譚之四 ほつれあう その壱
ざっ、ざっ、ざっ、竹の箒が砂の掻く音の 心地よい朝、青年は一人思った『何で僕はこんな事をしているんだ?』
身体の中に沈み込んだ百八の符が時折り、悲鳴をあげるかのように疼く…、僕は僕のなかに”根”を埋め込んだ奴を捜さすためにこの町にいる。そう、奴が己の存在を多くの妖しの中に紛れ込ませて隠れていられる場所はこの町にしかないのだから。
僕には、僕にはもうあまり時間は残されていないらしい…。
僕の中で何かが変質しはじめていた、それは夜毎繰り返される甘美な囁き、初めて知った闇の味とも言うべきもののあらがいがたい誘惑。
僕が僕ではなくなって初めて見上げる空も、今日と同じ色をているのだろうか…
「そんなことをしている暇がきさまにあるとは思えんが、己の身に起こる結末を素直に受け入れる気にでもなったか」
「誰だい、あんた?」と、とぼけて僕は無造作に近づいてくる黒いコートの青年に尋ねた。
「君がここにいる理由というやつだ」彼はさも呆れたといったふうに肩をすくめて みせた。
『あと一歩、あと一歩近づいて来いっ…、よしっ!』
「知っているさっ!!」叫んでつかみかかった僕の両腕は空を抱いた。
「まだまだ、だな。その身体の瞬発力を生かして”気球”をぶつけて足止めする、発想自体は悪くはなかった」言って奴は手の中の紙切れを弄んで見せた。
『符っ!?』
『くそっ! 鎮まれ鬼っ!!』
「符に頼りすぎ、不用意に奴の檻を緩め奴の好物の”怒り”なんぞをくれてやるから…」奴は口の端に嘲笑を浮かべて続けた。
がはあっ!! かはっ、くはっ…
「符をたった一枚失くしたぐらいでそうなる。激情を押さえられなければ、そうやって何度も地面に這いつくばるだけだぞ貴様っ!」
うげっ!
言って奴は僕の腹を力任せに蹴りあげた。
『悔しいが奴の言うとおりだ。案外僕は短気 だったらしい』 「自己紹介がまだだったな、鴉だ」仰向けになった僕の腹をその足で押さえつけながら奴はそう言った。
「じじいには招待状を出せとだけ言われたが…、百八符とは期待外れもいいところだ な」
言って奴は人の顔を品定めするかのように眺めつ けた。
『クソッ、鎮まれっ!』
「このまま処分しても文句は言われんだろうが、手土産とでもするか、年寄りの暇つぶし くらいにはなる」そう勝手なことを言う奴に、僕は何の抵抗もできなかった。
僕の中の鬼はまた一つ成長したようだった、
奴はまだ僕の中で自己主張を続けていた。
『やられるっ!』