譚之陸 業 その陸
一弘は本気で怒っていた。
悪友に迷惑をかけまいとした拓磨に、迷惑をかけられる価値も認められなかった自分になにより腹を立てていた。彼自身は友人とは互いに迷惑をかけあうものだというはた迷惑な哲学の持ち主なので拓磨はもちろん自分の迷惑に巻き込まねばならないと義務感に近いものをもってそう思っている。が、そういう考えの持ち主だからこそ自分に迷惑をかけまいとした拓磨が許せなかった。つい、俺達、友達じゃなかったのかぁ?とグチりたくなってしまった。彼はそういう人物だったから、そういう種類の怒りを持って憤慨しまくっていた。
「それはあまりにも無謀とか言いませんかぁ?」
その妙に間延びした声は、先走ったもののどこをどう行っていいのかわからず結局、青瀬達に拾われた猫又から発せられた。
「だぁってぇ、他に思いつかんもん、僕は平凡な一般市民やから、なーんも思いつかん」彼は大げさな身振りでため息をつくとおもむろに持ち歩いている工具箱の中身をいじくり回し始めた。それは発明に行き詰まった時にみせる彼の癖だった。それくらいに彼は真剣だった。
「喜べ一弘、悩む必要も無い。お客さんのようだ」淡々と彼は事実だけを告げたが、その声はどこか嬉々とした響きを含んでいた。
「まぁ、誰かのお知り合いですの?」いまいち緊張感をそぐその声が戦闘開始の合図だった。
青瀬達の目と鼻の先にそいつは出現した。
地面の土くれが盛り上がって出来たそいつは泥の中に微かに見える出来損ないの目鼻を持ち、横一直線に走る亀裂のような大口をにたらと緩ませて彼らに迫った。その泥で出来た出来損ないのスライム達の第一撃をかれらは何とかしのいだ。
が、その三体の内二体は地面に逃げ残った左右の敵にそれぞれ襲いかかった。一人、童女達を連れ樹の上に逃れた乙音の足下では残りの泥の化け物が乙音達の乗る樹木を消化し始めた、それに気づいた乙音が次の樹へと飛び移るが、そいつはふいっと地面に沈み込む。 と、次の瞬間には乙音の飛び移った樹木の真下に現れる。彼女は短く舌打ちすると次の樹木に飛び移った。
「私と拓磨さんの愛の障害は排除しますっ!」いいかげん逃げ回るのに疲れた猫又は急にそう叫ぶと”門番”の一つと相対した。
「ばかっ!!」止める暇もなく、彼女は泥の化け物にその長い爪を突き刺し、そしてそのまま悲鳴もろとも吸い込まれてしまった。「くそっ、あの馬鹿っ!」悪態をつきつつも彼女を助け出す算段を始めた彼の耳に、「やほっ、捕まっちった」とかいう追い詰めらられた割りには妙に脳天気に一弘の声が響いた。
「ところで、鈴音ちゃんを助ける算段はまとまったかい?」
「見ていやがったか、それじゃあ嘘ついて見捨てるっていう計画は没だな」
「かよわき女性を見捨てることはこの僕が許しませぇんっ、それに猫は七代祟るって言うし」
「なるほど、そっちが本音か」