかっ!!」
「事実だ、この前は運が良かった」その爪先を無造作に自分から離し、男は彼に答える。
「このまま、ただ殺したのでは飽き足らぬ。死力を尽くしてなお、かなわず、惨めったらしく命乞いをするお前を殺したいのだ」
「…、お前が百数える、俺が逃げる。”狩人と獲物”という奴だ。どうせお前を倒さない限りここから先には行けないのだろう」しばしの静寂の後、青年は一つの提案をした。
「死の遊戯か、あきれるな」真意を探るかのように男は提案者の瞳の奥を覗き込む。
「少なくともただ死ぬ気はないさ」それに答える青年に浮かぶのはふてぶてしい笑み。
「よかろう、それこそ我が望むところ。百、いいや二百だ、そのうちにせいぜい無駄な小細工を弄するが良い、そして後悔するが良い。時間は貴様の心を絶望で染め上げる」