譚之陸 狂闘 その壱 蒼い海の中で
少女は夢を見ていた。真っ青な闇の中で。生まれたままの姿で少女はそこに居た。ここではその姿でいるのが当然のような気がした。
胎児のようにその海の中で両腕と両足を抱えこみ、一人 胎児のようにうずくまっているのが心地よかった。
ふと、少女は気づいた。ここは羊水の中だ、と。だから眠りに落ちようとした。このまま眠りに落ちてしまえば、不安も苦しみも何も無かったあの頃に戻れるんだ。と普段は身体の奥で眠り込んでいる本能が確信していたからだ。それでもなお微かな誰かの呼びかけに応えたのはその安寧とさえ引き換えにしたくない何かがあったからだ。まどろみに堕ちかけながらも気だるげに声のするほうに意識をむける。その瞬間、すべてが暗転した。心地のよい浮遊感は闇のなかを果てし無く落ちてゆく感覚に、絶え間なく与えられていた安寧は裸でここにいる無防備さによる不安感にとってかわった。
様々な悪意が彼女の裸身に容赦無く爪をたてる。耐えきれず少女は絶叫した。
「………ずね、 …すずね… ……すずね…」
どのくらいの間泣き叫んでいただろうか、泣き疲れ、ただ一つの抵抗さえやめて落ちるに身を任せ、麻痺しかけた感覚の中微かに響く自分を呼ぶさっきの声に再び意識を向けた。そして彼女は理解した呼びかける声が自分のものであるということに。それと同時に少女の頭のなかに決別した記憶が蘇る。