譚之陸 業 その伍
「待っておったよ富井拓磨」老人は縁側でお茶をすすっていた。湯呑みを持つその手を下ろし、訪れた青年、拓磨に向かって愛想の良い笑みを向けた。
”妖し の翁”は僕が思い描いていたような荘厳な雰囲気の持ち主ではなかった。かなりの小柄で吹けば飛んでしまうのではないかと思えるような、そんな存在に見えた。
本当にこの老人が災いをふりまいた張本人なのだろうかと僕は疑ってしまった。
彼は静かな湖面のような瞳で僕を出迎えた。
「お茶でも出そうかと思うのだが、どうだね?」
僕のとまどいを察したのか、老人は優しく手招きしたが、僕は静かにそれを拒絶した。
「今更、小細工など無意味だ。それに、今から話す老人の戯れ言は、長くなるでな…、やはり茶はいらぬか、なんなら茶菓子も付けるぞ」
再度老人はそう言って僕を招いた。が僕は再び静かに拒絶した。今度は恐怖の為にだ。
僕の中で鬼が身じろぎした。明らかに奴に怯えている、なるほど小細工など要らぬはずだ。 ただ、僕は蛇に睨まれた蛙の如くそこに氷りついていた。
ふっ、と身体から呪縛が解けた。
三度 奴に呼ばれ 僕は奴に従い、彼と相対した。無意味な虚勢かもしれないが奴と向き合う度胸がないと そう思われたくなかった。
*
「いやぁ広い庭だねぇ、こんな土地持ってる奴なんかがいっから貧富の差がなくならないんだぁ…、ヤサグレちゃるぞっ!!」個人が持つにはいささか広すぎる森と庭を眺め、あながち冗談とも思えぬ口調で彼、蘇奈一弘は大きく嘆息した。
「あのぉ、そんなことをいっているばあいじゃないんですけどぉ…」ようやっと彼らのノリに慣れたのか控えめに彼女は注意を促すが、その傍らでリュック・サックを背負った二人の童女が遠足よろしくガサゴソとおやつを出し入れしている様がいささか緊迫感を欠いた。
「陽くんおやつたべる?」さすがに自分達ばかり食べるのに罪悪感を覚えたのか、彼女はせんべーを一枚差し出し、青年に差し出す、そしてそれを受け取った青年ものほほーんとそれを口に入れた。
「乙音ちゃんにはあげないもん」明らかにあてつけがましく彼女はもう何回も繰り返した台詞を言った。
「はーいはい、全部あたしのせいですよーーだ」そして彼女も幾度目かの同じ台詞を投げやりに口にした。
二人の童女は少々の不満はあるものの他に彼 女を苛めるいい方法も思いつかなかったので「おいしぃ」とかありきたりな感想を叫びながら、お菓子を食べる作業に専念した。
「ところでどうすんの?」ふと、彼女は 思い出したかのように傍らで細長い煙草をくゆらす青年の横顔に尋ねた。
「当然、突っ込む、ぶっ倒す。拓磨回収して帰る」解答は予期せぬ方向から見知った声が珍しく陰気にぼそりと呟いた。