譚之陸 狂闘 その壱 蒼い海の中で2
両親は普通の人間だった。
彼女が産まれ出たその瞬間はネコの姿をしていたのだが一瞬の後、そこにいたのは人間の赤ん坊であったのでそれを目撃した医師達は それを幻だと思った。後日その場にいた全員が目撃していたとわかるのだが。不思議な事もあるものだとだけ言い。次の生命をこの世に現す為の準備が彼らの頭を占めた。
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彼女が最初に変身したのは八才の時だった。
初めて好きな男の子ができた時、引っ込み思案だった彼女はその日、勇気を振りしぼって少年に思いを告げようとした。しかし彼に話しかけるきっかけさえもつかめないまま少年は自分の家に入っていってしまった。二階の部屋を見つめ、なんとか彼に近づきたいとそう思った時、あまりの思いの強さに彼女の姿は猫へと変じた。純真な少女はそれを軽い戸惑いとともに、神様のくれた贈り物として喜んだ。そして彼のいる二階の窓へとつながる屋根に飛びのった。最初、男の子はこの妙に人なつっこい黒い子猫を歓迎したが、彼女が人語を話すとわかると彼の顔は恐怖に染まり、目の前の恐怖を打ち払う為に部屋中をオモチャのヒーロの剣を振り回して追い回した。
そして追い詰められた彼女が彼のクラスメートに変貌するに至って、彼は追いつめる側から、ただ未知の恐怖に怯える小動物になった。
少年は半ばから折れたオモチャの剣をお守りのように握り締めていた。泣きそうになりながら彼の部屋を去った翌日。彼女を見つめる少年の瞳は恐怖に満ちていた。そして彼女は化け猫と呼ばれ陰湿な迫害にあった。少女達はちょっとカッコイイその少年の味方であるという事を主張したかったし、少年達は気のある少女に触れ合うすべをそれしか知らなかった。少女と少年達はそのうち抵抗すらしない少女をいたぶる事にだけ興じるようになっていった。
それは、少年が未知の恐怖に数の脅威で立ち向かう事にした結果であった。