譚之陸 狂闘 その壱 十月十九日
鈴音の両親は許嫁どうしの結婚であった。 歳も近く、多少の紆余曲折はあったものの|二人は自然な感じで惹かれあい両方の家から祝福された。二つの家の人達は少し古い考えの持ち主達だったので初めに産まれたのが女の子だと知らされると多少の落胆はしたもの二人の子を設けるという機能に支障がない事を知って安堵するとともに次への期待を膨らませた。それを感じながらも両親は彼女が五体満足で 生まれた事に感謝した。こうして彼女は幼少時代を愛情に包まれて育った。
十月十九日
その崩壊の契機は、よく晴れた日の事だった。その日、彼女達は週末のドライブに出掛けた。
季節の紅葉は素晴らしく、彼女にとってその日は、世界の全てが祝福に溢れているような錯覚を起こしそうな程にその時の彼女は幸せだった。
悲劇、なのだろうか、それはその日の帰りに起こった。事故、というものはたとえどんなに本人達が気をつけていてさえも避けえぬ物がある、その出来事もそういう類のものであった。事実を列挙すれば、それは数行で事足りる。見通しの悪いカーブ、対向車線に飛び出した車との衝突。死亡者一名、運転手はその時、体内にかなりのアルコールが入っていた。二台の車は大破、不思議なことに彼女達の方は無傷で彼女達は炎上する車から百メートル離れた所に立ち尽くしていた。少女は「助けられなかった」という言葉を繰り返し呟いていたが、その言葉を理解したのは彼女の両親だけだった。
かれらはゆるゆると流れる時の中で見たのだ、彼らの娘の爪が鋼の屋根を切り裂き、そして彼らを抱えて跳躍したのを。当然、切り裂かれた屋根が事故現場からかなり離れた場所で発見された事は幾人かの注意深い人達の興味をひきはしたが、ただ それだけの事だった。彼女の両親達は、初めの頃こそ娘に感謝したが、娘がさらに彼女の能力を普通に発揮するようになってからは次第に無口になった。彼らの間には、娘に対する愛情と互いへの不信感が揺らめいていた。それからしばらくして、彼女の部屋に拝み屋、科学者、宗教家等が頻繁に出入りするよ うになった。
しかし誰も彼女の両親が望む答えを出してはくれなかった。家族の絆はまだ微かに繋がっていたが、それはあまりにも細すぎた。彼女の存在は両親にとって重荷にしかならなくなっていった。その中で彼女は痛みを忘れるという事を覚えた。
思い出にないならば、それは痛みにはなりえない。そして彼女は二人に別れた。
ある日、一人の老人が来て、両親に何事かを告げた。そして少女はこの町にやって来た。
その時、両親はもう彼女と目をあわそうとしなかった。それでも彼女はその日 無邪気に笑った。すでにそのとき彼女は痛みを忘れて、喜びの思い出の中だけで生きていたから。
彼女は泣く。悲しみと、それ以上に強い気持ちがある。ただそれだけの為に彼女は告げた。さらにはるか昔の妖怪として虐げられた過去さえ取り戻していたが、それは同時に彼女が力を取り戻した瞬間でもあった。
「我が名は音魅の鈴音、音玉の鈴よ力をっ!!」
声とともに視界が爆発する。
GYYAAAA!!!
リィィィィィィィィイイン
澄み切った鈴の音とともに光が爆発した。
その光によって産み出された一つの美しき彫像のように彼女はそこに佇んでいた。その光に吸い寄せられるかのように土塊に仮初めの生命を与えられたものたちが集い、彼女の中心から伸びた新たなる光に貫かれた。彼女の産み出した光の花びらは、かれらの体内でさらに新たなる花弁を咲かせ、かれらの中心を貫いた。音にはならぬ、ただ微かな振動とともにかれらは四散した。
「我が名は音魅の鈴音、もう一人のわたし、けっして別れる事の叶わない。もう一人のわたし…」