譚の伍 嵐の前夜 その参
「あのっ、えっとぉ、 こまります…」
それだけを言うのが彼女には精一杯だった。
「いいえ、たとえ貴女が何をおっしゃろうとも この私の友人達が貴方をその命にかえても守ってくれるでしょう、さぁどうか怯えずに真実を語って下さい」
げしっ! げしっ!! げし、げしっ!!!
「てめぇの命はどうしたっ、テメェのはっ!!」
「だってぇ、僕ひ弱ちゃんなんだもんっ」
殴られた頭を抑えてうずくまりながらも一弘は非難めいた視線を僕達に向けた。
『ええいっ、怯えた子犬の瞳をするんじゃない、気色悪い』
「バカは放っておいて結構ですから」言って青瀬は、顔に柔和な笑みを浮かべたまま、どこからかとりいだしたるロープで一弘をスマキにし始めた、猿轡かませて、ハイ、完成、と。救いを求める一弘の視線を僕はとりあえず無視する事にした。やっぱ、ちょっとその視線が痛いかもしんない。
「ふぉ の! びんぴひぃん!!」
『置物、置物っと…』
「あのつ、そのっ…、えっとぉ…」
彼女はスマキにされ|一、二見(ひ、ふみ)と猫のオモチャと化した一弘と猫と一緒に日向ぼっこをしているじいさまのような温和な笑みを浮かべる青瀬とを交互に見比べ、困ったようにまたうつむいてしまった。
『あーらら、今のでなんかさらに彼女を怯えさせちゃったみたいだ。どーしよ…、そりゃコワいよな、あの風景は。つい見慣れた光景なんで放っておいてしまった、うん慣れっていうのは恐ろしい。これでまた持久戦か…
「だぁぁっ、うっとおしいっ! いい加減に言いたい事言いなよっ!! なんなら言い易いように、耳たぶの辺りをサクッと撫でてあげようかぁっ♪ だいじょーぶ、あまり痛くしないからっ」
言って微笑みながら乙音は愛刀”血走り”の切っ先を彼女につきつけた。
みるみるうちに彼女の顔から血の気が音をたてて引いていく。
「怯えてる人をさらに怖がらせてどうするんだ…」
彼女の左手をつかんで、僕は言った。
「ハッキリしないのはキライなの、それになーんとなく何か斬りたくなったんだもん♪」
「ノリで人に刀を突きつけるんじゃないっ…」
一瞬、頭が痛くなった。何で僕の周りにはこんな奴ばっかなんだ…
「まっ、ダーリンがそう言うならやめといてあげるっ これで貸し一つね♪」
片目をつむってみせてから、彼女は刀を右袖の中へと戻しこんだ。
『なんで、そうなるんだ…』
「やれやれ、いいかげん要点を言ったらどうなんだい、明野雀さん」いいかげん雀の扱いに困りかけていると青瀬その顔から笑みをおとした真剣な顔でそう言った。
「えっ!?」驚愕が彼女の顔に浮かぶ。
『この中の何人がその些細な事実に気づいただろうか、彼女は名字など名乗っていない』
「たいした事じゃない。あんたか鴉が、そろそろ来る頃だろうと 思っていた」 ”悪戯っ子の笑み”を浮かべて彼は言った。
「あのっ、えーっとぉ」自分の予想外の出来事に対処出来ずに困っている雀さんをそのまま見つめて陽は続けた。「言いにくかったら俺から言おうか、”妖し の翁”から預かって来た伝言を、大体の内容くらい想像がつく」