譚之陸 業 その弐
雀さんの伝によれば、”妖しの翁”に僕が勝てる見込みは五分、それも僕が僕を捨て、”破壊の化身”、鬼となって一対一で戦うなら、だ。
彼女がなぜ自身の生みの親である老人の死を願うのかはわからないが、それを僕に、自分達が”根”を植えつけた者に切に頼み込んだ。神に限りなく近づいた者を屠るには同じく荒ぶる神の力を持ってしなければ成しえないと、そういうことらしい。が、そんな事 はどうでもいい事だ。人でもなく、妖しでも ない僕に大切な事は、奴が生きている限り忘 れられない傷を一つでも多く奴の体に刻みつ ける事だ。
そいつが僕の生きた証になる。
「待っていた」不意に響いた無愛想きわまりないその声に僕の思考は中断させられた。
「…」彼は黙って、ついて来いというふうに背を向けた。
「結界が張ってある。道を踏み外すと一生をこの中でさ迷う事になる」彼は二、三歩歩き 僕が身構えたまま立ち止まっているのを見ると不機嫌にそう言った。
「心配してくれるのか、それは親切な事だな」
せいぜい僕は皮肉っぽくそう答えた。
「貴様が来た目的は知っている。だが勘違いするな。あれは雀の意志だ」そう告げた彼 の声にどこか自嘲めいた響きがあった気がしたのは僕の気のせいだったろうか。
「なら、僕を素直に通す理由はないよな」
その言葉は戦闘開始の合図になるはずだった。が、睨みあったその視線を先に外したのは奴の方だった。
「貴様に用があるのは俺では無い」さらに数歩歩み、再度背中ごしにその言葉は放たれた。
「青瀬 陽と言ったかあの男は、お前を助け、そしてこの俺の翼を汚した奴の名は」諦めて、彼の背を追う僕にその言葉は投げつけられた。
会話とも言えぬ会話はそれぎり、二つの影は木々の織り成す闇の中へと呑み込まれていった。